素材:Abundant Shine様
トリップ? そんな…映画や小説の世界じゃあるまいし… でも…目の前にいる伊達政宗 彼が嘘を言っているようには思えなかった 信じ難い事に彼は上田城で真田幸村と一騎打ちをしていたと言う 私と政宗の共通する行動は何もない 何かが原因で政宗が現代にトリップしてきた こんな突拍子もない摩訶不思議な出来事だが、そう考えるのが道理だった だが、実際は政宗が現代に来たのではないとも政宗もまだ気づいていなかった ここではない何処かで 2 「くしゅん」 ヤバイ…忘れていたけど、私雨に濡れたんだっけ? このままじゃ風邪引いちゃうよね 「オィ…濡れたままだと身体をこわすぜ 湯に当たってこい」 「判ってる…」 「怖いのか?何だったら一緒に入るか?」 「だ、誰がっ!」 「HaHaHa」 は笑われた事が癪にさわって、懐中電灯を手にして部屋を出た が、やはり階下は真っ暗で階段も光を当てなければ足元も見えない程だった 静まり返った家の中は、住み慣れた家であっても不気味さを醸し出していた 時折、骨組みの木材の軋む音が身体を強張らせた やっとの思いでキッチンへ入るとはハタと考えた 何故だか私の部屋だけは電気がついているけど、他の部屋は切れている それじゃ…水道は?ガスは? が水道の蛇口を捻ると、どうやら水は出るようだ 次にガスコンロのコックを捻るとこれも勢いよく火が点火されて安堵した 「これなら、とりあえず食事は何とかなるよね」 えっ、食事?……材料は? 電気が切れているということは…冷蔵庫はただの箱状態になっているって事…だよね? 今、目の前で現実離れしたことが起こっているというのに 私は何でこんなにも現実的な事を考えているのだろう そう思いながら冷蔵庫の扉を開けると、不思議なことに冷蔵庫は正常に動いていた どういうこと? 電気は切れているんじゃないの? もしかして、これは私が見ている夢なのだろうか だとすれば、私が望めばその通りになるってことよね? は僅かな希望を胸に電気のスイッチを入れてみたが、その望みは儚く消えた やっぱり夢じゃないの? 「オィ」 「ひっ……な、なんだ政宗か…驚かせないでよね」 「何やってんだお前は…」 「何って…いろいろ調べてるのよ」 「ふぅん…しかし、どうでもいいけど狭い家だな…ここに来るまでにあちこちぶつけちまったぜ」 アンタ…今の言葉、絶対世の中の父親たちを敵に回したわよ 城の当主のアンタには判らないだろうけど、 夢のマイホームを手に入れるためにどれだけ頑張っているか… なんて、私が熱く語ってもしょうがないのは判ってるけど… 「狭くて悪かったわね」と、ただそう言って溜息を吐くしかなかった 「それより、早く風呂に入れ…風邪引くぞ」 「う、うん」 政宗はフッと笑うと踵を返して2階に戻ろうとしたが、は慌ててそれを止めた 「ちょっと待って…」 「ん?どうした?」 は黙ったまま政宗の腕を掴み、手探りでダイニングのテーブルの所まで引っ張っていくと そこの椅子に政宗を座らせた 「なんだ?」 「あのさ…私が戻ってくるまでここにいてくれない?」 「怖いのか?」 「うっ…ま、まぁ…」 「ぷっ…くくっ…くくく…だったら一緒に入るか?」 「いや…それはさすがに…」 「jokeだ…だいたいお前みたいなガキの裸を見たって感じねぇよ」 「へ、へぇ…私の身体で感じられないなんて…それは残念ね」 「ほぅ、言うじゃねぇか…なら感じさせてもらおうか」 悔し紛れに口から出た言葉に政宗がニヤッと笑いながら椅子から立ち上がったので は慌ててそれを否定した 「きゃっ、嘘です!私はペチャパイでズンドーで幼児体型です」 ここまで自分を否定するのも悔しかったけど、 それに対して大きな声で吹き出すようにお腹を抱えて笑う政宗が憎たらしいと思ったのも事実 でも…こんな在り得もしないような事実の中でこんなに大きな声で笑えるのは 政宗がいてくれたからもしれないと思ったのも事実だった 政宗は子供にそうするように、 「早く入って来い…ここで待っててやるから」と、の頭をそっと撫でた 何もかもが真っ暗で、は浴室の窓を少しだけ開けると湯船に浸かった さっきまでの雨が嘘のように止んで、窓から見える月明かりだけが唯一の灯りだった 街灯や街々の灯りがないと、こんなにも星や月は近くに見えるのだとは知った 「きれい…」 鮮やかに見えていた月や星がぼんやり見えると は自分の瞳に涙が溜まっている事に気づき慌てて湯を顔にかけた お父さんやお母さんはどうしたんだろう… 音一つない静寂さが尚いっそうに想いを募らせた 「お、上がったのか?」 「…うん」 「どうした?」 「……なんでもない」 「…泣いてるのか?」 「…泣いて……ないよ」 泣きたくない… そう思っているのに涙が止まらなくなって、ポタポタと雫が床に落ちていく 政宗は懸命に声を抑えて耐えているの頭をポンと軽く叩くように撫でると そのままの顔を自分の胸に押し付け、優しく抱きしめる は政宗に抱きつくでもなく、直立不動のまま強く両手の拳を握り締め 大声を出して子供のように泣いた そうして政宗はが泣き止むまでずっとそうしていてくれたのだった 「…ごめん…へへへ」 「すっきりしたか?」 「…うん」 は腫らした目を細めて「真っ暗でよかった」と小さい声で呟きながら照れたように笑い、 政宗が理由を聞くと「泣いた顔を見られたくないから」と、また小さく笑った 電気などなく灯りは薄ぼんやりな中で生活をしている戦国の世では、 暗闇には慣れているからが泣いている顔も見えるのだと政宗は思ったが 気丈に笑顔を作っている姿を見ると何も言えなかった 「泣いたらお腹すいちゃった」 「何かあるのか?」 「おむすびくらいなら…政宗も食べる?」 「そいつはご馳走だな」 「好きな食べ物はある?」と、は冷蔵庫を開けるとおかずになるものを物色し始めた 「卵焼き」 「ふふっ、それくらいなら作れるよ」 「そいつは楽しみだ」 なんか不思議な感じがする 歴史上の人物が今こうして目の前にいて 私の部屋で向かい合わせでおむすびを食べているなんて… 本当にあなたはあの伊達政宗なの? だって、教科書や銅像の伊達政宗と全然違うよ ドラマの『伊達政宗』よりカッコイイじゃない… それが…その本物の伊達政宗が私の目の前でおむすびを食べて、 私の作った卵焼きに喜んでいるなんて… がそんな政宗の姿を見ながらクスクスと、政宗は「あ?」とまた少し睨んだ 「政宗は怖くないの?」 「怖くはねぇな」 「ふぅん…そう言えば現代に来たっていうのに驚かないもんね」 「いや…結構驚いてるぜ」 灯りが妙に眩しい事とか、食べ物を保存できる電気の箱とか、家が小さい事とか… 政宗はそう言いながらも楽しそうに笑った 「一番驚いたのは…お前だ」 「なんで?」 が訊ねると、 400年以上も未来の人間なのに戦国となんの変わりもないということだと答えた 「そう?…まぁ人間なんてそんなに簡単に進化するものじゃないわよね」 政宗の言う通りだよね 私だってそんな昔の人は今の私たちと違うんだろうって思ってたもの でも、何一つ変わりはしないんだ 違うのは生きている時代だけ… 「そう言えばさ、政宗はどうして英語が喋れるの?」 「英語?」 「あ、えーと…異国の言葉のこと」 「…幼い時にな」 「ふぅん…」 俺は、真っ直ぐな瞳で話しに聞き入るに少し喋ってみたくなったのかもしれねぇな 自分は片目がないから幼い頃から父親がいろいろ学ばせたということを 「その目はどうしたの?」 「…病でな」 「不自由?」 「いや、不自由はねぇ」 そう語る政宗には「頑張ったね」と呟くと、 眼帯の上から政宗の右目にそっと触れたのだった 「政宗はきっと失くしたものもあるけど得たものもたくさんあるね」 はそれだけ言うと、ずっと窓の外の暗闇を見ていた 早く朝になればいい… 朝になって明るくなればもっと違った光が当たるかもしれない 暗闇は思考を後ろ向きにしてしまうから… だから…早く朝が来るといい 「…一緒に寝るか?」 は暫く考えてから小さく頷く 一緒に寝るなんて、まさか自分がそんな大胆な事を出来るとは思わなかった ただ何もせず、こうして一緒に眠るだけで私は大きな安堵感に包まれている気がした 早く朝になれ… 早く 早く… はそれだけを祈りながら政宗に包まれて眠りについたのだった Back Top Next |