素材 Abundant Shine 様
なんて長いんだろう… これが恋人同士としての行動なら楽しくて時間さえ短く感じるのに 仁王君と自転車で走るこの距離は私には永遠に続くと思うほど長かった 男の子と自転車の二人乗りをするなんて初めての事 仁王君は私の彼でもないし、ましてや私だって彼女なんかじゃない それなのに…私はこんなにもドキドキしている 私 どうしちゃったんだろう… 仁王君が私を好きなんて事はないはず 私の反応を面白がっているだけだ…それは、いくら鈍感な私にも分かる は、その思いが仁王の背中を通して伝わらないようにと掴んでいる手を緩めた 初 恋 3 「着いたぜよ」 「え?…ここって…」 「ゲーセンやき」 「そんなの見れば分かるわよ」 家に送ってくれるんじゃなかったの? なんでゲームセンターなんかに寄らなくちゃいけないのよ 仁王君はむくれている私に「ほれ黙ってついて来んしゃい」と、軽く頭をコツンと叩く 「お前さんは真面目やき、こういう所は初めてじゃろ?」 「はい?」 仁王君には私がどれだけ真面目に映って見えているんだろう? 私だってゲーセンやカラオケくらい行くんですけどね もしかして、私って友達もいない寂しいヤツだと思われてたりするのかしら? 「なーに溜息ついとぉ?」 「…別に」 「ふぅん…したら、わしが奢っちゃる」と、仁王君は私に500円玉を握らせた ちょっと待て…私は小学生かよ しかも自分のこと『わし』とか言ってるし…さっきまで『俺』とか言ってなかったっけ? まぁどうでもいいけど…なんか保護者面して面白くない 奢るとか言って500円玉を握らせておいて、自分は一人で遊んでるし… 暫くすると奥の方に人だかりが出来ていて、少しばかり気になったので覗いてみると そこでは仁王君がダーツをしていた どうやら彼はダーツが上手いらしく、周りのギャラリーが騒いでいる 「ふぅん、どれどれ」 げっ、すごい!ど真ん中だよ 「……」 なんか悔しい… 勝手に人をここまで連れてきといてほっとかれてるし… それなのに自分は一人で楽しんでいるうえに喝采まで浴びて… むちゃくちゃ悔しいんですけど…あー、ムカムカする よーし! は、ダーツに夢中になっている仁王の頃合いを見て声をかける 「父ちゃ〜ん!一人じゃつまんなーい」 の突然の『父ちゃん』発言に仁王はダーツの的を思いっきり外し しかも、今までの喝采に代わって爆笑の渦になってしまった はザマーミロ!と、心の中でそう呟き知らん顔で別のゲーム機に向う すると、そんなに「やってくれるぜよ」と後ろからわざと仁王は抱きつく ぎ、ぎゃぁあああーーーっ!! 「い、いきなり何するのよっ!」 「仕返しじゃ」 それからの仁王君は意地悪そうに笑うと、わざと何度も身体を密着させる行為を続けた これ以上ここに一緒にいたら何をされるかたまったもんじゃない 「仁王君、私先に帰るから」 「まだ帰さんぜよ」 「なんでよっ」 「まだまだお前さんには勉強してもらわんとな」 そう言って、仁王はまた後ろから身体を密着させてくる 「何の勉強よっ!…って、いちいちくっつかないでよ」 「一人じゃつまらんのじゃろ?」 「そんな事ない!一人のが楽しい」 「おっ、もしかして照れてるん?かわいいのぅ」 コ、コイツ…やっぱり私の反応を楽しんでいるんだ 悔しいけど…分かっているけど…こういうタイプの男の子を対処できる術は私にはない 「もう邪魔はしないから仁王君は一人で遊んでよ」 「帰らんか?」 「帰らないから…私も一人で遊ぶから」 はこれ見よがしに大きく溜息をつくと、くるりと仁王に背中を向けた あーぁ…私ってば何やってるんだろ アイツに気兼ねなんてする必要ないのに… さっさとここから帰ればいいのにできないなんて… 私たちって他人から見たら『彼氏』と『彼女』に見られちゃったりしているんだろうか そんな事あり得ない… は一人苦笑すると、UFOキャッチャーの中のぬいぐるみに目を向けた あ、かわいい…どうせ暇だしやってみようかな お金は仁王君から500円もらったことだし… だが、現実はそう甘くないって気づく なんなのよ〜、全然取れないじゃない これじゃ、買ったほうが絶対安いんじゃないの? ゲーム機にまでバカにされてる?…そんな気分だよ やっぱり帰ろうかなぁ… その時、突然肩に手を置かれ一瞬ドキッとした 「ヘタクソじゃのぅ」 それは、仁王君にとって何気ない行為なのだろう でも、男の子にそんな事をされたのは初めてで、置かれた手のその部分に意識が集中する 「どれが欲しいんじゃ?わしが取っちゃるよ」 「え…あ、うん……あの犬の…」 「任せんしゃい」 仁王君は私の肩に手を乗せたまま片手で器用にキャッチャーのレバーを動かす そして、私が苦労しても取れなかった犬のぬいぐるみをあっさりと掴み取ってしまった 「ほれ」 「あ…ども……上手いね」 彼は当然とばかりに『ふふん』と鼻で笑い、私は途惑いを隠せない 私は仁王君の取ってくれたぬいぐるみに意識を集中させて今の気持ちを誤魔化した 多分、変わりつつある私の心を仁王君は分からないだろう 「そんじゃ、次はあれにするか?」と彼の指差す方を見ると… うぅ……プ…プリクラ…ですかぁ!? 「や、やだ」 「ほれほれ遠慮せんと」 いや…遠慮したい だが、仁王君は肩に置いていた手を私の手に移しぐいぐいと引っ張っていく そして、やっぱり手慣れた様子で操作していく 「ほぅれ、笑いんしゃい」 笑える訳ないじゃないと思いながらも引きつった笑顔を無理に作る 瞬間、仁王君の顔が近づいて頬と頬が触れた 「ひっ」 出来上がった写真… 小さなフレームの中に映る仁王君と、不自然な笑顔の私 私は仁王君に気づかれないように小さく溜息をつく 「変な顔」 「……」 「まぁまぁ、せっかくのデート記念やき…そんな顔しなさんな」 「はい?デート記念!?」 「お前さんはデートっちゅうのをした事がないじゃろ?」 「余計なお世話です」 「あはは…まぁまぁ」 自転車を借りたお礼だとかで、デートに縁のなさそうな私を不憫に思い誘ったらしい 素直に誘ってもついて来そうもなかったので、こういう手段を使ったのだと… それが本気なのか冗談なのかは分からないけど、少しショックを受けたのは事実 そうだよね? でも…こんな事を言われて、私はなんで悲しいんだろう 「帰るか?送るぜよ」 「……うん」 「…」 「え?」 「今日は楽しかったぜよ」 仁王君はそう言うと、三日月形に目を細めにっこり笑って私の頭を軽く撫でた 私は、仁王君のその笑顔を見た時に自分の気持ちに気づいてしまった 帰り道の自転車 は仁王の後ろで数時間前とは違う想いを感じながら、 躊躇いがちに服を掴んでいた 犬のぬいぐるみとプリクラ そして、仁王の笑顔がに残ったのだった BACK TOP NEXT |