素材:アトリエ夏夢色様
驚いた 久しぶりに丸井君と話ができた あの時から何となく気まずくなって、話せなくなっていた いつかは話す事ができればと いつもポケットに忍ばせていた丸井君の好きなグリーンアップル味のガム 私…自然に渡せたよね? ちゃんと話せたよね? それはキスから始まった 3 「丸井先輩…今日はずいぶんとご機嫌ッスね?」 「わははは、何を言っているんだい赤也クン…俺はいつだってご機嫌だろぃ?」 後輩の切原赤也に問われ、いつになくご機嫌のブン太は 普段は絶対に口にしないような名前を呼んだものだから、赤也は思わずギョッとする 「あ、あ、赤也…クン?……うぇ〜、キモイっす」 赤也に何と言われようと、と久しぶりに話せたことで舞い上がっていたブン太には 真田の叱咤でさえどこ吹く風 「何かいい事があったのかい?」 「へへっ、まあね」 ブン太はフフンと鼻歌交じりにガムを噛んではプーッと膨らますという行動を繰り返す そんな彼の様子を見ていたテニス部員は堪ったものではない いつもハイテンションのブン太だが、今日は更に盛り上がっていたからだ 「うるさい」 「気持ち悪い」 そんな声が届く中、幸村がジャッカルに「何か知っているかい?」と訊ねると 「多分…の事だと思うんだけどな」と苦笑した 「って…ジャッカルと同じクラスのかい?」 「あぁ…ブン太のヤツ、の事が好きみたいだぜ」 瞬間、みんなの目の色が変わった事にブン太は気づいていなかった 「いうたら…あの色っぽい子ぜよ…のぅ丸井」 ブン太の肩に腕を回しながら耳元でボソッと呟く仁王… え゛!?……コイツ…今…なんつった? 「いぇいぇ、笑顔の素敵な方ですよねぇ」 (柳生…なんでそれを?) 「ほぅ…丸井はが好きなんだな」 (柳…メモをとるなメモをっ!) 「うむ…は好感のもてる女子だな」 (真田まで…持たんでいいわぃっ!!) 「図書委員の人ッスよね?俺、優しくしてもらったッス」 (そりゃ社交辞令だろぃ、このボケがっ!) 「変だな…さんは俺の事が好きだと思っていたのだけど…」 (幸村…マジかよっ!) 案の定、みんなに知れ渡ると碌なもんじゃねぇ… だが、やっぱりと話せた事でブン太の頬は、そんな事ものともせず緩みっぱなし 「んで、とはどこまでいっちょるん?」 「そ、それは…」 仁王のヤツ…なんつー事をと思ったが、 ここで何にもないと答えたら…実際なんもねぇんだけどさ… 絶対みんな余計な事するに決まってる 俺は、よせばいいのに見栄を張ってしまったぜ 「どこまでって…そんなのキスくらいは済んでるに決まってるだろぃ」 あれは事故で、キスじゃねぇかもしんないけど… でも…嘘ではないよな? 俺のキス発言に、ハ行で感心していた連中は途端にア行の驚きの声に変わっていった 「えっ!?マジっすか?羨ましいッスよ〜」 「へへっ、だろぃ?」 「丸井…お前というやつは……破廉恥極まりないっ!」 「ふふん、とか言っちゃって、羨ましそうな顔してんじゃん」 「な、な、なんだとっ!」 「まぁまぁ…それじゃブン太とは両思いってことだね?」 「え!?…あはは……ま、まあね」 「そりゃあそうだよね、キスしたのに片思いって事はないよね?」 チラッとブン太を見る幸村の瞳 うぅ…やべぇ 「あ、あったりまえじゃん」 幸村がいろいろ言ってくるとマジやばい いつまでもこんな話題でいるとボロが出そうだしな 「さぁ、いつまでもくだらねぇ話してねぇで練習しようぜぃ」 ちょっとわざとらしいと思ったけど、真田が同意してくれたから助かったぜ だけど、その後の幸村が怖かった 「ブン太…キスは両思いになってからした方がいいよ」 「うっ…」 「フフフ、みんなには内緒にしてあげるから……判っているね?」 「……」 出たッ…幸村の口癖… 幸村の『判っているね』は、俺たちテニス部にとっては恐怖の言葉だ これってさ…、実現させろって事なんだぜ 「出来なかったら、俺が…ふふっ…判っているね?」 「お、おぅ…ま、任せろぃ」 こうしちゃいられないぜ こうなったら一日でも早く告って、そんで……へへっ 「判りやすいヤツ」 そんな事をあいつらが言ってたなんて事はまったく知らなかったけど、 どうやら俺はひとり想像の中ニヤけていたようだ 翌日から俺はどうやって機会を作ろうかとそればかりを考えていた しかし、困ったことには中々独りにはなってくれない 時間だけが無上にも過ぎ去っていく こんなの俺じゃない…俺らしくねぇじゃん 当たって砕けろ精神でいくしかねぇだろ?…砕けたくはないけどな 思い切って意を決して自分に「よし」と気合を入れて、俺はのいる教室へ向かう 「げっ…あいつら何やって…」 嫌な予感がした テニス部の連中に取り囲まれているを見て俺はそう思った おい幸村、なんでの頬をつついているんだよ!? 仁王、アイツの頭を気安く撫でてるんじゃねぇ! 柳…お前 今 アイツのデータを取っているだろぃ? 柳生!お前、紳士のフリしてるけど、眼鏡の奥の目が厭らしいんだよっ! 真田…照れてんじゃねぇ…その顔はお前には似合わないだろぃ ジャッカル、てめぇ…咆えてんじゃねぇよ っていうか…赤也、お前は1年だろぃ 2年の教室に来てんじゃねぇ!! アイツら…いったいどういうつもりなんだ? 俺がの事好きだって知ってるよな? 幸村…みんなには内緒にするって言ってなかったかよ? ありゃ、絶対喋り捲った顔だぜ… にしても…なんでまであんなに愉しそうに話してるんだよ ブン太は次第にに対して苛立ちを感じていた 「!」 気付くと俺はアイツの名前を呼んでいた けっこう大きな声で呼んだんだろう アイツらだけじゃなくて教室にいた他の奴らも一斉に振り向いたくらいだから… 「ま、丸井君!?」 俺が呼ぶなんて事は微塵にも思わなかったんだろうなぁ の顔から笑みが消えて、ただ『ビックリ』という文字が顔に書いてあるみたいだ 「お前…何してるんだよ」 「何って…?」 何を言ってるんだ俺は… そんな言い方すれば返ってくる言葉は決まっているってもんだろ? 案の定、は「話をしているだけだよ」と答えてくれたわけだ 「ちょっと来いよ」 「えっ!?」 「話があんだよ」 「…わ、私に!?」 その場を直ぐに動こうとしないに俺は少しじれったさを感じて…アイツの腕を掴む 「ブン太…乱暴はダメだよ」 を庇う様に幸村が俺に言う すると、アイツらもその言葉に先導されるように言葉を繋いでいく 「そうですね、紳士的な行為ではありませんね」 (俺はどうせ紳士じゃねぇよ) 「まったくだ…武士の風上にもおけん!」 (俺は武士じゃねぇっつーんだよっ!) 「女の子には優しくしないといかんぜよ」 (お前みたいにできるかよ) 「丸井の新しいデータが取れそうだな」 (データはもういいっつーの) 「攻めはサンバのリズムだぜブン太…」 (アホかっ!俺はブラジル人じゃねぇ!) 「丸井先輩、顔が赤いッスよ」 (ウルセー、早く教室に帰りやがれ) そうだよ、赤也の言う通りだよ 今、顔が赤いって自分でも判ってるさ…これだけ顔が熱くなってるしな… だけど、の腕を掴んじまった もう後には引けねぇだろぃ? 「ま、丸井…くん…」 俺はもう一度言ったんだ…「来いよ」ってな すると、アイツは小さい声で「うん」って頷いてくれた 「大丈夫だよさん、ブン太はこれでも優しいからね」 幸村がまるで俺たちの背中を押すように言葉を添えると、 は安心した様に微笑んだんだ ちぇっ、なんで幸村にそんな笑顔を見せるんだよ 幸村も幸村だぜ…これでも優しいなんてよ これが幸村の優しさだって事は判ってるけど…ちっと納得いかないぜぃ 俺は、まるでみんなに見送られるようにの腕を掴んだまま教室を出たんだ 途中廊下ですれ違う奴らに冷やかされながらな… 「やっぱ少し恥ずかしいから走るぜ」 「え!?」 の腕を掴んでいた手を掌まで滑らせると、俺はそのまま繋いで走り出したんだ 後ろから聞こえてくるアイツの息遣いにドキドキしながら… BACK TOP NEXT |