素材:Abundant Shine









クレッシェンドって意味知ってるか?

音楽用語で“だんだん強く”って意味なんだぜ


まるでお前と初めて出会った日からの俺の思いみたいだ


そんな柄にもない事を言ったらお前はどんな顔をするんだろうな?



今、お前に奏でるメロディに乗せて
お前も俺と想いは同じだったと言ってくれ










Crescendo 7










俺に会いたくなかったとお前は言ったが、
それでも、またピアノを弾き始めたことをお前は喜んでくれた

だから俺は思いを捨てずにすんだ








何も言わず、振り向く事もせず、どんどん先を進んでいく土浦の背中を追って行った先は
二人が淡い恋心を初めて知った場所だった


6年前はここに私たちは居た
土浦の奏でるピアノのメロディを毎日のように聴いていた

目の前に見える校舎を見上げていると、今まで背中を向けていた土浦が振り返り
「行くぞ」と笑顔を向けた



「ちょっと行くぞって…、勝手に入っていいの?」

「見つかったら怒られるだろうな」

「えぇっ!」



不安そうな顔を見せるの頭を軽く撫でるように叩くと「冗談」と笑う
そして「断ってくるから先に音楽室へ行ってろよ」と土浦は走って校舎内に消えて行った



土浦は何をするつもりなんだろう


そう思いながらは土浦の後を追いながら校舎へ向かった



走り回った広い校庭はこんなに狭かった?
下駄箱はこんなに小さかった?
階段の段差はこんなに低かった?


廊下を歩きながら見える教室の中の机がこんなにも小さい。

私たちがここに居る時は心も身体も小さかったのだと実感する



2階に上がって一番奥の教室、音楽室と書かれた教室の前では大きく息をのみ込む。


扉を開けると窓側にピアノがあり、あの頃の土浦と私が見えた


私はここでずっと土浦のピアノを聴いていた
土浦の奏でる音が大好きだった



誇らしげに輝く白と黒の鍵盤を軽く弾く自分の指先を見ながら自然と笑みが零れる

あの時、土浦の指がキレイだと思ったっけ…



その時、「待たせたな」と手の甲で額の汗を拭いながら土浦が入ってきた



「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

「心配するなよ、ちゃんと許可はもらってきたぜ」



土浦はそう言うと、徐にピアノの前に座った
そして、「お前はそこに座れよ」と軽く顎をしゃくって促した


促されたその場所は、いつも私が座って聞いていた場所だった

土浦は制服のブレザーを椅子の背に掛けると、シャツの袖口のボタンを外して一回折り上げた

鍵盤に指を乗せると直ぐに優しい音が広がっていく



「あ、この曲…」



忘れもしない、あの時何度も繰り返して弾いてくれた私の大好きな曲。

心地良く耳に響いてくる優しい音は、幼かったあの頃の時間と想いを蘇らせてくれる
それは胸が苦しくて、痛くて、暖かくて、ちょっぴり切ない








「お前がそうやって俺のピアノを聴いてくれるのが嬉しくて…好きだったんだぜ」


弾き終わるのと同時に土浦がそう言って笑った
思わず「私だって好きだったよ…土浦がピアノを弾いているのを見るのが……」と口にする


「それだけかよ?」

「え?」

「ピアノを弾いていない俺は?」

「何でそんな事聞くの?じゃあ…土浦はピアノを聴いていない私のこと…」



そこまで言っては口を噤んだ
今更こんな事を聞いたって仕方ないのに…

だが、土浦は「俺は好きだったぜ」と照れたような顔で頭を掻いた



思いは繋がっていたの?
あの時勇気を出していれば思いは通じたの?


でも言葉は既に過去形になっている
それなら、現在進行形のこの思いを過去形に隠して伝えてもいい?



「私も…好きだったよ……土浦のこと」

「中学の時は?」



が小さく頷くと、土浦は「俺も」と小学生の時のような幼い笑顔を見せた

土浦のその笑顔が時間を現実に戻らせた
の胸の鼓動がとくんとくんと波打ってくる

私が違うように土浦だってあの頃の土浦じゃない


過去から現在へ時間は確実に流れている
未来が見えないのに、次に聞かれる土浦の言葉が怖かった




「お前さ、俺に会いたくなかったって言ったよな?」



何も言えなかった
言葉にすると涙が出そうだから小さく頷くだけだった

それ以上何も聞いてほしくなくては俯く




「お前は会いたくないって言ったけど……それでも…」



次の瞬間、は土浦の腕の中に包まれていた
「それでも…俺はお前に会いたかった」 その言葉と共に―――




「本当はもっと早くこうしたかったんだぜ」




ね、夢見ていいの?




信じられない気持ちで少し顔を持ち上げて土浦を見ると、
彼は恥ずかしそうにさり気なく視線を逸らした




「そんな顔で見るなよ、照れるじゃないか…ま、本当の事だからしょうがないか…」




それでも抱きしめられているその手に少しだけ力が込められると、
夢を見たっていいのだと確信が持てた















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