素材:Abundant Shine













月は何を語る?


何処までも続く暗い空と妖しく輝く月は二人の世界を繋ぐものではない



今、二人を繋いでいるのは 互いに寄り添う体温だけ…










ここではない何処かで 4










ここは私の住む世界でもない

政宗に寄りかかり、彼の体温を感じながらは現実に目を向けなければならなかった




ずっと政宗が過去からトリップしてきたと思っていたが、それは私も同じ…


ここが過去の場所なのか未来なのか…
判っているのは、ここは私の世界でも政宗の世界でもないということだけ






「ここはお前の住む世界じゃないっていうのか?」

「うん…他に人がいないのも変だし…それに…」

「夜が明けねぇっていうのも変だな」






に一つの考えが浮かぶ



私もトリップしてきたというのに、何故ここは私の世界なんだろう
もし、ここが過去でも未来でもなく時間の狭間だったら…?


私たちはどちらの世界にも行けずに空間を彷徨っているのだとしたら?



こんな予感は当たらない方がいい



そうは思っていても続く闇はそう思わせるには十分だった






「政宗…私たちはここにいちゃダメだよ」

「そうは言ってもむやみに動けねぇだろ」

「それでもここにいちゃダメなんだよ」




政宗自身も肌で感じる予感に捉われていたが、
まさかそれがの予感と一致しているとは、この時はまだ知る由もなかった




「今直ぐにでもここを出よう…」

「気持ちは判るが焦っても仕方ねぇだろ Ah-n?」

「ダメ!今すぐよ」




は何をそんなに焦るんだ?急ぐ必要はねぇだろ
俺も気になる事はあるが、女のコイツを連れて行くとなればむやみな行動はとれねぇ




「わかった わかった とにかく落ち着け」

「落ち着いてるよ」




そう…気持ちは焦っている
でも、妙に頭の中はスッキリしていて自分でも可笑しくなってしまうほど冷静だ


自分でも気づかない何かがここに留まってはいけないことを示している




「調べたい事があるの」

「調べたい事?」

「確信はないけど…どうしても気になる事があって…」




の言葉に政宗の瞳の色が変わる



まさかも俺と同じ事を感じているのか?




「わかった…とりあえず今は少しでも寝ろ 夜が明けたらここを出るぞ」

「夜は明けないって」

「あ?…あぁ…そうだったな」




政宗はわざとそう言ったのかもしれない
交わす言葉に笑いながら、その笑いが最後のものにならない事を祈るだけだった




怖い?


ううん…怖くはない



それでも少しだけ背中を押してくれるその手が欲しい



は政宗の首に手を回すと、しがみつく様に抱きつく





「怖いのか?」

「怖くない…ただ…」




しがみつくの身体はさっきまでとは違って震えていない
伝わる鼓動に恐怖心は感じられない




「どうした?」

「政宗の勇気と力を少しだけ分けて…」

「Han、いくらでも分けてやるぜ」




政宗の力強い抱擁は勇気と力だけではなく、
私の欲しかった背中を押してくれる熱い手だった




「いたたた…苦しいよ政宗」

「HaHaHa これでも足りねぇんじゃないか?」

「いやいや…もう十分でございます」




音のない部屋に二人の笑い声が響き、ひと時の安らぎを得る




私たちの行く末を見つめる闇に浮かぶ月は何を思うのだろう
望みのない未来を笑っているのだろうか…



それでも今…この現実におかれている歴史を私は変えてみせる






眠りから覚めた私に政宗が訊く…




「本当にいいのか?ここには二度と戻って来られないかもしれねぇ」

「戻ってくるつもりはないわ」

「Hum…いい目だ、惚れちまいそうだぜ」

「あはは…惚れて 惚れて」




嘘でもいい…冗談でもいい…政宗の言葉は私に力をくれるから



ここを出たら何が起こるか判らない
政宗と語るのはこれが最後になるかもしれない


互いに元の世界に戻れるか…それとも何処かに飛ばされてしまうのか
それとも永遠にこの場所に閉じ込められてしまうのか…


それでも…何があっても最後まで笑っていたい



何も言わず触れた唇に私は未来を感じる事ができた










模型のような暗い街並みを、私たちは何も語らず歩き続ける




風に揺れる木々の葉音と息遣いと鼓動…そして、合わせたような足音
神経が研ぎ澄まされる感じだ


都会育ちの私には、その静寂が恐怖に思えるほどだ




都会の雑踏に疲れた者が求める癒しの空間
田舎暮らしもいいなぁ…そう笑っていた父親の顔が浮かぶ


こんな状況の中で余裕が感じられるなんて
これも政宗のお陰なのかなと一人苦笑する




「随分と余裕があるみてぇだな」

「お陰さまで」

「フッ……おぃ、足元に気をつけろよ」

「うん大丈夫 目も慣れてきたから」






不思議なものだ

明るい中で生活をしていた私がこんな暗闇の中でも対応できるなんて…
人間の身体ってよくできているものだ




「今度はなんだ?」

「政宗の瞳って猫みたいだなと思って…」

「チンケな爺さんの次は猫か?」

「あ、気にしてたんだ…」

「ちっ…」




政宗は暫くブツブツと独り言を言っているようだったけど
さり気なく繋いでくれる手に優しい温もりを感じた




…訊いていいか?」

「なに?」

「さっきお前が言っていた調べたい事っていうのは?」




まるでひと時の恋人同士のような語らいが現実に引き戻される


政宗の言葉に繋いだ手から緊張感が感じ取れる




「…う、うん……ちょっとね」





政宗にどう説明すればいいのだろう

果たして彼は私の解釈に理解してくれるだろうか…
できる事ならくだらないジョークだと笑い飛ばしてほしい


しかし、それは夢のような現実に他ならなかった








「上田城…か?」




の体が一瞬にしてピクンと固まる

その驚きの瞳は恐怖ではなく、一致した二人の思惑…




「政宗…?」

「上田城があるかもしれねぇな」

「どうして…?」




ううん…訊かなくても判る……ただ、それを口にしたくない




私たちが流れてきたのは何処の世界でもない
政宗の生きる戦国の世でも、私の生きる現代でもない



私たちが何故引き寄せられる様にここへ来たのかは判らない
でも、確実に上田城と私の住む街は繋がっている


そう考えるしかないのだ




「お前は上田城を探そうとしてたんだろ?」

「…うん」




トリップをしたというだけでも信じられない事なのに、更に信じ難い事が起こるなんて…








月夜の下、私たちは上田城を求めて歩き続けた






繋がれた手は解けることなくしっかりと結ばれたままに…















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