素材:clef様
いやな空気だ 土方さんは目の前で眉を吊り上げてやがるし、近藤さんは傍らで 気持ち悪い笑顔を俺に向けている 土方さんに呼ばれる時は絶対いいことがねぇ もらってやるよ 4 「原田」 ほら、いつもにも増して低い声で名を呼んでいる こういう時はすっげぇ怒っている時だ 「聞いているのか原田?」 「聞いてますよ」 「だったらガキじゃねぇんだ、きちんと謝罪して来い」 何で謝らなくちゃいけねぇんだ?と左之助はプイッと顔を背けると 間に入った近藤が宥めるように言った 「原田くん、トシはねちゃんの顔が見れなくて寂しいって言ってるんだよ」 「近藤さん、アンタ…何を茶化してるんだ?」 「あれ?違うの?俺は寂しいけどねぇ…君だって寂しいでしょ原田くん?」 「べーつーに、寂しくなんてないっすよ」 無意味な意地を張る左之助に「やれやれ」と近藤は頭を掻き、 土方はこれ見よがしに大きな溜息を吐いて見せた 「君は免許皆伝の槍の技術は持っているのに恋に関してはからっきしだねぇ」 「恋ィィ!?何をバカなこと言ってるんすか近藤さん」 「惚れてるんだろ?ちゃんにさぁ」 「そ、そ、そ、そ、それはっ…」 「嫁入り前の若い娘に裸を見せろなんて言う前に言う事があるんじゃないのぉ?」 「ぐっ…」 ちぇっ、ぐうの音も出ねぇっていうのはこの事だ 確かにそうなんだけどよぉ 遊びのつもりじゃねぇんだ、恥ずかしくていけねぇや 「原田、きちんと謝罪してこねぇなら当分の間お前の給金はないと思え」 「んげっ」 左之助は土方に追い打ちを掛けられ、彼の部屋を後にした 今更、どうやって謝れって言うんだよ 部屋で不貞寝をしていると、新八と平助がやって来て左之助をからかい出した 他人の不幸というものはかっこうの餌だ 「左之さんは意外と純情だからなぁ」 「うっせぇよ平助」 「なんなら俺が言ってやるぜ」 「余計な事すんなよ新八」 「しっかし、見ものだったよなぁ」 新八がの醜態を思い出したように笑い出した そして、「左之が言えねぇんだったら俺が先に告るかな」と まるで自分もに気があるような素振りをしだした 「ふざけてんじゃねぇぞ新八」 「ふざけてねぇぞ、は器量も良いし働きもんだ 明るいし、元気だし、嫁さんにしてぇくれぇだ」 「うん、俺も結構好きだったりするしさ 他にも同じこと思ってる連中いるんじゃない?」 おいおい、何だか雲行きが怪しくないか? アイツに気があるのって俺だけじゃねぇのかよ 冗談じゃねぇぞ 「おい左之、愚図愚図してっと他の男に取られっぞ」 「そうそう」 簡単に言ってくれるよなぁ に言いたくてもよぉ、泣きながら「死んじゃえ」って言われたんだぜ それって既に「嫌い」って言われたようなもんじゃねぇか? 「だけどよぉ…」 「左之さん何を迷ってんだよ、簡単な事じゃん に好きだって言っちまえばいいだけじゃん」 「…だよなぁ」 「じれってぇヤツだな、お前が行かねぇなら俺が行くぜ だって俺の事嫌いじゃあねぇみたいだしな」 「後で後悔すんなよ」と捨て台詞を残して左之助の部屋を出ていく新八の背中を見ながら 「新八ぁん、案外本気なのかもね」と言う平助の言葉に左之助は焦るのだった 後々、この事でずっとからかわれる事になるのだが、それはずっと先の事。 「待て、新八」 「何だよ」 「お前にはやらねぇ…っつーか、は誰にもやんねぇ」 「今更何を言ってやがる」 「アイツは…俺のもんだ」 新八は左之助の頭を思いっきり殴りつけると、 「さっさと告ってふられて来やがれ」とニヤリと笑った 「ったく、世話の焼ける野郎だぜ」 「とんだサル芝居だ」 これは、その後の新八と平助が呟いた言葉だった 勢いだけで飛び出してきた左之助だったが、この先どうやってに会うか いや会ってくれるのかと心中穏やかではなかった 遠巻きに店を覗くが、どうやら店先にはの姿はなく 左之助は怪しく店の前をウロウロする事しか出来なかった 「おや、原田さんではありませんか?何か御入り用で?」 不意に声を掛けてきたのはの父親だった の父は原田が買い物に来たのだと思い、店に入るように彼を促した いきなりの展開に心の準備が出来ぬまま左之助は店に顔を出した 「おやっさん、は?」 「奥に居りますが…」 「さ、最近屯所にも顔を出さねぇから…よ」 「大変申し訳ありません、原田さんからも我儘を言うなと言って下さいまし」 「い、いや…俺は…」 戸惑う左之助を他所にの父親は「さあさあ」と左之助を部屋に通した 部屋に入ると、は奥の部屋で窓の外をぼんやりと眺めていた 「よう…元気か?」と刺し障りのない言葉を口にすると 振り向いたは目を見開いて驚いていた しかし、直ぐに左之助を避けるように視線を窓の外へと移した 「何しに来たんですか?」 どこか冷めた口調で、振り向きもしないその背中は まるで怒りを表しているようだった 左之助はごくりと息をのむと、絞り出すように声を出した 「お前と話がしてぇ……出られるか?」 それは最終審判が下されるのを待っているような気分だった 返って来ない返事を待つ時間が永遠とも思える長い時間に感じられた 相変わらずその視線は窓の外に向けられたままだったが、 はようやく重い口を開いた 「別にいいですけど……裸は見せませんよ」 「うぐっ…」 なんだかなぁ…、先制パンチをくらった気分だ 幸先が悪い気もしねぇでもないが、ここで引き下がるわけにはいかねぇんだ 左之助はようやく覚悟を決めるとを外へ連れ出した BACK TOP NEXT |