素材 Abundant Shine













早いものでバス通学に変えてから1ヶ月が過ぎようとしていた



苦手なバスの匂いや混雑もだいぶ慣れてきたような気がする



嫌でも仁王君と接点を持たないためにはこの方法しか思いつかなかったんだもん




慣れるしかないよね?










初 恋  9  =最終話=










ぐったり気分で登校してから一日を過ごし、帰りにはまた朝の気分が蘇って憂鬱になる
そんな重い足取りで下校する途中、駐輪場の方から自転車の倒れる音が響いてきた



まさしくあれは自転車がドミノ倒し状態になっている音だと直ぐに分かる



その時、ふと仁王君の顔が浮かんだ






私も同じ様に自転車を倒して…
初めて仁王君に会ったんだったよね




意地悪そうな笑みを浮かべて、助けてもくれなかった




そんなに前のことでもないのに、なんとなく懐かしい思いが過ぎって
の足は自然と駐輪場へと向かっていった






「あ…」




は自分の目を疑う



そこにいたのは紛れもなく仁王雅治で、倒れた自転車を直していたからだ



今の光景はあの時と逆のパターンになっていて、
必死で自転車を起こしている仁王君の姿が妙に可笑しくて
仁王君もあの時こんな風に思ったのかなと思ったりして…


私はあの時の仁王君と同じように、他人の自転車の荷台に腰掛けながら
その様子を眺めていた


独り言のようにブツブツと文句を言いながら行動する仁王君とあの日の自分を重ねる
まるで知らなかった仁王君の一面を知ったような気がして思わず笑ってしまう


そんな私の気配を感じたのか、彼は私の存在に気づきバツの悪そうな顔を向けた




「っ……」

「ふふっ、大変だね」

「そう思うなら手伝ってくれてもバチは当たらんじゃろ」

「手伝う?私が?…うーん…ヤダ」

「ケチな女じゃのぅ」

「は?仁王君には言われたくないよ」

「もしかして前のことを根に持っちょるんか?」

「まあね、仁王君もせいぜい思い知ったら?」

「冷たい女じゃ」




あれ?私、仁王君と普通に話している




どうして? 仁王君を想う事を諦めたから?



うぅん…違うよ
想いはそんなに簡単に捨てられないもの




そう…



きっと初恋は実らないって悟ったからだね




どうせ実らない恋なら、せめて友達ならと…
そんな思いがに冷静さを装わせていたのかもしれない






「それよりさ、こんな所で何しているの?仁王君が駐輪場に用があるとは思えないんだけど」

「お前さんを待っちょった」

「え?…もしかして私の自転車を期待してたりして?」




は「残念でした」とクスッと笑う
そんなの様子を見た仁王は戸惑いがちに頭をカリカリとかいた




「私はもう自転車通学はやめたから、ここに私の自転車はないよ」

「知っちょるよ」




仁王君はそう言うと、一台の自転車を引きずって私の目の前に持ってきた




「なに?」

「送っちゃるよ」

「送るって…いくらなんでも他人の自転車でなんて…」

「よく見んしゃい、名前が書いてあるじゃろ?」

「…名前?」




仁王君の指さす方を見ると、確かに『NIOU』とローマ字で書かれている



なぜ、何のためにここに仁王君の自転車があるのか
今度はが戸惑いの色を見せる




「なんで仁王君の自転車が…?」

「お前さんが自転車通学をやめたからな」

「はい?…それとどういう関係があるの?」

「お前さんはバス通学で疲れているんじゃろ?」

「そりゃそうだけど…」

「だから朝も帰りも送っちゃるよ」

「なんで?そんな事してもらう筋合いはないよ」

「筋合いはないけど権利は俺にある」

「訳分かんないんですけど…権利ってなに?」

「お前さんを送る権利じゃ」





ますます訳が分からない


仁王君はいったい何が言いたいんだろう…




不思議そうに見つめるに呆れ顔で笑う仁王は、
そっと深呼吸を一つするとの頭を軽くポンと叩いた



そして、「お前さんの質問に答えようと思ってな」と言葉を口にしたが
当のには何のことだ皆目見当もつかなかった




「質問なんてしたっけ?」

「お前さん、何で自分を誘うのかと聞いた事があったじゃろ?」

「???」

「忘れたんか?」

「…えーと…えーと………あっ…」

「思い出したみたいじゃな」




そう言えば…確かに聞いた


『惚れるな』と言ったくせに私にかまってくる仁王君の気持ちが分からなくて…



でも、あの時答えるのを躊躇っていたよね?
私も聞いたくせに答えを聞くのが怖くて、後で後悔したっけ






「あの時は俺にも分からんかったけど、今なら答えられる気がするんよ」

「……」

「照れるから一度しか言わんよ」

「え!?」




照れるからって…


仁王君の辞書に『照れる』なんて言葉があるのだろうかと、彼の言葉に私は耳を疑った



だが、その言葉は嘘ではないという事がすぐに分かった
いつもの自信ありげな顔がそこにはなかったから…






「…どうやら俺はお前さんに惚れたみたいじゃ」








ドキッとした




頭の中が真っ白になった




周りの雑音も聴こえないほどに、仁王君の声だけが浸透してくる




体が石のように硬くなって身動き一つとれない
声を発することもできず、動くことさえできない状態で私はただ突っ立っているだけだった






「おい…聞こえちょるか?」






うん、多分聞こえている……でも、声がでないよ
喉の奥がカラカラと乾いて、熱くなって……




ヤダ…涙が出てきそう……











仁王君のコロンがフワッと香ってきて、唇にほんのり冷たいものが感じられ
頭の中でパチンと風船が割れるような音がした






その時、私は初めて仁王君にキスをされていることを知った















離れた唇から洩れる言葉は『…俺はお前さんが好きみたいじゃ』だった








初めて下の名前で呼ばれること、そして仁王君の告白…




もしかしたら二度と聞けないのではと思うほどの言葉を
私は忘れないようにと胸に刻み込まなくちゃなんて、
心臓は壊れてしまいそうなほどドキドキしているのに仁王君の腕の中でそんな心配をしていた















「俺に惚れるなって言ったくせに…」




やっと出た言葉は憎まれ口
そんな私を抱きしめながらフッと小さく笑う




そして、「惚れられるより惚れた方がいいと思ったからな」と彼特有の笑みを浮かべた








「バカじゃないの」

「確かにな」

「納得してるんだ?」

「じゃけど、お前もそんな俺に惚れたじゃろ?」






そうだよ、惚れちゃったよ



意地悪で、自信過剰で……でも…優しくて…






でもそれを言葉にして伝えるのが恥ずかしくて、「少しだけね」なんて
強がって言ってはみたものの、「嘘ついたらいかんぜよ」って頭をくしゃくしゃにされたら
私の強がりなんて彼には通用しないんだって、ちょっと悔しいけど思い知らされちゃう















久しぶりに自転車の後ろに乗って、仁王君の腰に手を絡めて…
今は私の想いがその背中を通して伝わってくれることを祈っている








もう遠慮しなくていい?
私を送り迎えすることが仁王君の権利だって言ったよね?




それじゃ私はこの自転車の後ろに乗って、
仁王君の背中を独り占めする権利をもらっていい?















初恋は実らないって聞いていたけど、実る初恋もあるんだって知ったよ




これが私の初恋なんて言ったら、きっと仁王君は意地悪っぽく笑うんだろうね
だからそれだけは絶対言わないから












ねぇ、その背中に私の想いが伝わっている?
















BACK TOP


ー後記ー

このお話のテーマは『自転車』
某高校の駐輪場を見て思いついた話です。
好きな彼と自転車の二人乗りなんて…
どうせ遠い過去の出来事です。(笑)
‘07/02/26/管理人