素材:Abundant Shine









だんだん強く――




クレッシェンドの意味を初めて知った

過去から現在、そして未来へとだんだん強くなっていく想い。



もうこの想いはデ・クレッシェンドにしなくていい










Crescendo 8 〜最終話〜










「もう一回弾いてくれる?」

「ああ、何度でも弾いてやるさ」




もう心の中で繰り返さなくていい
声に出してお前に伝えることができるからな


土浦はまた鍵盤に指を滑らせ優しいメロディを奏でていく
目に見えない譜面のクレッシェンドの符号の個所で思いを込めて…




「やっぱり土浦の指ってキレイだね」




鍵盤の上を流れていく土浦の指先を見ながらは小さく笑った
あの頃と変わらない、俺が一番好きな笑顔で…




「私…本当に土浦に会いたくなかった」




それは土浦にではなく、まるで自分に語りかけているようだった




「土浦に会ったら…きっと欲張りになっちゃうから」

「欲張りに?」




土浦は奏でている手を止めずに聞き返すと、は窓の外を見ながら独り言のように呟く




「もっと会いたい…声が聞きたい……一緒にいたい……ずっと一緒にいたい…」




その瞳はずっと遠くを見ていて胸が熱くなった


俺が一番欲しかった言葉を、俺が一番伝えたかった言葉をお前はメロディの乗せて奏でる








「欲張りになれよ」

「え?」

「お前が会いたいと言うなら俺どこにいてもお前には会いに行く…
 声が聞きたいなら毎日でも電話するさ」

「…土浦」

「もっと欲張りになっていいんだぜ……だから、ずっと一緒にいような」




その時背中にフワッと暖かいものを感じて土浦は手を止めた


が背中から腕を回している




「…ありがとう土浦……大好きだよ」




耳元に聞こえたその声はとても小さな声だったが、土浦の胸には強く大きく響いた



心が震えるというのはこういうことなのだろう


今、その心の熱さが速度を上げて血管を流れ、指先に伝わる
そして俺の指はそれに反応するように鍵盤の上を動いていく




「俺もお前が好きだぜ」




何だか『好き』という二文字は簡単で軽い感じがするが、それでも重たく深い二文字だと感じた






「…帰るか」

「うん」




話したい事が沢山あった
だが二人でいる心地良さも、通じた想いがあるからこそ居心地が悪い


嬉しさと恥ずかしさが交互に駆け巡って言葉数も減っていく


それでも笑顔を向けてくれるお前を見ていると、
何も言わなくても考えている事が伝わっているのだと少しだけ自信過剰になるから不思議なものだ






「先生に声を掛けてくるから先に外で待ってろよ」




頷くと階段の所で別れた


が初めて土浦のピアノを聴いた時の事を思い出しながら校庭から音楽室を見上げると
懐かしくて優しい、まだ少しだけ未熟なあの時のメロディが聴こえてきた気がした


もう、この思いを消さなくていいんだよね?






校門まで来て振り返ると、手を振りながら土浦が走ってくる




!」




思わず聞き慣れない呼ばれた名前に驚いていると、
「…って、呼んでもいいよな?」と土浦は視線を逸らした


心なしか頬が染まって、それは夕焼けで染まっているのではないと分かる




「あ…ま、少し照れるがそのうち慣れるだろ」




ずっと呼びたかった名前だ
我ながら弁解じみていると思ったが、が頷いてくれたので胸を撫で下ろす


しかし、ジッと顔を見られるとどうも照れくさいものだ


俺はそれを隠すために少し足早にの先を歩き出してから直ぐに立ち止まった
そして振り向くと、は音楽室のある校舎を見上げていた









呼ばれた名に振り返ったの顔に浮かんだ笑顔を俺は忘れないだろう




「手、貸せよ」




俺が手を差し出すと、は出しかけた手を引っ込めて躊躇いの色を見せた

ふと、懐かしい光景が土浦の脳裏に蘇って思わず笑みが零れる




「ほら、お前歩くの遅いからな」




の躊躇う気持ちを察している土浦は、そう言ってもう一度手を差し出した
そして土浦は、遠慮がちに差し出してきた手を俺は強引に掴んで繋いだ




「俺の指がキレイだってお前は言ってたが…、お前の指だってキレイだぜ」




は少しはにかむ様に笑って、繋いだ俺の手をそっと握り返してくれた






あの時ここから始まったように、俺たちはここから始まる
繋いだ手を放すことがないように前へ進んでいく






「土浦の指ってキレイだね」




そう言ったあの日から、私はこの手を望んでいたのかもしれない




この思いはもう止められない



これからも






だんだん強く――















END










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