素材:clef様
あれから数年の月日が流れた 沖田さんが病に倒れ江戸で亡くなり、近藤さんが処刑されたと風の噂で聞いた 原田さんに預かって欲しいと頼まれた“誠”の御旗 そして、だんだら模様の入った浅黄色の羽織が手元で哀しく揺れていた もらってやるよ 7 どんなに哀しくても私は生きている だから生きていく 原田さんが今どこでどうしているのか 生きているのか死んでいるのか、風の噂はの耳に伝わってきてはいない それでもはあの頃と何も変わらず野菜を背負い行商を続けていた 毎日屯所跡の前を通ると、庭にある一本の桜の木に目を向ける あれから何度目の春を迎えるのだろう 小さな蕾が今か今かと春を待っていた 「ちゃん、精がでるなぁ」 「お陰さまで」 「まだいい人は出来ないのかい?」 「ほっといてよ」 行かず後家だとか、桜の花の蕾が開くのとが嫁に行くのとどっちが先かなどと からかい半分で囁かれるようになって自分もそんな年になったのかと苦笑する 「おじさん、みたらし頂戴」 「はいよ」 変わらない毎日、変わらない光景 ただ違うのはそこに左之助がいないということだけ 原田さん、やっぱりお団子は奢ってもらった方が美味しいよ は髪に手をやると、左之助のくれた簪にそっと触れ心の中で語りかけるのだった ―― それから 南から暖かい風が桜の木々を揺らし始めた頃、 一つ、また一つと蕾がゆっくりと開き始めた 「だいぶ暖かくなってきたわね」 「、お前もそろそろ身を固めたらどうだ?」 「はいはい、そのうちね じゃあ行ってくるね」 「気をつけてな」 「よいしょ」と掛け声を掛けながら籠を背負うと、父親に軽く手を振って店を出た すると、「相変わらず力持ちだな」とか「は筋肉隆々だからな」とか どこかで聞いたような言葉を投げかけてくる声が聞こえてきた 嫁入り前の娘に悪態を吐くのはどこのどいつだとばかりにが振り返り睨みつけると そこには見覚えのある懐かしい人たちが立っていた 「な、永倉さん!……は、原田…さん?」 「お前なぁ…せっかく約束を守りに来たのに何で新八を先に呼ぶんだよ」 「はっはっは、そりゃあ左之より俺に惚れてるからに決まってるじゃねぇか」 「…えーと、お二人とも生きてたんですね」 「おうよ…って、勝手に殺してんじゃねぇぞ」 苦しい事も哀しい事もあっただろうに… 何年経っても変わらない二人の姿がは嬉しかった 「お前、仕事があるんだろ?手伝ってやっから」 左之助は不意にそう言うと、の背中の籠を下ろさせるとヒョイと自分の肩に担いだ が遠慮すると「いいから いいから」と強引に手を引いて歩き出した 「永倉さんはどうするんですか?」 「ガキじゃねぇんだ、適当に時間潰すだろ?」 「変わらないですねぇ原田さんは…」 「ん?そうか?お前は変わったけどな」 「そうですか?」 「老けた」 「お互いさまです!」 プイッと横を向くの背中を軽く叩きながら笑った そしてその時ふと、の髪に挿してある簪を見つけホッと胸を撫で下ろすのだった 「簪…つけててくれたんだな」 「一生大事にするって言ったでしょ?」 は指先で簪に触れながら小さな声で「生きていて良かった」と呟いた お前の声が聞きたい、お前に会いたい、お前を抱きしめたい、 ただそれだけで俺は生きたいと思った 誰かに恨まれようが、憎まれようが、俺は生きたかった やっとお前をこの手に抱きしめられる 左之助はそっとを抱きしめると、温もりが伝わってきて生きている実感を味わった 「死ぬわけねぇだろ?」 「そうですよね、私をもらってくれるって言ったんですから死なれたら困ります」 「だからこうやってもらいに来ただろーが」 左之助の腕の中ではずっと笑っていた 彼が「そこは笑うとこじゃねぇ」と言ってもの笑顔は消えることはなかった 「これでお前は俺のもんだから堂々と裸が見れるな」 「またそれですか?……でも、いいですよ見せてあげます」 「ぶっ…マジか?ほ、本気にするぞ」 もしかしたら殴られるかもしれないと思った左之助だったが、 意外にも了承を得ると脳裏にの霰もない姿を想像して思わず顔が緩んでいた 「顔が赤いですよ」 「だってよぉ…お前……ぶっ、鼻血が出そうだぜ」 「そんなに期待しているとガッカリしますよ」 「何でだよ」 「…もう若くないですから」 なんて可愛い事を言うんだコイツは… こんな女っぽい事言うを初めて見た気がする 左之助は「そんなことは関係ねぇよ」と抱きしめているその腕に少しだけ力を添えた 「、俺はずっとお前に惚れてるんだ…だからお前の全部をもらってやる」 少し照れながらそう言った左之助を見ながら は「わかりました、もらわれてあげます」とクスクス笑った 「しかし、お前は働きもんだなぁ」と仕事を終えると 額に浮かぶの汗を見ながらしみじみと言った 「そうですか?普通ですよ、それより今日は手伝ってくれてありがとうございました」 が軽く頭を下げると、「バーカ、こうでもしなきゃ二人きりになれねぇだろ?」と笑った 日が暮れて左之助とが家に戻ると、新八が酒を用意して待っていた 「永倉さん、何をしているんですか?」 「は?何って、お前たちを待ってたんだよ」 「そうじゃなくって…なんでお酒が…?」 「飲む為に決まってんだろ?早く座れ」 何だか偉そうに言ってるけど、ここは私の家なんですけど… しかもコップが三つ置いてあるのは…嫌な予感がする 「じゃ、じゃあ、きれいなおネェちゃんじゃないですけどお酌ぐらいしますよ」と、 が遠慮がちに言うと「酌なら俺がしてやる」と新八は無理矢理を座らせた 二度と酒は口にしないと誓っていたは抵抗を試みたが新八の言葉に観念するのだった 「これは三々九度だ、飲め」 は頷くと、差し出されたコップを受け取り酒で唇を濡らした そして、が酒を口にしたのを見ると「よし、見届けたぜ」と 正座していた足を崩して胡坐を掻いた 「どういうこと?」とが訊ねると、左之助は自分も酒を一口飲み フーッと溜息を吐くように「近藤さんと土方さんの最後のいいつけなんだよ」と言った 「必ず生きろ、生き抜いてお前を幸せにしてやれ…ってな」 「そんで、俺にはお前達が幸せになるのを見届けろ…ってさ」 左之助と新八はそう言って、それから二人で同じ言葉を口にする 「自分で見届けろっつーんだ」 どこまでも哀しくて優しい言葉 私達は生きて幸せにならなきゃいけない 私達は、今はも居ない新選組の話を夜通し続けた 翌日、蕾だった桜は大きく花開いてすっかり春色に染まっていた 「、幸せになろうな」 「私は幸せですよ…みんなに見守られてますから」 近藤さんや土方さん、そして新選組のみんなの思いと願いを 私達は一生をかけて語り合って生きていく 「、左之がダメだったら俺が幸せにしてやっからよ〜」 「新八〜〜〜〜!!」 ―― お前に惚れてるから ずっとずっと惚れているから だから お前の全部をもらってやるよ END BACK TOP |