素材:アトリエ夏夢色













なんかさ、と手を繋いで走っているってだけで少しはドキドキしてる
この丸井ブン太様がだぜ?



信じられない光景だよなぁ



でもよ、このドキドキは嬉しい恥ずかしいだけのもんじゃねぇんだよ
本当はちょっとムカツキも入ってる


暫く見ていなかった…っていうか、俺には見せてくれなかった笑顔を
あいつ等の前で惜しげもなく見せているのが癪にさわったのかもしんねぇ



は、あの時のキスを絶対忘れてる…



俺はそう思ってたんだ










それはキスから始まった 4










あいつ等と楽しそうに喋っているを無理矢理引っ張ってきちまったけど
正直、この後の事は考えていなかった


先読みの天才と言われるこの俺がだ






俺に手を引っ張られ、後ろで息を切らす



あぁ…そうだった
コイツってめちゃくちゃ運動音痴だったんだよなぁ




で、結局…視界に入ってきた図書室に飛び込んだっていう訳だ




まぁ…ここは思い出の場所ってやつ?


げっ…俺ってばなんつー乙女っぽい事を考えているんだか
自分でも気持ち悪ぃって思いながらも、無意識でここに連れて来るなんてな…



俺ってやっぱり先読みの天才だろぃ!?




なんてふざけている場合じゃなくて、連れ込んだのはいいけど
図書室には、まだ疎らに人が残っていて…


結局、隠れるように本棚の陰にしゃがみ込んだ



は『あっ』と短い言葉を口にしたきり
俺と向かい合わせにしゃがみ込むと、顔を隠すように俯いている






この後どうすりゃいい?

は俯いたまま乱れた息を整えようとハァハァ言ってるし、
どうみても直ぐ喋れる状態じゃねぇよな




俯いているを見ながら、俺はふっと本棚の上を見る




「まさか本は落ちてこねぇよな…?」




ぽつりと呟くブン太の声がの耳に届いたのか彼女の小さな笑い声がブン太の耳に届く




「あ、何を笑ってるんだよ」

「わ、笑ってない…よ」

「いや、笑ったね」

「笑ってない」




『笑った』『笑っていない』を俺たちは暫く言い合って、気づきゃいつの間にか二人とも笑っている




なんだ…簡単なんじゃん

俺が一人で空回りしてただけなのかよ
笑うのって案外難しいもんだと思ってたのによぉ






「あの時は丸井君が急に変な事言うから…」

「だからって、あんな分厚い本を落とさねぇだろフツー」

「だから…あれは…」

「おまけにお前まで落ちてくるし…それに…」




俺が事故チューの事を言いかけようとした時、
はまるでそれを止めるように「あれは事故だから…」と、ぽつりと言った




「事故ねぇ…」






そりゃ事故には違いないんだけどさ
そうあからさまに否定されると、今までずっと気にしてた俺がバカみてぇじゃん



何か釈然としない気持ちでいると、はいきなり「ごめんなさい」と頭を下げた




「は?何を謝ってる訳?」

「だって…丸井君…怒ってるでしょ?」

「へ?」




俺は、の言葉を聞いているうちに可笑しくなった
コイツはあの事を忘れていたんじゃなかったんだ


あの事故チュー以来、気にしていたのは俺だけではなかった
ただ、それには激しい誤解があったみてぇだけどな




はあの日以来、俺が彼女を避けていたことが『怒っている』と感じてしまっていた
たとえ事故とはいえキスしてしまったことに…


仲良くなって、話もできるようになったのにそれさえも自分で壊してしまった
ずっとちゃんと謝ろうと思っていたが、どうやって謝っていいか判らず悩んでいた…らしい






「なんかさ…すげぇ誤解が入ってるみてぇだな」

「誤解?」

「そっ、俺 別に怒ってねぇし…どっちかっつーと喜んで…あ、いや…なんでもねぇ」

「え!?…でも……丸井君…ずっと避けてたし…」

「あれは避けてたんじゃなくて……照れてたっつーか…あはは」

「じゃあ…怒ってない?」

「怒ってねぇって」




はホッとしたように胸を撫で下ろすようにふぅっと軽く息を吐いて
「よかった」と小さく笑った






「また…友達になってくれる?」

「おぅ!…って…と、友達かよ!?」




誤解も解けてこれでぜんぶOKと思ってたのによぉ…今度は友達かよ



コイツには友達以上の感情はねぇのか?
仲良くして話が出来ればそれで満足だとでも?



ダメじゃん これじゃちっとも進歩がねぇじゃん




ここはひとつ、丸井ブン太 男になるしかねぇじゃん?






…わりぃけど…俺さ、お前と友達になる気はない」

「あ…そう…だよね……ちょっと図々しかったよね」






あれ?


なんだよ?


なんでそんなに寂しそうな顔で笑うんだよ



フツーさ 理由くらい聞かねぇか?






「おぃ…理由聞かない…の?フツー聞くだろ?」

「……」




あぁそうだよ…コイツはそういうヤツだったよな
いつも理由を聞かないで自分の中で昇華させちゃうんだよな


っつーか、もしかして俺の言葉が足りなくて誤解させちまってるのか?




じゃあ、なんて言えばいい?




俺の気持ちを伝えるには…?








…ちょっと目を瞑ってくれよ」

「え?」

「いいから 黙って瞑れって!」

「…う、うん」






うわっ、自分で言っといてなんだけど
こう素直に目の前で無防備に目を瞑られると…ドキドキするじゃん






睫毛…長いなぁ


その唇に 俺 触れた事あるんだよな…




なぁ…キスしてもいいか?




今度は理由を聞いてくれよな



そうしたらちゃんと言うからさ






お前が好きだって…










なんだ…簡単な事じゃん
好きだから好きだって伝えればいいだけじゃん




好きだぜ



ずっと俺の前で笑っててくれよな













これは事故なんかじゃない



正真正銘本当のキスっていうやつだぜぃ




なんてさ、思い切ってしちゃったものの結構恥ずかしいもんだぜ
まともにコイツの顔が見れないし、見られるのも照れくさい




俺は、お互いの顔が見えない様にの顔を胸に押しつけて抱きしめたんだ






「…ま…丸井くん…?」

「伝わったかよ」

「え?」

「…俺の気持ち」

「……う、うん」




消え入るような声で頷くと、は俺の腕の中で声を殺して泣いているみたいだった




「げっ、泣いてるのかよ」




あ、しまった…顔を見ちゃったぜ



俺…今きっと情けねぇ顔してるんじゃねぇ?






「何で泣くんだよ」

「…うん……嬉しくても涙が出るんだって……今知ったの」




ふぅん…なんて思いながらも絶対俺の顔ニヤけてるな
それは自信があるぜ






「やっとこれを渡せるぜ」

「これって…?」

「あの時お前に借りたハンカチのお返し」

「捨てていいって言ったのに…」

「いいのいいの あれは俺が貰ったから」










「なぁ…もう一回キスしていいか?」





顔を見たらまたしたくなったなんてな






っていうか、これは俺たちの始まりのキスだから何度だってしたい
なんて言ったらお前はどんな顔をするんだろうなぁ




事故チューで始まったけどさ
あれは始まりじゃなくてただの序章だっただけ






俺たちは今 このキスから始まる










さぁ 始まりのキスをしようぜぃ















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