素材:Abundant Shine様
まるで恐怖映画のスクリーンの中に飛び込んでしまったようだ はその時そう思った 何処までも続く道を私たちはどれくらい歩いたのだろう 生温かい風に錆びた鉄の匂いが漂う これは血の匂い? 暗闇の中、うっすらと白い霧がかかりだして 真っ直ぐ見つめる政宗の視線の先に城が映し出された ここではない何処かで 5 「え?何これ…」 城を目の当たりにした瞬間、体が沈む感覚に捉われた ちょうどエレベーターに乗って階下に行く時の感覚… 不思議な感覚だ ここは現代から戦国の世へと続くボーダーライン? は直感的にそう感じたのだった 二つの時代の風が入り混じって異様な雰囲気である 私たちは確実に得体の知れない空間にいると理解できる どちらの時代にも行けず彷徨っている魂のようだ 気がつくといつしか繋がれていた手は解けて 政宗は一人その城を目指してゆっくりと進んでいく その背中は、人を寄せ付けない『殺気』というオーラに包まれていて は声をかけることも出来なかった ここでどれくらいの人が死んだのだろう 血の匂いが漂う 政宗の腰に差された刀… すっかり忘れていたけど、あの刀で人を斬った事があるのだと 私の知らない伊達政宗の素を思い知る 「政宗…」 はゆっくりと政宗の後を追いながら一つの事を考えていた 天守は霧がかかってよく見えないが、 目の前に広がるこの城が紛れもなく上田城なら、政宗は戻る事が出来るかもしれない が近づいていくと、ある場所で政宗は刀を握り佇んでいた 一点を見つめ、刀を握るその手には力が込められているのが判る 背中に担う気迫は、先刻までの『殺気』ではなく『無念』に似たものを感じた 政宗の身体と刀から蒼い光が放たれて、 現在にも伝わる蒼い竜の異名を今更ながら知る 「……政宗」 今、目の前にいるのは私に力をくれた政宗じゃない 戦国の世を生き、歴史の中で私の知る伊達政宗だ もし…政宗がここから来たのだとすれば…… 私はここにはいられない 「っ」 踵を返し、今来た道を戻ろうとした時、自分の知っている政宗の声が響く 「何処に行くんだ?」 「……」 「こっちに来いよ」 「…うん」 その場に胡坐をかいて座り込んでいる政宗の傍に駆け寄ると 政宗は直ぐにを引き寄せ抱きしめる 「少しこのままでいさせてくれ」 「うん」 微かに震えている政宗の身体 それは恐怖ではなく、押し殺した感情を抑え込む震えなんだと気づく 「ここは上田城なの?」 「そうだ」 「間違いはない?」 「間違える訳ねぇだろ 俺はここにいたんだぜ Han」 政宗がそう言うんだからここは政宗のいた上田城なんだろう 漂う血の匂いが現代のものではない事を示している ここが政宗のいた世界なんだ 初めて見る私の知らない戦国の世界 さっきまで偽りとはいえ私の世界にいたのに… ここは戦国と現代の狭間…異空間に私たちはいるのだと 忘れたいと願う僅かな望みも全て現実に引き戻される 「……俺はここで…この場所で真田幸村と剣を交えていた」 語る政宗の口調は、私の知っている不敵な物の言い方ではなくどこか辛そうに聞こえた 「真田幸村ってどんな人?」 こうやって訊く事がこの場にはそぐわないと思いながらも 政宗が私にしてくれたように空気を変えてあげたいと思った 「フッ……そうだな…熱い男だ」 「ふふふ」 「なんだ?真田幸村もお前の世界ではチンケな爺さんなのか?」 「ずいぶんとそれに拘ってるのね」 「あたりめぇだ」 「あはは…でもさ、政宗と同じなんだね」 「あ?」 「その真田幸村って熱い人なんでしょ?政宗と同じだね」 「俺は熱いか?」 「うん!」 政宗は少し嬉しそうに笑う 真田幸村という人物は政宗にとって、ある意味かけがえのない人物なのだろう 歴史上にも記されていない事実を政宗は教えてくれている 「で、どっちが強いの?」 「決まってるだろ?」 「真田幸村?」 「Shit! 伊達政宗に決まってるだろーが」 「真田幸村も自分の方が強いって思ってるよ、きっと…」 苦笑いをしながら頭をくしゃくしゃと撫でられ、そんなひと時に安らぎを感じる わざと茶化して笑って無理に今の気持ちを誤魔化す 互いにそれは判っていても言葉にはしない 抱きしめられているその手から心が伝わる気がするから… 「戻るか?」 「え?…どこに?」 「お前の家だ」 は首を横に振る あそこは私の家であってそうではない どうしてもあそこへ戻らなければいけないのなら戻るのは私だけ… 「政宗はここにいた方がいいよ」 「お前はどうするんだ?」 「私は一人であの家に戻る」 「怖くねぇか?」 「怖くないよ…だからここでお別れだよ」 「なんでそうなる」 「政宗はここの住人だから…」 この上田城にいればきっと戻れるような気がする それは今日か明日かは判らないけれど、 私たちが一緒にいたら戻れなくなる はそんな予感がしていた 「…、戻る時は一緒だ」 「何を言ってるの?私たちは帰る場所が違うんだよ」 「Hun…そんな顔をするな 俺がお前を元の世界に帰してやるよ」 「どうやって?」 「あ、あぁ…まぁそれは今は判らねぇが…」 そうやって政宗は私にまた力をくれる 「ふふっ…じゃあ、私が政宗を元の世界に戻してあげるね」 「〜♪…言うじゃねぇか で、どうやるんだ?」 「うぅ…それはまだ……でも…何があっても… たとえ私がどうなっても政宗だけは戻してあげるから!」 「バカかお前は…お前がどうにかなったら戻っても意味がないだろーが」 「あ……ははっ…まぁそれくらい強い意志を持っているってことで…」 本当だよ 何があっても戻してあげるよ もし私が消えてしまっても歴史には何の支障もないけど 政宗が消えてしまったら過去も未来も歴史が変わっちゃうんだからね だから…私が政宗を護る! 「お前は強ぇな」 そう耳元で囁いて、政宗のくれた3度目のキスは長く熱いものだった 「どうした?」 「政宗ってさぁ…結構女の子を泣かしてたりするんじゃない?」 「なんだいきなり……まぁそれなりだな」 「ふふふ、やっぱりね」 「お前はどうなんだ?」 「うっ……ま、まぁ…それなり…かな?」 笑いながらジョーク飛ばして… 本当は今にも泣き出してしまいそうなくらいなのに… でもね、私は泣かないから 最後の日までずっと笑っているよ 政宗には強い私を憶えていて欲しいから… BACK TOP NEXT |