素材 Abundant Shine













今日はいつもより早く起きた



鞄についている仁王君からもらったマスコット
「これはつけててもいいよね」と、指でつついてみる




揺れるマスコットが物悲しく見えたのは、きっと気のせい…だよね?










初 恋  8












「いけない、遅刻しちゃう」




『行ってきま〜す』とまるで自分を奮い立たせるように大声を出して、
それから、家を出てバス停までの道のりを思いっきり駆けていく




バス通学なんて入学式以来のことだ

こんな風に混雑するのが嫌で翌日から自転車にしたんだっけ…



でも仕方ないよね



これからはこれが続くんだから慣れないといけないな










「おはよう、なんかぐったりしてない?」

「ん…バスで来たからね」

「バス?って自転車じゃなかったっけ?」

「都合により本日よりバス通学で〜す」

「あはは、なにそれ〜」




ほら、今の私仁王君と会う前の私に戻っている




昨日までのこの時間は駐輪場にいて、
目の前のテニスコートで朝練をしている仁王君の姿を見るのがいつの間にか日課のようになっていた


そして、フェンス越しに軽く言葉を交わして…




もう駐輪場に行くことはないのに、視線はそこへと流れていってしまう



決めたはずなのにどこかで仁王君の声が聞きたくて期待しているのかもしれない…




、どうしたの?」

「あ、なんでもないよ」

「数学の宿題やってきた?ノート写させて」

「げっ、宿題なんてあったっけ!?」




友人といつものように笑いながら話している

別になんの変わりもないのにどこか懐かしい感じがしてくる



それって、いつの間にか私の中に仁王君がいたから…?








私は仁王君に会いたいという気持ちと会いたくないという気持ちが交錯して
そんな想いを抱えながら一日を過ごしていた


だけど、不思議なもので今日だけではなく、バス通学にしてから仁王君と会うことはなかった



もしかしたら、気づかないうちに仁王君と会うために私がその機会を作っていたのかもしれない




だから私がその機会を消せば会うことはないんだ



仁王君から会いたいなんて思うことはありえないもんね?








バス通学にしてから一週間



仁王君と知り合ってからこんなに話さなかったのは初めてかもしれない


ふふっ、出会う前は仁王君という存在も知らなくて、
入学してから何ヶ月も話したことがなかったのに…



ヤバイなぁ…これって禁断症状?




そんな自分に気づき、思わず小さく笑ってしまう






「なんかいい事でもあったんか?」

「えっ!?」




突然目の前に現れた仁王君に、思わず『げっ』と人間離れした声を発してしまい
どうやら少し彼を呆れさせてしまったようだ




「『げっ』とは随分な反応じゃの」

「あ…はは……ひ、久しぶり〜…なんて」

「何を引きつってるんじゃ?」

「べ、べつに…」

「ふぅん…」




どうしよう…



会いたいなんて思っていたくせに心の準備ができていないよ



いきなり目の前に現れるなんて、それは反則というもので…視線が合わせられない
全身に仁王君の視線を感じて私は次第に伏せ目がちになっていく




「最近自転車じゃないみたいだな」

「あ…う、うん」

「何かあったのか?」

「…うぅん……自転車通学…やめたの」

「何でじゃ?」

「え、えーと……ほ、ほら自転車通学って疲れる…から」

「それでバス通学…か?」

「そ、そうだよ」

「ふぅん…そのわりには疲れているように見えるけど…な」




仁王君は、私の頭を軽くポンと叩くと、
「もう帰るんじゃろ?気をつけて帰りんしゃい」と優しく笑った



仁王君のそんな笑い方を見たのは初めてだった



頭に置かれた仁王君の手が熱くて涙が出そうになる




「…うん……じゃあね」




振り絞るようにそれだけ言うと、
は頭に置かれた仁王の手を振り払うようにしてその場を走り去った








こんなんじゃだめだよ
あんな態度をとったら気持ちがバレちゃうじゃない


同じ学校にいるんだし学年も一緒、逃げていても会う確率は高いんだし、
普通にしなくちゃいけないよね



大丈夫…私ならできるよ……きっと




はそう自分に言い聞かせていた










あの時、初めて仁王君を知ったときの自分に戻ろう






だって初恋は実らない…















BACK TOP NEXT