素材 Abundant Shine








心の中がどんなに哀しく泣きそうな曇り空でも目の前に広がる空は切ないほど眩しく
泣きたいのに涙は出ない、叫びたいのに声も出ない




体中の水分が失われて乾いているようだった










絆 7










屯所を出ては兄の鴨太郎が借りていた家に戻っていた




縁側で流れる雲を見上げながら不思議とお腹が空いている事に気付き苦笑する




そう言えば朝から何も食べてなかったっけ…




きっとお腹が空いているから悪い方へと考えてしまうのかもしれない

何も考えられない意識の中でもそんな事をふと思いながらは外へと出て行った






昼時で賑わう町の通りを抜け、公園のベンチに腰を下ろし
そこで遊ぶ小さな兄妹に自分と兄を重ねぼんやり眺めていた




私はこの手で兄を止める事が出来るだろうか…




は自分の両方の掌を開いて見つめた




『人を斬る剣でなく己を守る剣』を覚えろと教えられたこの手で
兄を止め真選組をも私は守れるのだろうか…




微かに震え出す掌をは強く握りしめた










「あれ?マグロある」




犬の吠える声に交じって聞き覚えのある声が耳に届いてが顔を上げると
そこには息を切らした神楽が定春を連れて立っていた




「神楽ちゃん…?」




が神楽の名を呼ぶと、彼女は頷きながらの隣に腰かけた




「こんなとこで何してるか?」

「散歩…かな」

「ふぅん」




それっきり神楽は何も言わずにポケットから酢コンブを取り出すと
コリコリとしゃぶりながら足元の定春をかまっていた



そして、暫くすると「雨が降りそうアル」と呟いた




「え?雨?……だってすごく晴れてるよ」

「違うアル……さんの顔、雨が降りそう…」




ドキリとした


まるで神楽に言い当てられたように胸を突き刺す言葉が痛かった




「そう?きっとお腹が空いて何を食べようかと考えていたからかも…」




無理に笑顔を作って取り繕うと、神楽は自分のお腹を摩って
自分もお腹が空いているのだと笑った




さん、一緒にご飯食べるアル」

「一緒に?」




神楽は「銀ちゃんも喜ぶ」との手を取り急かすように立たせた



銀ちゃんも喜ぶという事は万事屋に行くということなのだろう
確かに銀時たちには世話になったのだから礼の一つも言わなければならない



しかしは躊躇い、動きかけた足を止めるのだった






「どうしたアルか?行かないアルか?」

「あ、うん…急に行ったら銀さんも迷惑だと思うし…」




がまた今度という言葉を出す前に神楽はそれを否定するかのように
「迷惑じゃないアル」と捲し立てるように言った




「でもね神楽ちゃん…」

さんに面白いもの見せたいアル」

「面白いもの?」




神楽はウンウンと大きく頷きながら有無を言わせず強引にの手を引いて走り出した




「ちょっと待って神楽ちゃん」




後ろからは定春が追いかけてくるので、結局はそのまま万事屋まで来てしまった








肩で大きく息をしながら階段を昇り、玄関の前で軽く深呼吸をして息を整えていると
「ただいま」と声を掛けながら神楽は勢いよく部屋の中に走って行った




「おせーぞ、銀さんメチャクチャ腹が減ってるんですけど」と気だるそうな声が奥から聞こえ
はほんの少し前の出来事だったのにふと懐かしさを覚えるのだった




「お…お前…」




銀時はに気付くと一瞬驚いたようだったが、直ぐに「もういいのか?」と
癖のある銀色の髪を掻きながらの身体を気遣った






「その節は大変お世話になりありがとうございました
 お礼が遅くなりましたがお陰さまで傷の方もすっかり良くなりました」




が丁寧な挨拶をし、頭を深々と下げると
「うわっ、そんな挨拶をされっとこの辺が痒くなる」と首筋を掻いて苦笑した


そして、照れ隠しに「神楽、飯!」と大きな声で言うと
神楽は「さんと一緒に食べるアル」と言い返すように言った



すると銀時はギョッとして神楽を部屋の隅に引っ張っていき
どうやら内緒話をしているようだった




「おい神楽…うちにはの分までねぇぞ」




当人達は小さな声で喋っているつもりだろうが、それはの耳にまで届いていた



はクスクスと笑うと「私が作りましょうか?」と二人に声を掛けた




「え?マジで?……あー、だけど…」

「私もお昼を食べるつもりで買い物をしていたので…」




神楽と偶然会う前に無意識のうちに買い物をしていたらしく
の持っている手提げにはいくらかの食材が入っていた




「大したものは作れませんが、お礼を兼ねて作らせてもらってもいいですか?」

「あー、まー、そりゃあ願ってもないことで…」

「それじゃ、ご飯が出来るまで座ってて下さいね」









数十分後、小さなテーブル一杯にあり合わせの物で作ったとは思えないほど
彩りのあるメニューが所狭しと並べられた




さんすっごいアル」

「ほう…お前いい嫁さんになるぜ」

「ふふっ、ありがとうございます」




ご馳走を前に銀時と神楽は両手をパチンと合わせて「いただきます」と頭を下げる
だが、は少し物足りなさを覚えた




「そう言えば…新八くんはいらっしゃらないのですか?」

「んあ?そう言えばアイツ…どこに行ったんだ?」




すると、突然思い出したように神楽が口を開いた




「忘れてたアル、さんに面白いものを見せてあげる約束をしてたアル」




確かに神楽は面白いものを見せると言っていたが、とがその言葉を思い出していると
神楽は突然立ち上がってテレビのスイッチを入れた




「丁度始まったアル」

「神楽ちゃんが私に見せたい面白いものってこれ?」




神楽が頷いたのではテレビの画面に目を向けた
するとそこには『オタクサミット 朝まで生討論会』という文字が映し出され、
画面が切り替わるとそこには『アイドルオタク 志村新八』と表記された新八の顔が映っていた




「え?新八くん…?」

「何やってんの?アイツ」




それは、増え続ける無気力な若者達の予備軍的存在の『オタク』と呼ばれる者達の
『ニート問題』や『引きこもり問題』についての討論会だった



世の中にこんな番組があるなんて知らなかったと唖然とするを他所に
神楽は「新八のバカさを見せるアルよ」とご飯粒を飛ばしながら笑った




「神楽ちゃんの言う面白いものって…」

「うん、新八のアホ面」

「は…はは…」




は力なく笑う事しか出来なかった




だが、次の瞬間…




カメラが動き替わった画面の中に映し出されたものを見ては愕然とした






「ん?どっかで見た顔だな…」






そんな銀時の声もの耳には聞こえなかった



全て見えない、聞こえない








時間が止まってしまった そんな感覚だった















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