素材:clef








「え!?引っ越すんですか?」




再び屯所に顔を出すようになったに近藤から聞かされた



それは、隊士も増え手狭になったから広い所に引っ越すということだった










もらってやるよ 6










分かっていた筈


私達は決して一緒にはなれない



でも胸が痛むのは何故?








「毎度〜」




いつものように元気に笑顔でと、は野菜を背負って屯所に顔を出す
すると、いつもなら居ない筈の土方がそこに居た




「珍しいですね、副長さんがお台所にいらっしゃるなんて」




背中から籠を下ろしながら挨拶をすると、土方は野菜を一つ一つ手にしながら
「いい野菜だ」とフッと笑った




「土方さんって野菜の良し悪しも分かるんですか?さすがですねぇ」

「俺は元々は農家の出だ」




そう言って土方は普段見せる事のない優しい笑みを野菜に向けていた


『鬼の副長』と呼ばれる土方でもこんな顔をするのだと思っていると、不意に土方と目が合った




「…

「はい?」

「3日後だ」




土方はそれだけ言うと台所を後にした






3日後?


あぁ そうか…

土方さんは3日後には引っ越してしまうと言いたかったんだ


彼の見せてくれた優しさにはその場で頭を下げた






さん」




帰る間際に声を掛けてきたのは鈴花だった




「鈴花さんもいなくなっちゃうんですよねぇ…寂しいなぁ」

「私も寂しいです、でも…さんの事は一生忘れませんから」

「そんな言い方…もう一生会えないみたい」

「あ…そうですね、それじゃ……またいつか会いましょうね」

「うん」




今度再会した時は、鈴花さんもちゃんと娘の格好をして
二人でいっぱい遊びましょう








その日の夕方、左之助がの家を訪れた
不意の訪問にの胸は苦しくなった




「ど、どうしたんですか?」




左之助は「団子食いに行こうぜ、奢ってやっから」と笑っていた




「今からですか?」

「いいじゃねぇか、食いたいと思ったら吉日だ」






いつもの店、いつもの席、ここは私達の居場所でもあり指定席だった




「みたらしも頼んでいいですか?あと、ぜんざいも……ところてんもいいなぁ」

「お、いいぞ どんどん頼め」




どんなに辛くても、胸が苦しくても甘いものなら食べられるとそう自負していたけれど
堪える涙が喉元に詰まって通っていかない


無理に笑顔を作っても喉を通る団子が苦く感じられた




「美味いか?」

「美味しいですよ、奢ってもらうと思えば尚更ですよ」

「ははは、ったくお前らしいぜ」

「ほっといて下さい」

「ぷぷっ…んじゃ、この後は酒でも飲むか?」

「の、飲みません!!」






左之助は、何も言わなかった

引っ越してしまうことも、もう会えなくなるという事も…



と左之助は、ただいつものように笑い合っていた










3日後、その日は訪れた

はいつものように野菜を背負って屯所に顔を出した




「毎度〜」

「あれ?さんどうしたんですか?野菜はもう…」




は笑顔で元気に答える




「最後ですからね、お餞別です…よかったら持って行って下さい」

「いいのかい?ちゃん、助かるよ〜」




が「お元気で」と声を掛けると「ちゃんも」と
近藤はの頭をクシャッと撫でながら言葉を返した


1年程の出会いだったが、それぞれの思いを込めながらは一人ずつと挨拶を交わしていった




「寂しくなるぜ〜」と永倉が大げさにを抱きしめると、はその腕の中でもがきながら
「永倉さん、ちゃんとお風呂に入って下さいね」と笑う

「何やってんのよアンタ、そんな事してると左之ちゃんに殺されるわよ」




屯所の中に笑いが広がる




「おい、原田はどこに行ったんだ?」




土方が苦虫を潰したような顔で声を荒げると、
「もうすぐ帰って来るんじゃない?」と山崎が悪戯っぽく笑った


その言葉通り、ドタドタと大きな音を立て息を切らしながら左之助が飛び込んで来た






「原田、どこに行ってたんだ」

「そうだよ〜、ダメじゃないか原田くん」




しかし左之助はそれを無視して、を見つけるとその手を掴み
、ちょっと来い」と逃げるようにいきなり走り出した





突然外に連れ出されたは左之助の息が正常に戻るのを待った

額に光る汗を手で拭ってやると、左之助はそのの手をそっと包み込んだ




「…原田さん?」

「あ…これをお前にやる」




そう言って差し出された左之助の手には簪が一つ…




「…きれい」

「つけてやる」




左之助はの髪に簪を挿してやると満足そうに笑った




「似合ってるな…って言っても見立てたのは山崎だけど…な」

「どうして?」

「ん?まぁ…約束のしるしってやつだ」

「約束のしるし?」

「いつになるかわかんねぇけど…絶対お前をもらいに来っからよ」






優しく抱きしめる左之助の腕の中は心地良く、
いつかそんな日が来るかもしれないと思わせてくれるような暖かさだった


だが、はその腕からそっと離れると左之助に笑顔を見せた




「原田さん…そんな約束はしなくていいです
 でも……絶対に死なないで下さいね…生きていて下さい」






は頭を深く下げると、もう一度笑顔を見せた




「この簪…一生大切にします」と、その言葉だけ告げた










心優しき新選組






彼らとはこれが最後になった















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