素材:clef様
もう、全ての事に負けたくない。 大切な者を、守る力が欲しい。 ≪空色に誓う竜の夢 4≫ 〜元服〜 あの事件があってから、梵天丸は益々部屋に篭り切りになった。 が自分の所為で傷付いてしまった事への罪悪感と、自分に向けられている殺意への恐怖によって。 「……このままじゃ、ダメだ…解ってるけど…ッ…!!」 ぎり、と血が滲みそうな程に、強く拳を握り締めた。 こんなに弱い自分が嫌だ、もっと力が欲しい、強くなりたい。 大切な人を、守れる様に。 梵天丸の目が、鋭く光る。 覚悟の、瞬間だった。 「……小十郎、いるか?」 「梵天丸様直々のお越しとは……この小十郎がお力になれる事でしょうか?」 「ああ………お前にしか、頼めない」 見据えた目は、静かな覚悟を映していた。 その意思を受け取り、小十郎も真剣な面持ちで応えた。 「解りました、梵天丸様……何なりと、お申し付け下さい」 「実は………」 翌朝の事だった。 梵天丸はの部屋の前で立ち尽くし、迷っていた。 しかし漸く迷いが消えたのか、意を決した様に声を掛ける。 「……、あの…梵天丸だ。 …入っても、いいか?」 「梵天丸さま? どうぞー」 ゆっくりと、障子を開ける。 何気なく此方に振り向いたの目が、驚きに見開かれる。 「…梵天丸さま…? その目は……」 「…小十郎に、切ってもらった」 その言葉に何か言いたげにしていたを無視して、梵天丸は続ける。 しっかりと、包帯に隠された傷痕を見据えて。 「僕は……俺は、変わる。 もう、大切な者を…を、失いたくない。 だから、俺は…強くなる、から……今度こそ、お前を守るから!」 呆気に取られただが、すぐに嬉しそうに笑った。 じゃあ、どっちがもっと強くなるか競争ですよ、と言って。 そして、するりと包帯を解いていった。 中から、痛々しい傷痕が現れる。 「私も、右目の視力を失いました。 条件は同じですから、あとは鍛錬で差が出ますね」 一瞬、身体が固まった。 同じ様に視力を失ったのは、自分の所為だ。 でも、幾ら悔やんでも、過去は変わらない。 それなら、誰にも二度と傷付けさせない、ただそれだけ。 「ああ……でも、絶対俺の方が強くなってやる」 「まだ私より背ぇ小さいのにぃー?」 「…っ…すぐ追い抜いてやる!!」 笑いながら、誓った。 心は、大分晴れやかになっていた。 母が自分を殺そうとしている事態が、変わっていないのは解っていたけれど。 それからは何も無いまま、元服の日がやって来た。 母たちが弟に家を継がせる事を諦めたとは言い切れないから、油断しない様に。 と小十郎に何度も言われ、警戒はしていた。 だが、何年もの間何も起こらないと、やはり自分を認めてくれたのではないかと思ってしまう。 その度に、軽率な考えは慎め、と自分に言い聞かせていた。 「梵天丸さま、失礼致します」 三つ年上のは、美しい女性になっていた。 誰かと結婚してもおかしくない年齢であるにも関わらず、は伊達の家を出なかった。 梵天丸さまをお守りする役目を、まだ全うしていませんから。 そう言って微笑むはこんなに美しいのに、勿体無いとも思ったが。 それでも、ずっと傍にいてくれるが嬉しかった。 「どうした?」 「約束の物が出来ましたので、元服の儀式には必要かと」 「すまないな、わざわざ」 「いーえ、ご命令通り私とお揃いですよー?」 畏まっていただが、部屋に入った途端いつも通り砕けた口調で話す。 そして差し出された箱には、二つの眼帯。 「私の大小の刀の鍔で作りました。 梵天丸さまがこの間新しい刀を与えて下さったから」 「あれは、お前に似合うと思ったから仕入れたんだ。 鞘と柄の細工が気に入ってな」 女性への贈り物としては不適切かもしれないが、本当に似合うと思った。 一緒に戦っていくと誓ったから、その誓いを込めての贈り物。 不安だったが、は曇り無い笑顔で喜んでくれた。 これで、梵天丸さまに負けない様にこれからも鍛錬しますから、と。 差し出されたの手製の眼帯を、そっと手に持つ。 それは少し重く、ひんやりと心地良い冷たさだった。 が今まで戦ってきた刀だと思うと、勇気が与えられた。 静かに目に押し当て、頭の後ろで紐をきつく結ぶ。 も同じ様に、眼帯を身に着けていた。 これは、二人だけの誓い。 「じゃあ、行くか」 「はい、梵天丸さま」 この日、梵天丸は元服し、政宗という名を得た。 独眼竜の、始まりだった。 BACK NEXT
|