素材:Abundant Shine様
お前は俺が護る 政宗は私が何があっても元の世界へ戻す どれくらい眠っていたのだろう… 気がつくと私はいつの間にかベッドで眠っていた ここではない何処かで 8 「おっ、気がついたみてぇだな」 「いたたた…」 押し潰されそうになった重力の所為なのか身体中が痛む 陸上部で鍛えた筋力も意味がないほどだ 「どうやら骨には異常ないな」 「そんなにヤワじゃないから…いたた」 政宗はホッとしたように小さく息をつくと、「心配させるな」と頭をそっと撫でてくれる 頭を撫でられるなんて久しぶりと…その優しさに胸が詰まる 「政宗はどうして私があそこにいるって判ったの?」 「上田城の辺りに白い光の筋が見えた」 やっぱり政宗にもあれが見えたんだ 白い光の筋…白龍が空に昇って行くような光景 でもあれは… 「…雷…?」 「あ?」 「う、ううん…なんでもない」 ハッキリした事はまだ何も判らない 余計な事を言っては政宗を惑わすだけかもしれない… 口ごもるの前に政宗は顔を近づけると、軽く頭をコツンと叩く 「何でも一人で考えるな」 「だけど…まだ私にもハッキリしてなくて…」 「それでもいい…聞いてやるから」 「…うん」 政宗の言う通りだね この世界に私たちは二人しかいないんだ 互いに迷惑をかけないようにしようと思っていたけれど、それは違うんだ 二人しかいないからこそ、互いに頼らなければいけないんだ 「政宗…お腹空いたね」 「あ?……お前ってヤツは…」 「な、なによ」 「いや…色気がねぇな」 「あら、色気を出して欲しいの?」 「お前には無理だ」 「…ほっといて」 「HaHaHa…それじゃ、色気のないお前に俺が何か作ってやるぜ」 政宗は後ろ手に手を振りながら階下へと下りていった 何かを作るって…何をする気? が痛む体を引きずり、少しだけ不安を胸に階下へ下りていくと、 なんとそこには、文明の利器に格闘しながら腕まくりをして食事の支度をする政宗の姿があった 「な、何やってるの?」 「ん?なんだ下りてきたのか」 「あ、うん…じゃなくて…」 「見りゃあ判るだろーが、お前が腹空いたっていうから作ってる」 「えっ!?…ま、政宗が!?」 「ちっ、何を驚いてやがる 俺はこれでも料理は得意だ」 驚くでしょ…フツー驚くよ だって…アンタ伊達政宗……だったよね? 仙台藩主…奥州筆頭って掲げてるんだから一応殿様でしょーが それが…何故そんなに楽しそうに料理してんのよ 「おい…何を鳩が豆鉄砲を食らっているような顔をしてやがるんだ?」 「あ…いや…政宗が料理をするなんて…なんか摩訶不思議というか…」 「フン、元来料理っていうのはな、旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理してもてなす事だぜ」 「おぉ!さすが奥州筆頭!」 「HaHa!いいからお前は大人しくそこに座って待ってな」 菜箸でピッと指し示すその姿が、カッコイイのか滑稽なのか… はクスクス笑いながら政宗の料理する姿を頬杖つきながら眺めていた おそらく二度とないこの瞬間、 元の世界に戻る事ができたらこんな時間の記憶も消えてしまうかもしれない それなら、今この時をこの瞳に焼きつけておきたい 「いつもそんな事してるの?」 「あー?…時々な 小十郎がうるせぇからな」 「小十郎って片倉小十郎のこと?」 「お前、小十郎を知ってるのか?」 「名前くらいは…」 政宗は耳元で内緒話をするように「小十郎もチンケな爺さんか?」とに訊ねる 「さ、さあ…?」 「俺がチンケな爺さんなら小十郎はきっとよぼよぼの爺さんだな」 子供のような顔でひとりブツブツ呟く 政宗はよっぽど『チンケな爺さん』が面白くなかったのだろう… 「なぁ…俺は天下を盗ったのか?」 「え?」 「お前は400年後の世界の人間なんだろ?」 「政宗は知りたいの?」 「あ…そういうつもりはねぇが…」 「政宗はね、やりたい事をやってればいいんだよ」 「そうだな…お前に未来を見せねぇとな」 「うん、期待してるから」 政宗が本気で自分がどうなるかなんて事を未来人の私に訊ねるとは到底思えない 例え自分の未来がどんな事になっていても、彼なら「未来は自分でつくるもんだ」とか言うだろう きっとこれは私に対する彼のさり気ない優しさなんだろう こんな時にも優しさを見せられる政宗はきっと強い人なんだと思う 「…頼みがある」 「なに?」 「卵焼きを作ってくれ」 「は?そこまで作っておいて卵焼きは私が作るの?」 「お前のが食いたい」 「……」 まいったよ政宗…アンタ上手すぎだよ 女の子を喜ばせる事をちゃんと知ってるんだもんね 現代に政宗みたいな人がいたらきっと私好きになってるよ っていうか…私…政宗が好きだよ この想いは伝える事はできないけれど、そう思えることが今は嬉しい 政宗とふたり向かい合って、それが当たり前のように… 彼の作った手料理と私の作った卵焼きがテーブルに並んで、それを食べながら語り合う 不思議な光景と不思議な気持ち… もしかしたら最後になるかもしれないこの時を、私たちは時間をかけて楽しんだ 「本当にお前は美味そうに食うな」 「はいはい、色気より食い気ですからね」 「Han、そうは言ってねぇだろ…美味そうに食うのは悪い事じゃねぇ」 「だって美味しいし…政宗がこんなに上手だとは思わなかった」 「ん?惚れたか?Ah-n」 「あはは…まだまだ」 「ちっ、よく言うぜ」 「なんか言った?」 「いーや、なんも言ってねぇよ」 こんな楽しい時間は二度と味わえないんだろうなぁ こんな時間がずっと続けばいい このまま戻れなくてもいい そう思う自分が少し嬉しくて…少し哀しい そして… 私たちの最後の晩餐は暗い部屋の中とは思えないほど 明るく日常な食卓のように感じられた それはひと時の安らげる時間だった BACK TOP NEXT |