素材:clef様
時々、馬鹿な事を考える。 もしも、病に罹らなかったら、俺はどうなっていたか、なんて。 ≪空色に誓う竜の夢 7≫ 〜破綻〜 「……結局、どちらが家を継ぐのだろうな?」 「母君の義姫様は、次男の小次郎様を当主にされたいのだろう」 「だが父君の御遺志では、家督は政宗様に、という事だそうだ」 「政宗様の方が優勢だろうなぁ、長男で輝宗様の御遺志となれば」 家臣達の間は、その噂で持ち切りだった。 直接耳にした訳では無いが、小十郎から大まかな事は聞いている。 そんな噂話が出るのは、自然な事だろう。 家臣の間にも、派閥は起きている。 父君の御遺志、という事実が強みとなっているのか、政宗派にやや偏りが見えてきた。 だが、義姫の派閥に居る者も決して少なくは無い。 「……小十郎、剣の稽古をつけてくれるか」 「…はっ、仰せのままに」 菓子を持参して来ていた小十郎と、暫く部屋で間食を楽しんでいたが、政宗は不意に稽古の話を持ち出した。 こうして話していても、あまり気は紛れない。 雑念を振り払って、揺らいでいる覚悟を決めなくては。 「………政宗様、また腕を上げましたな」 「…稽古をつけてくれるのが、お前たちだからな」 「ふふ、有難き幸せ〜〜なんて言ってみたり?」 「、またお前はそういう……」 二人の遣り取りを見ながら、ふっと笑みが零れる。 この平穏を、壊したくない。 けれど、父の遺志も継ぐと決めた。 「政宗様、此方にいらっしゃいましたか!」 「どうした?」 「義姫様が、政宗様とご一緒に夕餉をお召し上がりになりたいと……」 「母上が……?」 目が、熱くなる。 何よりも、嬉しさがあった。 罠かもしれない、と思ったが、もしかしたら母上を説得出来るかもしれない。 「……言付け、ご苦労だった。 是非ご一緒したいとお伝えしてくれ」 「はっ、畏まりました」 誘いを伝えに来た兵は、返事をすると足早に立ち去っていった。 姿が見えなくなった事を確認すると、小十郎は小声で言った。 「…政宗様、罠かもしれませぬぞ」 「ああ、確かに危険だろうな……だが、説得出来るchanceかもしれねぇ」 「危険です、政宗さま……せめて、私たちをお連れ下さい」 「いや……敵対心丸出し、って訳にもいかねぇだろ。 悪ぃが、お前たちは遠慮してくれ」 まだ何か言いたげにしていたが、ご命令ならば、と渋々了承してくれた。 二人の気持ちは嬉しいが、母とはもう争いたくない。 自分の正直な気持ちを全て話せば、解ってくれるだろうと信じていた。 「ああ、政宗……お待ちしておりました」 「は……この度の母上の誘い、大変嬉しく存じ上げます」 「その様に堅苦しくせずとも良いのですよ……わたくしたちは親子ではありませぬか」 ふわりと優しい微笑みを浮かべる母を、信じたい。 緊張しながら、膳を挟んで腰を下ろした。 母はにっこりと笑って、では戴きましょうか、と手を合わせた。 同じ様に手を合わせて、箸を取る。 不意に、母は喋り始めた。 「……政宗…この母は、ずっとお前と和解したいと思っていたのですよ。 それが今日まで来てしまって……お前には申し訳無い事をしましたね」 「いえ、私こそ……」 答えながら、気が付いた。 母の声が、震えている。 良く見ると、顔を少し蒼褪めていた。 「…母上……? お顔の色が優れない様ですが、どこか具合でも……」 「い、いえ……心配ありませんよ、政宗………」 奇妙な違和感と、胸騒ぎ。 その瞬間、大きな悲鳴が聞こえた。 何事かと刀を取ると、背後から空気を切り裂く、刀が振り下ろされる音がした。 素早く刀を抜き、刀身を受ける。 目の前にあったのは、よく見知った顔だった。 「…ッ……小次郎…っ…?!」 「兄上…ッ…!!」 「何をしておるのです、小次郎! 一撃で殺せと言ったでしょう!」 甲高い、女の叫び声が聞こえた。 違う、これは母の声だ。 母上は、今何と言った? 小次郎に………俺を殺せ、と? 母に憎まれる事も、弟と争う事も、覚悟した。 その筈なのに。 一瞬の隙を突かれ刀は弾かれ、鈍い音を立てて床に突き刺さった。 鬼の様な顔をした小次郎が振り下ろす刀は、酷く遅く思えた。 生きたいか。 ああ、またお前か。 貴様は、生きたいか。 もう、どうでもいいさ……疲れちまった。 瞬きの間の刹那に浮かんだ竜は、以前と同じ様に問い掛けてくる。 違ったのは、俺の答え。 目を開けた時には、眼前に鈍色の刃があった。 誓った筈なのに……ごめんな。 次に目を閉じて浮かんだの曇り無い笑顔に、そっと囁いた。 BACK TOP NEXT
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