素材:Abundant Shine様
指がきれいなんて言われたのは初めてだった 「土浦君ってピアノ上手だね」 「男の癖にピアノを弾くなんて気持ち悪い」 賛美と中傷が耳に飛び込む中、お前だけが違っていた Crescendo 2 最初はお前の事変なヤツだなと思った でも、お前は毎日のように音楽室に通いつめて俺の音を聴いていたよな 「土浦くんのピアノを聴くと元気が出るね」 「そうなのか?」 「うん」 知らなかっただろ?けっこう嬉しかったんだぜ 俺。 純粋にお前のために弾きたいって、そう思った 「土浦くんって本当に指がきれいだね」 「は?」 俺が聞き返すと、お前は慌てて手を後ろに隠したよな? その仕草が可笑しくて思わず笑っちまったけど、お前の指だって細くてきれいだと 小学生の俺には到底言えない言葉だった それからの日々は俺にとって楽しいものだった 有頂天になっていたのかもしれない お前にもっと聴いて欲しくて技術を身につけることばかり考えて いつの間にかピアノが好きだって事をどこかに置き忘れてしまっていた 何の為にピアノを弾いているのか分からなくなって、俺はその世界から逃げた 中学生になってからはサッカーに夢中になって、毎日ボールを蹴っていた ある日、部活が終わって教室に戻ったらそこにお前がいた 俺を待っていた? そんな訳ないって分かっているのに、 気がついたら「一緒に帰るか?」なんてお前を誘っていた お前は「土浦と?」と少し驚いた顔をしてたよな? 「俺じゃ不服か?」 「そんな事ないですよ〜」 声を立てて笑うお前に、断られなくてよかったと胸を撫で下ろす俺。 「悪い、机の上のタオルを取ってくれないか?」 手渡されたタオルを受け取る時に触れたお前の指先。 思わずその手を掴みたくなってしまった思いを必死で抑え隠した アスファルトに映る長くなった二つの影、時々触れる肩や指先に 戸惑いを感じながらもこの道がどこまでも続けばいいと思っていた その時、不意にお前から「もうピアノは弾かないのか」と訊ねられ 答えに困った俺は「家で弾いている」と答えた 今の俺はあの頃の様にピアノを弾けない 「土浦がピアノを弾いているのを見るのが大好きだったのになぁ」 心が震えた お前にとっては何気ない言葉だったのかもしれないが… 嬉しかったんだぜ 他の誰でもないお前に認められたような気がして… でも、今の俺はまだ心を伝えることが出来ない 「サンキュ」と伝える事が精一杯だった その日を境に俺たちはあまり話すこともなくなった 交わす言葉は挨拶程度のものだった 3年になった時クラスも別れ、更にお前との距離は離れていくばかりだった 時折、お前がグラウンドを見ているときもあったが、 俺は気付かないフリをしていた そんな情けない自分を捨てたくて夢中でボールを蹴っていたが お前との距離が縮まることはなかった 卒業式の日、高校も違ってしまうお前と 最後の時間を少しでも長く過ごしたくて俺はお前を探した 結局、最後までお前を見つけることが出来なかった いつかまたお前のために弾けたらいいと願いながら俺は学校を後にした BACK TOP NEXT 2009/07/26 |