素材:Abundant Shine様
「土浦くんの指…きれいだね」 6年生の時、音楽室でピアノの練習をしている彼の指先を見て不意に出た言葉だった 合唱コンクールやその他諸々の行事で彼はいつも代表としてピアノを奏でていた 男のくせに気持ち悪いという男子も何人かいたが、それでも彼は黙々と弾いていた 凛とした姿勢でピアノを弾く彼の姿が、どこか私に元気をくれるようで 足しげく音楽室に通い続けていたっけ… 「土浦くんの指、長くてきれいだね」 ふと、掛けた声に彼の指先が止まった 「?」 「あ、ごめんね…邪魔しちゃった?」 彼は肯定するでも否定するでもなく私の手に視線を向けて「のは?」と笑った 土浦くんの指に比べたら私の手が不恰好に思えて、慌ててその手を後ろに隠した Crescendo 1 そんな事がきっかけで土浦と話す機会が増えた 中学生になってからもそれは暫くは続いていたが 私の中で何かが変わっていっている事に気付き始めた それは友達の領域から少しずつはみ出していく感じで 『好き』ということを意識し始めたのだと思う この頃の土浦は、あの頃の様にピアノを弾くことはなくなっていた 毎日サッカーに夢中になっている彼を少し残念に思いながら見ていた 夕方、西の空に陽が沈む頃、部活を終え教室に戻って来た彼が私に気付く 「、まだいたのか?」 「うん、今帰るところだよ」 「じゃ、一緒に帰るか?」 「土浦と?」 「俺じゃ不服か?」 「あはは、そんな事はないですよ〜」 嬉しかった 一緒に帰るなんて初めてのことだった 土浦から誘ってくれるなんて思いもしなかったから 「悪い、机の上のタオルを取ってくれないか?」 「いいよ」 タオルを渡す時に触れた指先。 視界に入った土浦の指先はあの頃と同じにきれいでドキッとした 土浦はどうしてピアノを弾かなくなったのだろう… アスファルトに映る二人の影を見ながら思いが高まっていくのを感じた 小学生の時は背の高さもそんなに変わらなかったのに今では頭一つ分の差がある 細い身体も逞しくなって、あの時の土浦はもういない 「土浦…」 「ん?」 「土浦はもうピアノは弾かないの?」 何故そんな事を訊いたのか自分でも分からなかった もしかしたら訊いてはいけない事だったのかもしれない 言ってから少し後悔したが、土浦は「弾いてるぜ、家でな」と小さく笑った 「そっかぁ…残念。土浦がピアノを弾いているのを見るの好きだったのになぁ」 覗かせた本音に土浦は「サンキュ」と一言返した その短い言葉が境界線を引いたように思えた。それ以上ピアノの事は訊くな…と。 後悔してももう遅い その日から土浦は遠くなってしまった気がした 3年になってクラスも違ってしまい、話すこともなくなり 私はといえば日に日に深くなっていく想いを抑えながら サッカーボールを蹴っている土浦を遠くから眺めているだけだった 噂で土浦が星奏学院に行くって聞いた 同じ県内だけど春からは違う高校に通う事になる もう土浦の姿を見ることもないのだろう 卒業式の日、大きくなっていく想いを抱えたまま土浦の背中に 最後の言葉を胸の中で呟いた バイバイ TOP NEXT 2009/07/25 |