素材:Abundant Shine様
「あーぁ遅くなっちゃった」 長びく部活の所為で、は遅くなった帰路を急いでいた 星がぼんやりと浮かび上がった空を眺めると、 西の空に黒い雲がかかり稲光が発生しているのが見えた 「わっ、雷?…急いで帰らなくちゃ」 しかし、急ぐ足と裏腹に雷光は近づいて いつの間にか黒い雲は頭上に幕を張るように覆われてポツリポツリと天の雫が落ち始めた ここではない何処かで 1 「やだ、雨まで降ってきちゃったよ」 ゴロゴロとまるで近くで花火が打ち上げられているような雷の音も近づいてきて、 は陸上部の足を生かし、猛ダッシュでその音から逃げるように走り出すと 次第に雨も大粒になり、張り付くように身体が濡れていく 近づく雷の音に追われる様には家に飛び込んだ が家に入りドアを閉めた途端に『ドン』という激しい轟音と共に近くで雷が落ち、 瞬間家の中が真っ暗な暗闇になった 「きゃぁあああ!」 は耳を塞ぐと、玄関先でそのまましゃがみ込んだ なに?雷が落ちた…? なんで真っ暗なの?…停電? 家に入った時は電気がついてたよね?お母さんはどこに行ったの? 暫くそこに蹲っていたが、どうやら辺りも静かになったようだったので、 はゆっくりと立ち上がり、手探りでリビングへと向かった 「お母さん…いないの?」 声を掛けてみるが、母の返事どころか人がいる気配もなかった 買い物にでも行って急に天気が崩れたから何処かで雨宿りでもしているのだろう この時はその程度にしか考えていなかった 次第に暗闇に目も慣れてきて、はリビングの壁に常備してある懐中電灯を手にすると 自分の部屋に続く階段を上り始める 「こんなに真っ暗だと自分の家でも気味悪いもんよね」 黙っていると恐怖心が襲ってくるので、わざと話しかけるように声を出した が部屋のドアノブをゆっくり回し少しだけドアを開くと、 そこから生温かい風がすーっと頬を撫でる様に流れてきた ぎくり な、なに? 部屋の中に気配を感じたは「お、お母さん?」と震える声で問いかけたが やはり母の返事は返ってこなかった 気のせい? は手にしている懐中電灯を、細く開いたドアの隙間から突っ込み部屋の中を探るように 光を当てると暗闇の中に猫の様に光る瞳と大きな三日月が浮かんでいるのが見えた びくっ 瞬間、の身体は凍りついたように動けなくなった や、やだ…なに?……ゆ、幽霊? 逃げたいのに身体が硬直して動かない 見たくないのに視線が逸らせない 恐怖で声すら出せなくて、自然に涙が溢れてくる は、ガタガタと震えながら ただそこから動けずに立ち竦んでいた その時、部屋の蛍光灯がチカチカと点灯を始めて急に明るくなった 暗闇に慣れ始めていた瞳は、明るさに耐えられなくなっては目を閉じた そして、今度は明るさに慣れてきた目をゆっくり開くと、 の瞳に信じられない光景が飛び込んできて 思わず「えっ!?」と短い悲鳴に似た声をはあげた 頭に大きな三日月のついた兜を被り、右目には黒い眼帯… 腰の左右に3本ずつ刀を差し、蒼い士服を纏った男が猫の様な鋭い眼光で こちらを睨みつけるように立っていたからだった 「だ、だ、だ、誰…なの…?」 やっとの思いでが声を搾り出すように訊ねると、 男は片方の口角を少しだけ上げてにやりと微かに笑みを浮かべた 「奥州筆頭 伊達政宗」 「は……はは…は、はい?」 な、なんて? この人は空き巣…なの? それとも…居直りコスプレ強盗? 時代錯誤な格好して立っているこの男はいったい何者なのよ 頭ではしっかりと言葉が出るが、実際は上下の歯が上手く噛み合わず上手く喋れない は腰が抜けてヘナヘナとその場に座り込んで動けなくなってしまった 「Hey.you…」 へいゆー!? なに、この人外人なの? やめてよ、私…英語が苦手なんだから… 「Han,お前誰だ?」 『オマエダレダ』って何語よぉおおおおーーっ!? 最早、は恐怖で頭の中は真っ白になり、普通に喋っている男の言葉も 判断できぬほどパニックに陥っていた 「おぃ女…お前に訊ねたい事がある」 「ぎゃぁああ〜、来るなバカ〜!近づいたら舌噛んで死んでやる〜〜!!」 男は何故か冷静に普通に訊ねているだけなのだが パニックになっているには恐怖の何ものでもなく、ただそこで耳を塞ぎ、 目を固く瞑って蹲っていた 「ちっ、仕方ねぇな」 男は軽く舌打ちをすると、つかつかと近づきの前にしゃがみ込んだ 「…おい」 男の呼びかけと同時には両手首を掴まれ、思わず悲鳴を上げた 「きゃぁあああ」 やだ…どうしよう……殺される…? の頭の中は最悪な状況ばかりが浮かび上がり、 身体はガタガタと震えて尚も動けなくなっていった その時、の両の頬を男の手に包み込まれ、静かな息遣いが聞こえて 瞬間、口唇に生温かいものが触れたような気がした な、なに? 勿論、恐怖で身体は震えていたが、は今の状況を確認すべく 出来るだけ気づかれないように少しだけ目を開いてみると男の顔が目の前に映った のそんな気配を感じたのか、男は軽く触れていた唇を強く押し当ててきた 「ん…んんーーっ」 な、なに?…私…キスされてるの? なんで? これって…私にとってファーストキス……だよ なんで、こんな訳の判らない男とキスしなくちゃいけないの? 何のために17年間も操を守ってきたと思ってるのよ いつか好きな人が出来たらと思っていたのに… 次第にの中に怒りが込み上げてきて、気づけば、男を思いっきり突き飛ばしていた 「な、な、何するのよぉおおおーーーっ!!」 が突き飛ばすと、男の被っていた大きな三日月のついた兜が落ち ぎろりと睨む顔が目の前に鮮やかに映し出された 「Han…やれやれ威勢のいいお嬢ちゃんだぜ」 「うるさい黙れ!アンタ、私に何したか判ってんの!?」 「あー?kissしただけだろ?」 「しただけとは何よ…人の大事なものを勝手に盗って…」 「そいつは悪かったな…でも恐怖は消えただろ?」 「え?」 た、確かに…この男の言う事は当たっているかもしれない… 『怒りは恐怖を打ち消す最大の武器』かもしれないとは悟ったのだった 「まだ消えてねぇんだったらもう一度するか?」 「す、するかーーっ!!」 「Ha Ha Ha」 何を笑ってやがる…と、すっかり恐怖が取り除かれただったが、 次の瞬間異様な雰囲気に気づき、窓を大きく開いた 「な、なにこれ…」 「どうした?」 窓から覗くの瞳に飛び込んできたのは真っ暗な暗闇だった 街灯が灯り、家々の窓から灯りが洩れ、夜中でも明るい街が今は見る影もなくなっている 停電?…ううん、そんなはずない だって私の部屋は灯りがついているじゃない は部屋のドアを開け階下の様子を窺ったが、 どうやら灯りがついているのはの部屋だけのようだ いったいどうなっているの? 私は部活が終わって真っ直ぐ家に向かってた それから…? 雷が落ちて…真っ暗になって……それから… お母さんは? 落ち着け…落ち着くのよ… 誰もいない…外にも、見た限りでは人の気配がない じゃあ…この男はなんでここにいるの?どうやって私の部屋に入ってきたの? 「ねぇ…あなたはどうやってここに入ってきたの?」 が恐る恐る訊ねると、男は「わからねぇ」と首を傾げた 「判らないってどういうこと?」 「こっちが聞きてぇ……俺は上田城にいた」 「上田城?」 上田城って長野県の?ちょっと待ってよ…ここは東京だよ…? 「そ、それで?」 「俺は上田城で真田幸村と一騎打ちをしていた」 「さ、真田幸村っ!?」 真田幸村って、あの真田十勇士の!? 猿飛佐助が仕えていたと言われている真田幸村の事なのかしら? それに、一騎打ちという事は決闘してた…の? 「ちょっと待って…い、いったいあなたは誰…なの?」 「最初に言っただろ?…俺は奥州筆頭伊達政宗だってな」 「伊達政宗ぇええ!?」 やだ、頭がこんがらがってきちゃった えーと…確か以前に家族で仙台に旅行に行った時に銅像を見た覚えが… 歴史の教科書でも見たわ 「ちょっと、こんな時にそんな冗談言わないでよね」 「JOKE?…いや、ジョークじゃねぇ」 「だって…伊達政宗って結構チンケな爺さんだったし」 「チンケな爺さんだと?」 「ひっ…そんなに睨まないでよ……教科書で見たんだから」 そうよ、ちゃんと見たもの ドラマで『伊達政宗』を見て、あまりにもカッコイイからいろいろ調べたんだよね だから政宗の絵図を見たときにガッカリしたんだもん そうは思ったものの、400年以上も前の戦国大名が今こうして目の前にいて 信じろと言う方が無理な話と言うものだけど、それでも『政宗』と名乗る男の瞳は 嘘をついているようには見えなかった 「オィ、お前の名前も教えろよ」 「あ…まだ言ってなかったっけ?私は…よ」 なんて本当は悠長に名前なんて語り合っている場合じゃないけど、 現実問題として、今置かれているこの状況を解明しなければならない 「ねぇ政宗…もう一度上田城での事を話して」 「お前…この俺様の名前を呼び捨てにするとは上等じゃねぇか」 「うるさいわね、私は現代の人間なのよ…『殿』とか『様』なんてつけて呼ぶのは無理よ」 「なんだと」 「じゃあアンタも『さん』とか『ちゃん』って呼びなさいよ」 「そいつは無理だ」 こ、こいつ… 「だったらと政宗でいいじゃない」 「Hun…まぁいい」 「…まったく戦国の男って言うわりには細かい男よね」 その時、政宗の癇に障ったのか、彼はをぎろりと睨みつけると、 両の脇にさしている剣に手を掛けた 「な、何よ斬る気?…い、いいわよ斬れるものなら斬りなさいよ」 声や身体は震える……怖くないといったらそれは嘘… でも、訳の判らないこのままの状態でいるくらいなら死んだ方がマシ は恐怖を感じてはいたものの既に腹を決め覚悟をしたのだった 政宗もまた、いきなりこんな状況に置かれ不安がまったくないと言えば嘘になるだろう しかし、の先程までと違う気丈な振る舞いに 「これなら退屈せずに済みそうだぜ」と思ったのだった Top Next |