素材 Abundant Shine 様
なんで? どうしてここに仁王君がいるの? ついさっき仁王君のことはもう考えないって決めたばかりなのに… 私はどんな顔をして接すればいいの? 「もう帰るんじゃろ?送っちゃるよ」 「なんで?」 「俺が疲れたから」 「はい?意味が分からないんですけど…」 「ここにお前さんの自転車があったきに」 「送ってくれるのではなくて私が送るんですか?」 「当然じゃろ」 まったくもって仁王君の気持ちが分からない 無神経にもほどがあるんじゃない? この人の神経は並みの人間じゃ理解不能なのかもしれない 初 恋 6 まさか信じられないよ 店を出たらそこに仁王君がいるなんて… 唖然としている私の後ろで遥がクスクス笑っていて 「ちょうどいいじゃない、送ってもらえば?」と後押しをする ちょっと待ってよ 仁王君は私にはレベルが高いからやめとけって言わなかったっけ? もしかして仁王君は本当に面白がっていて、私の反応を楽しみたいだけなの? もしそう思っているなら、なんとなくこのままでいるのは悔しい 「分かった、じゃあ送ってよ」 は努めて明るく振舞った 自転車の後ろに乗りながら、いつもなら遠慮がちに制服に掴まっていたけれど 大胆にもわざと仁王君の腰に腕を回してみたりもしてみた でもやっぱり心臓はドキドキして、平気なフリを装っても 家に着くまでに心臓が止まってしまうのではないかと思った 「今日は大胆じゃのう」 「まぁね…仁王君はこういうの嫌い?」 「いや…結構好きじゃったりするぜよ」 別に私のことを『好き』と言った訳じゃないのに、その言葉に反応している 思わず自分も『好き』なんて心の中で呟いてみたりして… そんな自分が滑稽に思えてきて苦笑してしまう 今思えば、仁王君への思いは捨てる、今日が最後だと決めたからなのか 思っているより大胆なフリができたのかもしれない 「カラオケは楽しかったか?」 「うん、今度仁王君も一緒に行く?」 「そうじゃのぅ…考えとく」 「ふぅん、何か渋ってない?」 「そんな事ないぜよ」 「あ、もしかして歌に自信がないとか?」 「お前さんのよりはマシじゃ」 「ふ〜んだ、私の歌を聴いた事ないくせに」 「聴かなくても分かるってもんぜよ」 「あら、私の美声を聴いたら酔っちゃうわよ」 「悪酔いしそうじゃな…ま、せっかくの誘いじゃから機会があったら行くとしよう」 「はいはい」 こんなのは互いの社交指令 今後機会もないし、仁王君とカラオケに行くことなどない だからこんな約束ができる ねぇ仁王君… 私で楽しむことができた? 私の反応は面白かった? 私はね、少し強引で人の気持ちなんかお構いなしの仁王君に むかっ腹も立った事もあったけどそれなりに楽しかったよ だって仁王君は私に『好きになる』って事を教えてくれたから 私にもこんな気持ちがあるんだって気づかせてくれたから… でもね その思いも今日で終わり 私には思いを伝える勇気がないから… 好きになる前から惚れるなと釘を刺されているから 当たって砕けることもできないよ それにさ 古今東西、昔から初恋は実らないって言うらしいしね 笑っちゃうかもしれないけど、私にとっては初恋だったんだ いつもは長いと思っていた家までの距離 今日はずっと短く感じた 「送ってくれてありがとう」 「かまわんよ」 交わす言葉はたったそれだけ… 遠くなっていく仁王君の背中を見送りながら 私は不思議とすっきりした気分だった もう自転車通学はしない… BACK TOP NEXT |