素材:Abundant Shine様
本当は会いたかった でも会いたくないと思ったのも事実。 会ったら胸が苦しいから… 会ったら、きっとこの思いを止められなくなるから… Crescendo 6 下駄箱で靴を履き替えている時だった 慌てて息を切らしながら友人が駆け込んできた 「、大変だよ」 「何が大変なの?」 「彼が来たよ」 「彼?」 「ほら、この間ストリートライブでキーボードを弾いていた人だよ」 どくん どくん きっと慌てている友人より心拍数が増えている 土浦だ… 土浦が来ている? どうして? 「、早く行きなよ」 「なんで?」 「なんでって…、彼のこと好きなんでしょ?」 好き? 私…、土浦が好きだったの? うん、そうだよね 土浦が好きだから、それを卒業式の日に本当は伝えたかったんだ それなのに、結局会えなかったから… それは伝えてはいけないから会えなかったと勝手に決めて 土浦を忘れようと思った、思いを捨てようと思った 忘れようとすればするほど思いはどんどん強くなっていくのに… 初めて土浦を好きだと自覚したあの日の思いが蘇っているのに足を踏み出すことができない そんな後ろ向きな思いを突き進ませるように背中を軽く叩かれた 「早く行ってあげなよ」 背中を押し出され走り始めたがの心はまだ迷っていた 迷って、悩んでいる時間もないほど校門までの距離は短い。 答えが出ないままは土浦の前に立っていた 見せた笑顔はきっとぎこちないものだったと思う 「どうしたの?この間会って懐かしくなっちゃった?」 大丈夫、声は震えていない 友人たちと話すように普通に喋っているよね? きっと土浦はハンカチを返しに来ただけなんだから緊張することはないんだ 思った通り、土浦は「それもあるけどな」って貸したハンカチをポケットから出した 「ハンカチを返しに来た」 ほらね 抱いた期待を?き消しながらは言う、「土浦って律義だね」と。 「返さなくてもいいって言ったのに…」 がそう言うと、土浦はそれは口実だと言った 「口実?」 何でそんな事言うの?期待しちゃうよ、土浦も私に会いたかったの?…って。 でも、土浦は黙ってしまって答えてくれない それどころかさり気なく視線を逸らしている気もする その空気に居たたまれなくて思わず声を掛けてしまう 「土浦…?」 多分私は口実という言葉に期待していたんだと思う ようやく土浦が軽く咳払いを一つして息を吸い込み「お前に会いに来た」と口にした時 私はどう反応していいか困った 期待した言葉が耳に飛び込んできたというのに… 欲しかった言葉は胸が痛くなる 即座に私も会いたかったと言えばいいのに、どこかでそれを拒絶する自分が居た 「へぇ…、やっぱり懐かしかったんだね」なんて心とは裏腹な言葉を吐くなんて… 情けなくて、土浦の前から逃げ出したくて、それを悟られないように 軽くスキップをしながら土浦より先を行く 『お前に会いに来た』、土浦のその言葉に私はどう返せばいいのだろう 土浦の先を行きながらそればかり考えていた 「私はね……、私は土浦に会いたくなかった」 だって、会ったらきっと離れたくなくなる ずっと傍に居たいと願ってしまう 膨らんでいく欲を消すためには想いを消せばいいと、そう思っていたから。 だけど土浦の口から出た言葉は「それじゃ俺が来たのは迷惑だったな」だった 違う、迷惑なんかじゃない 私に会いに来たって言ってくれて嬉しかったの 思っている事を伝える勇気もなくて、首を横に振ることしか出来ない 「土浦が…、ピアノをまた弾き始めたって知って凄く嬉しかったよ」 こんな時だけ素直な言葉が出てくるなんて…、思わず力ない笑みが零れてしまう そんな私の顔を見て土浦は静かに溜息を吐く きっと不愉快な思いをさせてしまったのだろうと、の視線は土浦から逸らされ宙を泳ぐ。 すると土浦の眼差しがフッと優しくなった 「、これから少し時間あるか?」 「え?…あ、うん」 「ちょっと俺に付き合えよ」 「え、どこに?」 土浦はそれには答えずに、ただ優しく微笑んでいた は何も言わず先を行く土浦の背中を追って行った BACK TOP NEXT |