素材:clef様
原田を引きずっては風呂場までやって来ていた 「さあ、よく見なさいよ」 酔った勢いとでもいうのか、自分で何をしているのか分からないのか 帯をするりと解き、着物に手をかけた もらってやるよ 2 「……女だ」 「当たり前だ、コラ」 「ところで…あなたはどなたですか?」 「なんだと〜!」 「僕の目の前に裸の女性がいるということは…やってもいいということでしょうか?」 この時、鈴花さんが飛び込んできて私に着物をかけてくれなかったら きっと私の貞操は紛失していたかもしれない いたたた… 世に言う“二日酔い”というものを初めて知りました 翌日、いつものように野菜を届けに屯所に顔を出すと何やらいつもと様子が違っていた 隊士達がの顔を見ると笑ったり、中には赤くなって俯く者も居たりとどう見ても不自然だった 挨拶に顔を出した鈴花に訊ねると、彼女も躊躇いがちに言葉を濁した 「鈴花さん、何があったの?みんな変だよ?」 「え、えーと…だから…そ、それは…」 「私…何かした?」 「したといえば…した…かな?」 鈴花の様子では一気に蒼ざめた 私は昨夜飲めない酒を飲んだ…それは憶えている 忘れようにも身体が“二日酔い”になっている、それは隠しようのない事実だ それならみんなの様子がおかしいのは何故? もしや私はとんでもない失態を犯してしまったのか… 半ば強引に鈴花に問い質すと、 彼女はが傷付かないように言葉を選んで話してくれた 何という事だ 酔っていたとはいえ、原田さんの前で裸体を曝してしまうなんて… 失意のどん底、穴があったら入りたいとはこの事だ が自己嫌悪に陥って落ち込んでいると、 「見たのは原田さんだけじゃないです」と鈴花は言いにくそうにポツリと呟いた 「原田さんだけじゃないって…?」 事実を知るのが恐かった しかし、悪い予感は当たるもので、鈴花は消え入りそうな声で 「はい…全員で」と言ったきり俯いてしまった 「鈴花さん…その…お、教えてくれてありがとう…」 『お酒の上での事なんだから気にしないで』と鈴花の笑顔はそう語っていたが それがまたにとって眩暈を感じさせるのだった 世の中、酒癖というのはいろいろ種類があるようだけど 私の酒癖は『絡み酒』だと改めて知りました この状況を屯所の隊士全員が目撃したことは事実であり、 は金輪際どんな事があってもお酒は飲まないと心に誓った どんなに深い溜息を吐いても曝してしまった醜態が消える事はない 明らかに皆の私に対する態度が違っている 土方さんや山南さんは不自然に視線を逸らすし、 沖田さんは「目の保養をさせてもらいましたよ」と笑う 山崎さんは「アンタなら何かやってくれると思ったわよ〜」なんて 次の失態を期待しているような事を言っちゃってくれるし、 永倉さんに至っては「今度は俺と二人きりの時に見せてくれよな」などと 益々失意のどん底に落とすような笑えない冗談を言う始末。 「はぁ…」 「ちゃん、溜息なんかついてどうしたんだ?」 「…別に……ほっといてください近藤さん」 「ぷぷぅっ」 「な、何を笑ってるんですかっ!?」 「おっちゃん、もしかして昨夜の事気にしちゃってる?かわいいねぇ」 「わ、分かってるならからかわないで下さい」 近藤さんは落ち込む私の頭をくしゃくしゃに撫でながら 「大した事じゃねぇよ」と慰めてくれるが、それがまた恥ずかしさを誘う気がする 嫁入り前の娘が大勢の男の前で裸体を曝したなんて… 一生嫁に行けないとこの時の私は本気で思っていた それなのに… 「おーい、団子食うか?奢ってやるぞ」 「け、結構です…し、仕事がありますから」 「どうした?熱でもあるのか?」 いつもなら奢ると言うだけで二つ返事でついていくだが、 さすがに今日のところはそういう気分になれなかった まして、昨日の今日で原田が誘ってくるということは 彼に裏があるのではとは疑っていた だが、左之助はいつもの調子で気楽に誘ってくる 「腹の調子でも悪いのか?」 「そうじゃないけど…」 「だったら行くぞ」 「行かない」 「お前から団子を取ったら何にもないだろーが」 「ぐっ」 この男はっ… 力持ちだとか筋肉隆々とか、完全に女として見ていない 確かに私は団子が好きよ だからって、私から団子を取ったら何もないなんて… 人の気も知らないで… みんなに裸を見られたのに、平気な顔で団子なんて食べられない 「まさかっ!?」 「な、なによ」 「悩み事でもあるのか?……って、そんな訳ねぇか あはは」 何を聞いといて否定するのよ 原田さんはいったい私をどんな人間だと思ってるのかしら? っていうか、嫌われているんだろうか… 「ほら、グダグダ言ってねぇで何でもないんだったら行くぞ」 「だから行かないって言ってるでしょ!?なんで私を誘うんですか?」 「何でって…俺が団子を食いたいからだ」 「はい?……だったら一人で勝手に食べに行けばいいじゃないですか」 「バカだろお前…」 「なんでよっ!」 私が食って掛かると、原田さんは少し体裁悪そうに答えた 原田さんが言うには、大の男が一人で甘味屋には入れないというのだ 実際私には原田さんがそんな繊細な男とは思えなかったけど、 何よりも彼の口ぶりを聞いていると、もしかしたら彼はアノ事を覚えていない? もしくは忘れているのかと思えたので渋々ではあったけど付き合うことにした 馴染みの甘味処で馴染みの店主と挨拶を交わし、 いつもの様に原田さんと向き合って団子を食べる 憂鬱な思いを抱えながらも、すんなりと喉を通る団子が恨めしい どんなに悩んでみても団子が死ぬ程美味しく思えるなんて… 私から団子を取ったら何もないんじゃないかって、そう思う自分が居た 「お前は本当に美味そうに食うな」 「だって本当に美味しいですから」 「そんだけ美味そうに食ってくれたら奢り甲斐があるってもんだぜ」 「そりゃどうも」 もう半分自棄だった 原田さんは覚えていないのだと、そう信じて自分も忘れようと思った 「原田さん、ぜんざいも食べていいですか?」 「おぅ、食え食え」 そうよ、嫌な事は甘いものを食べて忘れちゃえばいいのよ そう思いながらは幸せそうな顔でぜんざいを頬張っていた だが、左之助の言葉では現実に戻されることになってしまった 「なぁ…」 「なんです?」 「俺よ…変な夢を見てよぉ」 「夢?斬られて死ぬ夢でも見たんですか?」 「おい…笑えねぇ冗談を言ってるんじゃねぇぞ」 「だったら、どんな夢ですか?」 「笑うなよ」 「はいはい」 「実はな……お前が…」 「えーっ、私が原田さんの夢に出てきたんですか?」 「なんだよ、迷惑そうに言いやがって」 「だって迷惑だも〜ん」 私は原田さんの夢なんてどうでもよかった 彼の夢の中に私が出てきた事は意外だったし、ちょっと気にはなったけど、 どうせくだらない内容だろうと気楽に考えていた そんな事よりいつの間にか目の前の団子やぜんざいの誘惑に心を奪われていた 「それで?私が出てきてどうなったんです?」 「お前と俺が風呂に入って…お前の裸を……」 「ぶーーーっ!!!」 終わった… 幸せの瞬間が消え去り、もう団子やぜんざいの甘みも感じなくなった は左之助の言葉に思わず頬張っていたぜんざいの小豆を噴き出していた BACK TOP NEXT |