素材:clef様
もし俺がお前より先に死んだら、お前は泣くかな。 お前にそんな事を言ったら殴られるだろうから、口にした事は無かったけれど。 ≪空色に誓う竜の夢 8≫ 〜平穏〜 ごとん、という重い音が聞こえた。 幼い頃に聞いた音と、同じ。 何だっけ、この音は……。 「政宗さま……」 目を開けると、先程小次郎が居た場所にが立っていた。 鮮血に曇った刀を持って、頬と着物を深紅に汚して。 「…? ……どうして」 「申し訳ございません……政宗さま」 「…どうして謝るんだ、どうして、…そんな、泣きそうな顔してるんだ…?」 聞き覚えのある、音。 聞こえた方向を見れば、ああ、そうだ。 あの音は、幼い頃に聞いた音。 人の首が、落ちた音。 「む、謀反者です! 誰か、誰か来て!!」 思考は、母の叫び声で遮られた。 母は長い髪を振り乱し蒼褪めながら、恐怖に震えている。 が刀を握り直す音が、耳に届いた。 心は、恐ろしい程に静かになっていた。 立ち上がり、の刀をそっと手で下げた。 そうして、いつかがしてくれた様に、もう片方の手での髪を撫でる。 「母上……小次郎はもう居ない、貴女と争う理由も無い」 義姫に向き直り、静かにゆっくりと言葉を紡ぐ。 何処かで、ほっとしていた。 これで、母と争わずに済むから。 「それから……貴女は自分の家に戻るといい。 せめて…ほとぼりが冷めるまでは」 「……許すというのですか…? お前を殺そうとしたというのに…っ…」 「………その話は、もうしないで下さい。 もう、終わった事…」 そう言い残して、踵を返した。 入り口には、が立ち尽くしている。 道を譲ったの手を引き、足早に立ち去った。 無言で、庭を通って縁側に上がる。 も、何も言わなかった。 自室に戻り、の背中を押して先に入らせる。 障子を閉めて、が振り返る前に背中を抱き締めた。 ぼんやりと、誓いが一つ実現した事に気付いた。 自分は、いつの間にかを超えていた。 守れる様になっていた筈なんだ。 「……政宗さま、お怒りでは無いのですか…?」 「…怒る理由なんか、無ぇだろ……」 「ですが、私は……政宗さまの弟君を……」 「いや、いいんだ……俺に…小次郎を、母上を…殺させないでくれて、ありがとう……」 もし、竜の問いに生きたいと答えていたら。 きっと、父だけでは無く弟までも、自分を殺せと叫んだ母も、殺していただろう。 これ以上、家族を殺したくなんて無かった。 でもあの瞬間、殺されてもいいと思った時。 は、来てくれた。 「……内心、このまま殺されちまってもいいと思ってた………。 結局母上は、俺を殺そうとしていたんだから」 「政宗さま……」 「でも、お前は……は、俺を生かしてくれた。 俺に、家族を殺させなかった。 だから……ありがとう」 それから、辛い思いをさせて悪かった、と囁いた。 俺は、もうお前を守れる筈なのに、守らせてしまった、また。 抱き締めていた手に、温かい雫が零れ落ちた。 堪えていたものが、一気に溢れ出す。 二人はそのまま、静かに涙を流していた。 「政宗様、伊達家十七代当主へのご就任…おめでとうございます」 「ああ………サンキュ」 「…政宗さまっ、折角ですから、ぱーりーやりましょうよ!」 ぱん、と手を打って、は実に楽しそうに言った。 その言葉に、小十郎も賛同した。 「、まったくお前って奴は……しかし、いい案だな。 俺も賛成だ」 「そうでしょ、兄上? じゃあ、早速準備しましょうよ」 「ああ、そうだな……では政宗様、ぱーりーの準備は私共にお任せ下さい」 「…わーった。 折角のpartyだ、派手に頼むぜ」 了解です、と揃って返事をする兄妹を笑顔で部屋から見送り、煙管に手を伸ばした。 火を点け、口に咥えると肺の奥まで空気を吸い込んだ。 そしてゆっくりと煙を吐き出し、ぽつりと呟いた。 「…………もう、あれから二年以上も経つのか……」 あの事件があった翌日から、暫くは心休まる日は無かった。 家督争いに邪魔な弟の小次郎を殺害し、証拠となる母を追放した、という噂が、家臣達の間で広まったからだ。 今まで政宗派としていた家臣も疑う者が多く、政宗が家督を継ぐのは難しくなっていた。 だが、当主が居ない事は事実。 それでは、伊達家は滅亡だ。 決して裏切らない小十郎とに支えられながら、政宗は家を取り仕切った。 無理矢理当主になったからと言って、家臣達に信用されていないのでは内側から崩れていってしまう。 当主になる為の道は、まず家臣の信用を得る事から始まった。 国同士の政、戦の訓練、兵法、そして何より政宗自身の強さ。 二年余りの月日を掛けて、漸く政宗は皆に認められる事となった。 「……これで、父上は満足してくれてるかな…」 父は、争いを嫌っていた。 実際、当主に向いている人では無かったのかもしれない。 けれど、父の理想の世を作るのも、いいと思った。 「政宗様、準備が整いましたぞ!」 「早く早く! 政宗さまが居ないと、ぱーりーが始まりませんよー?」 息を切らせて、二人が部屋に駆け込んでくる。 いつの間にか火の消えていた煙管を箱に戻し、すくっと立ち上がった。 「よーし……んじゃ、Let’s party!!」 BACK TOP NEXT
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