素材:clef様
袖のないGジャンにハチマキ、そしてサングラス 誰が見間違えても私が間違える筈がない それは他の誰でもない真選組の土方十四郎だった 画面に映っている土方は『トッシー』として討論会に参加し、乱闘騒ぎの中に混ざっていた は夢を見ているのだと思った 絆 8 人は信じられないものを目の当たりにするとこんなにも真っ白になってしまうのだろうか… 思考回路も能力も、まるで機械のように停止してしまって言葉も出ない 目を開いているのに何も見えない 銀時が顔面蒼白で茫然としているに声を掛けても何も聞こえていないようだった まるで魂を抜かれた人形のようにの中で時間が止まっていた どれくらいの時間が流れたのか、既に空には陽が昇り一晩中動けないでいた の瞳に生気が戻った頃、そこには新八と土方がいて 夢だと思っていた出来事が目の前に現れ、は一気に現実の世界に引き戻された 「……土方さん」 「え?……うぉーっと、ちゃん!?何でちゃんがここにいるでござるか?」 ちゃん? ござる? 目の前にいるのは間違いなく土方なのに、まるで別人のような様子には肩を落とした 「どうしちゃったんですか土方さん?」 様子の変わってしまった土方の両肩を掴んでは何度も揺すった だが土方はボソボソと呟くだけで、そこに鬼の副長と呼ばれる顔はなかった 「ボク、ちゃんのファンなんだよね…か、感激でござる」 「ファ…ファン?」 「おいおい、コイツ…を何かのアイドルと勘違いしてんじゃねーの? …っていうかお前コイツの知り合い?」 「え?そうなんですかさん?この人こう見えても真選組の人ですよ」 「銀さんたちも土方さんを知っているんですか?」 「あぁ…まぁ……腐れ縁ってやつ? で、お前は何でコイツを知ってるんだよ?」 「私も…真選組の人間ですから」 銀時たちが驚くのも無理はないだろう 真選組は男ばかりの所帯だ、女の自分が真選組にいるなんて誰も知らない事なのだから… は自分が真選組の人間で、公務の為暫く江戸を離れていて最近戻ってきたという事だけを告げ 自分が伊東鴨太郎の妹という事は伏せた 言ってしまえば銀時たちを巻き込んでしまうかもしれない それだけはどうしても避けたいとは願っていた だが、既に銀時たちが巻き込まれている事はまだ誰も気づいていなかった そんな時、新八が「なんか別人みたいだ」と呟き、土方に仕事はどうしたのかと訊ねた 誰だってそう思うだろう 真選組の副長が仕事もせずにブラブラしているのだから… しかし土方は新八のそんな問いにもあっさりと「クビになったでござる」と答えた 「クビって…何でですか?」 新八は声を挙げたが、には予想がついた 再会してからの土方はどこか様子が違っていた 攘夷志士たちに襲われた時から歯車は狂い始めていた どう考えても土方は局中法度を犯している 法度を犯せば切腹… きっと兄がそう仕向けた ごめんなさい土方さん…と、が土方を見つめると 彼はオドオドとした目でその視線を宙に泳がせた 「つまらない人間関係が嫌になっちゃってね…っつーか危険な仕事だし…」 ―― つまらない人間関係 はフッと力の抜けた笑みを浮かべた 「そうだね……嫌になっちゃうよね?」 「おいおい…お前までニートな考えに同調してどーすんだよ」 私は同調しているのでない ただ、土方さんがそのつまらない人間関係を誰よりも大事にする人だって知っているから… 「土方さん、これからどうするんですか?」 「うん…どうしようかと思ってるんだよね…貯金は使い果たしちゃったし、 だけど働きたくないし……刀でも売ろうかと思ってるんだよねぇ」 「そんな…」 不安そうに土方を見つめる。 そこへ新八が「アンタ最低だよ」と罵ると土方は深い溜息を吐いた 「売ろうと思ってるんだけど…何度も売ろうとしても、何か手放せないんだよ〜 店の人が妖刀って言ってたけど…まさかね〜」 「妖刀?」 その刀が妖刀? が土方の持っている刀をマジマジと見つめると、突然土方が大声を上げた 「ど、どうしたんですか?土方さん」 「ひょっとして…ある朝目覚めたら、この妖刀がちゃんに変わって〜」 「えっ!?」 「ボクの隣で寝てたりなんかしちゃって〜〜」 あからさまに脳内で妄想に耽って顔を緩める土方に 銀時が「そうだよ、妖刀がに変わってテメェなんか斬られちまえ」と拳を振り上げた しかし、は銀時の振り上げた拳をやるせない気持ちで止めた 「土方さん、しっかりして下さい…目を覚まして…… 土方さんが元に戻ってくれるなら……私…私、隣で寝てあげますから」 「え?マジでござるか?……やべっ〜、萌えてきたんですけどっ」 最早、は必死だった 必死だったからこそ自分で何を口走っているのか気づいていなかった 「、何をとち狂ってやがる」 銀時の声にが我に返ると、彼の拳が土方に命中していた 「あの…銀さん?……私、何か…?」 無意識か?無意識なのかー? 銀時は思いっきり突っ込みたかったが「いや…気にしなくていい」と言う事しか出来なかった どう見てもと土方が自分達の気づかないところで惹かれ合っているのは分かる 銀時はやれやれとばかりに土方達を知り合いの刀鍛冶の村田鉄子の所へ連れて行った 「間違いない、村麻紗だ」 「村麻紗?」 鉄子は土方の持っている刀を吟味しながら刀匠・千子村麻紗によって打たれた名刀だと言い その斬れ味もさることながら人の魂を食らう妖刀としても知られていると言う 「いったいどんな妖刀だっていうんですか?」 新八が訊ねると鉄子が説明してくれた なんでも母親にこの村麻紗で斬られた引きこもりの息子の怨念が宿っているらしい 銀時は「どんな妖刀だよっ!」と舌打ちをしたが、鉄子は話を続けた 村麻紗を一度腰に帯びた者は引きこもりの息子の怨念にとり憑かれ 働く意欲や戦う意思が薄弱になっていく 「即ち、ヘタレたオタクになる」 は土方と再会した日の事を思い出していた あの日攘夷志士たちに襲われた時も、数々の局中法度を犯した時も、そして今も 土方はこの妖刀・村麻紗を腰に帯びていた 鬼の副長からは考えられない程のヘタレた部分は演技でもフリでもなかった 土方さんは既に魂を食われていたってこと? は首を横に振る ―― 違う 彼は攘夷志士達から私を守ろうとしてくれた 傷の手当てもしてくれた あの強さと優しさは決して演技でもフリでもなく、私の知っている土方さんだった 村麻紗は贋作も多い刀だけに土方が持っている刀が本物だという可能性は低いが もし正真正銘の妖刀・村麻紗なら、土方の本来の魂は残っていないかもしれない 鉄子の言葉がの胸に突き刺さる 『本来のそいつはもう戻って来る事はないかもしれん』 ―― 土方さん 震える身体を抑えようとは土方の背中を見つめながら拳を強く握り締めた 「銀さん…一つ訊いてもいいですか?」 「あ?どうした?」 「大切なものを護る為には…どうしたらいいですか?」 震える声で訊ねるに銀時は気づいたのかもしれない その思いと覚悟を… 「何もしなくていい」 「え?」 「何を護りたいか本当に気づいた時には何もしなくても身体が勝手に動くもんだ」 「勝手に…?」 「あぁ…頭で考えなくても細胞が勝手に動いちまう……違うか?」 頭で考えなくても細胞が勝手に動く? 新八が横で「さんを煽ってどうするんですか!?」と銀時に意見していたが は震える自分の手を見つめていた 細胞が勝手に動く―― 震えが止まった 「銀さん…ありがとう 土方さんをお願いします」と、は深々と頭を下げ笑顔を見せた その声は明るく絶望したものではなかった 「行くのか?」 「はい」 はもう一度頭を下げると、まるで細胞が勝手に動き出したように走り出していた BACK TOP NEXT |