素材:Abundant Shine様
「知り合い?」 「もしかして彼氏とか?」 予想通りの友人たちの質問攻めに笑いながら否定する 「小、中学の時の同級生だよ」って。 Crescendo 4 少なからず俺はショックを受けていた ハンカチを洗って返すなんて口実で、また会える事を望んでいたんだ だが、お前はプレゼントだと言って会う事を否定したんだからな ピアノをまた弾き始めたものの行き詰っていた 弾けば弾くほどまったく成長していない自分に苛立っていた そんな時王崎先輩にストリートライブに誘われた 「俺なんか無理ですよ」 「そんな堅苦しく考えなくていいんだ、これもボランティアの一環だからね」 「だけど、王崎先輩のヴァイオリンに合わせるなんて出来ないですよ」 誰だってそう思うだろう? 王崎先輩のヴァイオリンは世界に通用する技術なんだぜ 渋る俺に先輩は「技術なんていらないんだよ、楽しめばいい」と爽やかに笑う 「知りませんよ恥を掻いても」 半分自棄だった 今の苛立ちから逃れられるのなら… 「君にとってきっといい経験になるんじゃないかな」と柚木先輩、 「いいなぁ土浦、俺も用事がなかったらやりたいよ」と火原先輩。 二人の先輩に背中を押され覚悟は決めたものの、後悔が先走る 日曜の臨海公園は普段の静けさとは違って、行き交う人々も多い。 緊張はないが、ここにいる人たちは俺の音を聴いてどう思うのだろうと そんな事ばかり考えていたら王崎先輩に「もっと肩の力を抜いてごらん」なんて 言われる始末。 何だか生まれて初めてピアノを弾いた時のような気分になった 何曲か弾いていると、かなりの人数のギャラリーに囲まれている事に気付いた リズムに合わせて手拍子をする者、静かに聴き入る者、 みんな笑顔で楽しそうだ そうだ、楽しい そんな簡単で当たり前のことを俺はずっと忘れていたような気がした どれくらいの時間が過ぎたのか、いつの間にか夢中になって弾いていた 最後の曲を弾き始めた時、 人だかりの中をかき分けながら前に出てきた女の子が目に入った え?? こんな偶然があるのか? ずっと気になっていた 卒業式の時に何も言えずにいたから… お前は俺に気付いただろうか? いつだったか俺がピアノを弾く姿を見るのが好きだって言ってくれたお前。 俺の奏でる音が好きだと言っていた なぁ、今でも好きか? お前に届くかどうか分からないけど、今俺はお前のために弾く。 「土浦くんの指…きれいだね」 「もうピアノは弾かないの?」 「土浦のピアノを弾く姿を見るのが好きだったんだ」 時に嬉しそうに笑い、時に切なさそうに俯くお前の声や姿が 演奏している間ずっと思い出していた 「お前の指だってきれいだぜ」 「弾くさ、お前のために」 「ピアノを弾かない俺だって好きって言えよ」 演奏中、思い出したお前の言葉に心の中で何度も返事を繰り返していた そして最後の曲が終わった時、お前の姿はそこになかった 俺の目に映ったのは帰っていくお前の後姿だった おい、ちょっと待てよ 俺はお前にまだ何も伝えていない 「王崎先輩すみません、今知り合いが…」 そこまで言うと王崎先輩は「うん、行っておいで」と快く送り出してくれた 俺はもう一度頭を軽く下げてアイツを追いかけた 「!」 アイツの後姿を見つけると、すぐさま駆け寄った だが、すぐにが一人ではないことに気付き戸惑った は友達の視線を気にしながら少し困惑顔を見せたが このチャンスを逃したくない しかし、お前を目の前にすると 「久しぶりだな、元気…そうだ」なんてさし障りのない言葉に情けなくなる 「うん、元気だよ 土浦も元気みたいだね」 お前に会いたかった 俺の演奏聴いてくれたか? 言いたい事や聞きたい事は山ほどあるのに声にならない 何を話せばいいか、何から話せばいいのか人前で演奏するより緊張する 続かない会話に、なす術なく黙っていると お前はふと「汗、すごいね」と笑った 続いた会話にホッとしながら俺は「少し夢中になったみたいだな」と 弁解じみた返事をした するとお前は「使っていいよ」とハンカチを差し出してくれた 「いいのか?」 「うん」と頷くお前の手からハンカチを受け取る時に触れた指先、 この手を捕まえて引き寄せたらお前はどんな顔をするだろうな こんな所でそんな事は出来る訳がないのに、ふとそんな事を考えて苦笑する 「、コレ洗って返すな」 「ううん、それ土浦にプレゼントする」 は、最高の演奏を聞かせてくれたからと笑ったが それってハンカチは返さなくていいってことだよな? つまり、もう会わないと言われたようなものだ こんな時俺はどんな顔をすればいい? 「サンキュ」と言って笑えばいいのか? その後、は「じゃあまたね」ではなく「バイバイ」と軽く手を振った 『バイバイ』の言葉が胸に突き刺さり俺は動く事も出来ずに の姿が消えていくまで茫然と見送ることしかできなかった 中学の卒業式の時何も言えずに後悔した事を俺はまた繰り返す 手に残されたのハンカチを俺は後悔と共に強く握りしめていた BACK TOP NEXT |