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本当は、最初にお前の顔が浮かんだんだ。 そんな風に言ったら、きっとお前は笑うだろうな。 曇りの無い、綺麗な笑顔で。 ≪空色に誓う竜の夢 9≫ 〜困惑〜 「政宗様、そろそろご結婚を考えても宜しいのでは?」 最近、よくそんな事を言われる。 初陣の戦の後に父に言われたきり、そんな話は一切しなかった。 当主になる為にそれ所では無かったし、当ても無い。 「もしかして、もういいヒト、いらっしゃるとか?」 「そんなの、いねぇよ。 くだらねぇjokeはよせって」 いいヒト、か。 庭の桜を見上げながら、ふと心の中でその言葉を繰り返していた。 自分には、守ると誓いを立てた幼い頃からの家臣がいる。 それだけで、精一杯だ。 「政宗さま、何してるんですか?」 「ああ、か……ちっと、桜をな」 「わあ、もう満開かぁ………春ですねぇ」 そういえば、もとっくに婚期が過ぎている。 ふと、疑問を感じた。 「…………なぁ」 「はい?」 「お前は……結婚とか、しねぇのか?」 珍しく、が困惑の表情を見せた。 視線を宙に彷徨わせ、眉根を寄せている。 どうした、と聞きなおすと、ぎこちない返事が返ってきた。 「前にも言ったじゃないですか、私には政宗さまをお守りする使命があるって」 「でも……女だろ、結婚してぇとか思った事ないのか?」 「…ふふ、もうこの年じゃ、貰ってくれる人なんていませんよぉ」 この年、と言っても、まだまだ若い。 何よりは美人だし、相手だって探そうと思えば幾らでも居る筈だ。 なのに、何故? 今までも気になった事はあったが、そこまで気になる事は無かった。 「それとも政宗さま……そんなに、このを追い出したいんですか?」 いつもの様に言われたのに、ずきん、と胸が痛んだ。 何だ、この痛み? 「そんな訳ねぇだろ……お前がいいなら、別にいいんだ」 そう言った後のの嬉しそうな笑顔が、やけに頭に残った。 「……政宗様…」 「どうした、小十郎?」 いつもより真剣な面持ちで、小十郎に声を掛けられた。 少し辛そうに見えるのは、何故だろう。 小十郎はゆっくりと、重々しく口を開いた。 「………政宗様に、縁談の話がございます…」 「…縁談……そうか…」 「お受けになられますか…?」 「…当主としては、受けた方がいいんだろうな」 政宗は暫く黙った後、解った、とだけ答えた。 とりあえず顔合わせを、との事だった。 質の良い着物を選び、少し長めの髪を丁寧に結って、準備を整える。 待っていた姫君は確かに可愛らしかったが、まだかなり幼く見えた。 「ああ、独眼竜政宗様でいらっしゃいますね……お噂通り、なんと凛々しい方…」 うっとりとした表情で見上げてくる少女に、とりあえず笑顔で応えると、また嬉しそうに笑った。 聞けば、彼女は自分より十も年下なのだという。 まだ子供ではないかと思ったが、どうやら結婚というものはこの年でもおかしくないらしい。 政治の道具に使われる幼い姫を、政宗は不憫に思った。 まだ縁談の話は整わなかったものの、先方はかなり本気らしい。 幼い少女の才を散々聞かされたが、自分には感嘆しか出来ない。 何より、どんなに自国の為になると思っても。 平穏を、壊したくないという想いが強く浮かんでしまう。 「政宗さま、このまま放っといたら縁談ぶち壊しになっちゃいますよ?」 心配そうに話し掛けてくるに、曖昧に答える。 「ああ……いいんじゃねぇのか、別に」 「そんな他人事の様に……政宗さまの為に、皆必死なんですよ?」 何故だろう、酷く苛立つのは。 他の者に結婚の事を言われても、そうだな、程度で済んでいたのに。 どうしてに言われると、頭に血が上るのだろう。 「…お世継ぎだって、必要なんですから。 早く身を固めないと…」 「……なんでお前が、そんな事言うんだよ」 「………え?」 苛立ちが、最高潮に達してしまった。 口が勝手に動いて、心にも無い事を…否、苛立ちの本音を声に出してしまう。 「お前は、俺が結婚しても何も思わねぇのか? もう気軽に話せねぇとか、寂しくなるとか、そういうの無ぇのかよっ」 ダメだ、止まらない。 「…俺は、お前が結婚しねぇって、俺の傍にずっと居るって言った時、 ほっとしたんだ、嬉しかった……お前が他の男に取られるなんて……嫌、だった…」 そこまで言って、漸く自分が何を言っているかが理解出来た。 自分の、正直な気持ちも。 「…政宗、さま……?」 「…ッ…悪い、今の……忘れてくれ」 なんて事を言ってしまったんだろう。 自分だって散々言った言葉だったのに、言われたら腹を立てるだなんて勝手な事までして。 ずっと傍にいてくれるからって、ずっと他の男の所に行かないからって。 そんなもの、自分を男として好きだって証拠にはなる訳無いのに。 BACK TOP NEXT
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