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とかく酒癖というものはいろいろあるものだ

泣いたり笑ったり、揚句には迷惑なほどに絡んできたりと様々だ


日頃、たまった鬱憤を晴らすためにそうなってしまうのだろうが…



だが、原田左之介はちょっと違っていた…?








もらってやるよ 1










それは、珍しく土方から声が掛かったところから始まったのだった




「本当にいいんですか?」




鈴花が心配そうに近藤に訊ねる




「いいんじゃないか?せっかくトシが言ってるんだしさ〜」

「でも…芹沢さんが言うならともかく…」

「トシはね、あぁ見えても酒も女も結構好きなんだよなぁ」

「近藤さん…それはいったいどういう意味なんだ?」

「あはははは〜、気にすんなって」






鈴花が心配するのも尤もな事で、永倉や芹沢が言うなら分かる


土方が酒を飲もうが女が好きだろうが、そんな事はどうでもいいのだ
問題は彼が酒を飲むことを誘うということなのだ


そんな鈴花の心配を余所に
「いいじゃない、タダでお酒が飲めるんだし〜」と山崎はノリノリだ




ちゃんも誘ったらどうだ?」




近藤の言葉に隊士たちは賛同する




近藤の言う『ちゃん』とは屯所にいつも新鮮な野菜を配達してくれる行商の娘だ
鈴花とは歳も同じという事もあっていつしか親しい間柄になっていた

器量も良く、彼女に思いを抱く隊士たちも少なくはない


何を隠そう原田もその一人だったのである




土方自身も単なる慰労だと言い、を誘う事を了承し結局今夜の宴会になった訳だ












そして、宴もたけなわ

は原田の異変にまだ気づいていなかった




「やっぱり酒は綺麗なおねぇちゃんに酌をしてもらいてぇよなぁ」




永倉のバカな発言に隊士たちも一同に賛同し合う



本日の宴会場は屯所の中、
永倉の言う【綺麗なおねぇちゃん】なんている訳がない




鈴花とは顔を見合わせ、溜息を吐きながら苦笑する
しかし、その【綺麗なおねぇちゃんに】反応した者が約一名いた




「やぁねぇ、綺麗なおねぇちゃんならここにいるじゃないのぉ」




山崎はたちに相槌を求めるが素直に頷くことは出来なかった



確かに、山崎さんは女の私より綺麗だ…と思う
しかし、彼は立派な男子である


それを言ってしまえば多分私たちはただでは済まないだろう


鈴花とは黙って苦笑するしかなかった






「おぃ、お前も女なんだからよぉ、癪くらいしろよ」




その時、原田さんが酒を抱えて私の隣へ座った




「そんなにしてほしいなら、そういう店にでも行ったらどうです?」と、
は隣の原田を追い払うように片手をヒラヒラと振る



「かーっ、かわいくねぇ女だなぁ…まぁ、その体じゃ到底女には見えねぇけどな」

と、これ見よがしにの全身を上から下へと視線を流す



この時は既に原田が酔っていると思っていたので
「かわいくなくて結構です。私はただの野菜売りの行商人ですから」と、適当に受け流した


しかし原田はの体をマジマジと凝視しながら「ここが貧相なんだよなぁ」と
いきなり胸を触りだしたのだ

鈴花のお尻にも手を伸ばしていたので、は原田の酒癖は【さわり魔】と確信した



まぁ、酒の上での事と言っても女である鈴花さんと私の体に気安く触ったのだから
原田さんの後頭部にコブができるほどのパンチをくらわしたのは言うまでもないけれど…




「いててて…まったく、こういうところが女じゃねぇんだよな」

「もう一度殴ってほしいんですか?」




に殴られた後頭部がよっぽど痛かったのか、原田さんはブツブツと独り言のように
文句を言いながら手酌で酒を飲みだした




「おや原田さん、両手に花ですか?」

「あ!?両手に花?…総司、お前…目が悪くなったのか?」




どうやら原田さんはもっと殴ってもらいたいらしい…




「あははは…、まぁまぁ…ささっ、もっと飲みましょう」

「おっ、沖田さんっ!」




宥める様に原田の猪口に酒を注ぐ沖田を鈴花が慌てて止める




「それ以上原田さんにお酒を飲ませないで下さい」




まったくもって鈴花さんの言う通りである
これ以上原田さんを酔わせてしまったら私たちの貞操の危機にもかかわる




「何言ってるんです?原田さんはまだ酔っていませんよ」




私は、沖田さんこそ何を言っているのかと思った
いくらなんでも女性の体をペタペタ触りまくるなんて素面ではやらないだろう


でも、この時の原田さんは沖田さんの言うとおりさほど酔ってはいなかったのだ




「さぁさぁ、鈴花ちゃんもちゃんも飲みなさいよ〜」

「いや…私たちは飲めませんから」

「なによ〜、私のお酌じゃ飲めないってわけ〜?」




山崎さんは間違いなく絡み酒だ




「そうだそうだ、まったくつまらねぇ女だぜ」と、山崎さんの酔いに合わせるように
原田さんも増長する始末。




「でも…本当に飲めないんですぅ」

「女みたいな物言いをするんじゃねぇ、気持ち悪いだろーが」




こ、こいつは…


はこめかみがピクリと痙攣するのを覚え、その怒りを抑えるために
ひざの上で拳を力強く握っていた




その時、「あ…私、何か酒の肴でも見繕って来ますね」と鈴花が徐に席を立った



うまいっ、鈴花さん流石…伊達に男所帯に馴染んでないわね


そうよ、この手があったじゃない
「仕事があるから」って言えばこの場から避難できる


そして、「私も…」とばかりに席を立とうとした瞬間、腕を掴まれもとの場所に引き戻された




ちゃんはダメよ〜、逃がさないんだから〜」

「そうそう、仕事なんてどうせ野菜を運ぶだけだろうが」




申し訳なさそうに去っていく鈴花の背中を恨めしげに見送り、
心の中で『鈴花さ〜〜ん!』とが叫んだのは言うまでもない




「ささっ、女は度胸って言うじゃない?
 案外飲んでみたら美味しいって思うかもしれないわよ〜」

「そ、そんな無茶な…」

「おい山崎、こいつは女じゃねぇんだから度胸はねぇだろ」




に、憎たらしい…




「あら左之ちゃん、ちゃんはこれでも立派な女の子よ〜」

「ぎゃははは、重たい野菜を軽々運ぶヤツのどこが女だって言うんだ?」

「悪かったですね、力持ちで…」

「あら〜、いいのよぉ力持ちでも〜 身体は立派な女の子なんだから〜」

「どういう意味ですか山崎さん?身体はっていうのは…」

「ふふふ〜、だってちゃんって結構いい体してたんだもん」

「ぶははは、いい体?…こいつが?筋肉隆々ってか?ぎゃははは〜」

「違うわよ〜、肌が白くてねぇ…この辺も柔らかそうでぇ〜…」




山崎はニッと含み笑いをすると、指先でちょんとの胸元をつついた




「な、何をするんですか!?」




が慌てて胸元を手で隠すように押さえると、
原田は「へぇ」と関心を持ったようにの胸元を直視始めた


そして「俺にも触らせろ〜」と手を伸ばしてきたので、
はその手を咄嗟に掴み締め上げた




「いててて、ちょっとくらいいいじゃねぇかよ〜」

「指を折りますよ、原田さん
 それに山崎さん、いい加減な事言わないで下さい」

「いい加減じゃないわよ〜、だってアタシ見たんだも〜ん」

「え゛!?」






いつ、どこで見たって言うのよ?


が唖然としていると、「マジかよ、山崎…」と突然原田の目が真剣になってくる
それを受けながら山崎は意味深に笑みを浮かべた


が山崎を締め上げて問い質すと、どうやら以前に鈴花に誘われて
屯所で一緒にお風呂に入った時、何気なく、そう単なる興味本意で覗いたと言う



な〜んだ、それなら分かる



…じゃないわよっ!覗いたのかよっ!!




ここの連中は油断も隙もないというか…


信じられないっっ!!



どんなに力持ちと言われようが、筋肉隆々と言われようが私は嫁入り前の娘なんです!!



はいつしか目の前の酒を一気に飲み干していた

しかも、その後自分の性格の変化にも気付かずに…







「おい、俺にもお前が女だという証拠を見せてくれよ」

「あ?証拠だと?」

「だいたいお前が…ヒック…」

「うっせぇよ原田、テメェの切腹の傷をもう一度開いてやろうか?」






もはやの性格が一変してしまっていた


さん、いい飲みっぷりですねぇ」と
いつの間にか沖田に酌をされ一気に酒を飲み干していた


怒りに振り回され、自分でも気づかぬうちに水のように飲んでいたのだった



原田もまた適度に酔い始め、人格が変貌していった






「そもそも人間というのは生まれた時はすべて男の染色体を持っていて…」

「あ゛?」

「ゆえにさんが現在男という……」

「おい左之助っ!」

「なんでしょうかさん」

「ちょっと来いや」

「何をするのですか?さん、乱暴はいけません」

「うるさいっ、私が男か女か見せてやろうじゃないの」

「そうですね、真実は見極めないといけませんね」






もはや、“”が“さん”に
“原田さん”が“左之助”に変化していた事には当の本人達は気付いていなかった


は原田の着物の襟を掴むと引きずるように席を離れ部屋を出た






「っ…さんっ!!」




先程までと様子の違うに鈴花は「どうしちゃったんですか?」と慌てるが、
傍らに居た山崎は『きゃはは〜』と笑い転げているだけだ




「原田さんも面白いけど、さんも面白い人ですねぇ」

「え?…まさかさんにお酒を…?」

「はい、飲ませてみました」




『はい』って…


沖田は『ふふふ』と悪戯っぽく笑い、
「案外あの二人お似合いかもしれませんね」と暢気な台詞を吐く




「ひ、土方さん…」




鈴花が土方に助けを求めても、肝心の土方までもが「放っておけ」と
心なしかその頬は緩んでいる


心配をしながらも鈴花は原田を引きずっていくの後を追いかけた






どうかとんでもない事になりませんように…と祈りながら。















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