素材 Abundant Shine 様
朝の廊下 すれ違いざまに他の女の子と挨拶をするその声に… 昼休み 友達と笑い合うその姿に… 放課後のテニスコート プレイするその額の光る汗に… ドキドキする これは恋? これが恋? 初 恋 4 男の子を好きになるのは初めてじゃない 何度だって好きになったよ でも…こんな気持ちは知らない 少し胸が苦しくて…こんな感情は味わった事がない 「は臆病なだけだよ」 以前に友達から言われた言葉 女の子と遊んでいる方が気が楽なんて言っていたのは、私が臆病だから… 相手が男の子でも女の子でも、好きな人に本当の自分を見せるのが怖いから… 無理しても明るくしていれば嫌われる事はないなんて、そんな風に考えていた なんか矛盾している そのくせ、いつかは本当の自分を好きになってくれる人がいるなんて自分で誤魔化している ドラマや映画のような出来事なんて起こる訳がないなんて 自分からは何もしないくせに、勝手にそう思い込んでいる UFOキャッチャーで取ってくれた犬のヌイグルミ 不器用に笑って写っているプリクラ 宝物が一つ増えるごとに仁王君と会うことに戸惑いを感じていく あれから仁王君はちょくちょく私の目の前に姿を現す 仁王君は私に特別な感情を持っているわけではない そう判っていても彼の行動や言動は私を惑わす 仁王君は私に惚れるなと前置きをした それって最初から拒絶されているって事だよね? だったら…好きにならない なるべく仁王君とは顔を合わせないようにしよう そう思っているのに… なんで駐輪場がテニスコートの近くにあるのよ 「…今から帰るんか?」 「あ…う、うん」 「ん?どうした?元気がないぜよ」 「そんな事ないけど…」 「そうか?じゃったら、元気が出るようにお好み焼きを奢っちゃる」 「い、いいよ」 「遠慮しとるんか?お前さんらしくないぜよ」 「いい!私急いでるから…バイバイ」 私らしくないって…仁王君には私はいったいどううつっているというのよ でも今はそんな事を突っ込む余裕もない は仁王を振り払うように背中を向けるとペダルを強く踏み込んで走り出す どうして? なんで私を誘うの? 私の事なんてなんとも思ってないくせに… 惚れるなって言ったくせに… 私…バカだから期待しちゃうじゃない 私は何を考えているの? これって仁王君のこと好きだって言ってるようなもんじゃない やだ…こんな気持ちに気がつきたくなかったよ その時、目の前の信号が赤に変わり慌ててブレーキをかける すると、不意に荷台を掴まれ自転車が傾いた 「なに?」 何事かと振り返ると、そこには息を切らした仁王が立っている 「俺から逃げるとは10年早いぜよ」 仁王君は肩で息をしながらニッと笑う 「なんでよ、なんで私を誘うの?」 言ってから後悔した 一番聞いちゃいけないことを私は口にした 仁王君の返事を聞くのが怖い… 「なんでじゃろ?」 「は?」 「それ、今答えんといかんかのぅ?」 「あ…別に答えなくてもいいけど…」 「そりゃあ助かった」 自分の頭をガシッと掻いて、それから腕を組んで真剣に考えているなんて… 余計な気を回している私がなんだかマヌケに思えた 「…わし、走ってきて疲れた 学校まで送っちゃんしゃい」 「はい?」 「お前さんのために走ってきたんじゃ、それくらいしてくれてもバチは当たらんじゃろう?」 「私のためって…別に頼んでないし」 「なんちゅう冷たい女子なんじゃ、わしがどうなってもえぇっちゅうんじゃな?」 仁王君は突然、赤信号で止まっている人が沢山いる中でわざと声を張り上げる は、はずかしい… 「わ、わかったわよ…送ればいいんでしょ」 仁王君はしてやったりとニヤリと笑い、荷台に嬉しそうに跨った もしかして私って仁王君にいいように使われている? 結局、私は仁王君を学校まで送り そして、言われるままに彼を待ち…今、お好み焼き屋で向かい合って座っている 目の前で披露される器用なヘラ捌きに見惚れる私がそこにいて… いったい私は何をしているんだろうと深いため息が漏れる 「結構いけるじゃろ?」 「そうだね」 「遠慮せんでもっと食べんしゃい」 「はぁ…どうも」 仁王君を前に胸が苦しくて、お好み焼きなんて喉を通らないって思っていたのに 目の前にしたらパクパク箸を進める私って… 情けなくて涙も出やしない 真剣に悩んでいるのに、こんなにお好み焼きが美味しいなんて… 私はマジで恋ができない女なのではと、ふと思う 二人でお好み焼きをたらふく食べて、外に出ると陽はすっかり沈んでいた 「ごちそうさまでした」 が頭をペコリと下げると、仁王は「いい子 いい子」と笑いながら頭を撫でてきた 仁王君はどうして軽くそういう事ができるのだろう 好きな人に触れるのってそう簡単にはできないよね? すなわち、仁王君は私のことを特別に思っている訳ではないと言っている様なもの 判ってはいるけれど胸が少し痛い… 「どうした?」 「うぅん、なんでもないよ」 「そんじゃ送っちゃるよ」 「まだそんなに遅くないし一人で大丈夫だよ」 「人の好意は素直に聞きんしゃい」 仁王君は、そう言って私の自転車に跨ると荷台を指さした 自分の想いが伝わらない事を祈りながら、なるべく触れないように制服を掴んだ それでも、揺れる自転車の後ろから仁王君の背中を見ていたら涙が出そうになる このままずっと乗っていたいと思う気持ちと早く降りたいと思う気持ちが不安定に交錯する 家の前まで送ってくれると、「また明日な」と当たり前のように軽く手を振る 私はそれに頷くが、その言葉を素直に聞けない自分がそこにいるのを感じた 背中を向けて帰っていく仁王を見送りながらはポツリと呟く 「…好き」 勿論、その声は仁王に聞こえるはずもなく 小さくなっていく彼の背中がそれに応える事もなかった BACK TOP NEXT |