素材:clef








のあの肩の刀傷…
あれは素人が振るった刀の斬り口じゃねぇ



殺意を持って振るったものだ



しかものヤツ…死ぬ気でいやがる




一体何が起こった? 何が起ころうとしている?




くそっ、絶対に死なせやしねぇ…俺がお前も真選組も守ってやるぜ



だが、何も出来ない自分に土方は苛立っていた










絆 5










『いずれ殺してやるよ』




俺と伊東はもともと粗利が合わなかった



仕事以外では口を聞く事もなかったが、そんな俺達を見てはいつも言っていた
「土方さんと兄さん…よく似ている」と。



似ていないと否定しながら互いに背中を向けると、「ほら」と笑う




そんなお前が愛しくて我慢できてたようなもんだ



それが…




フン、嫌な空気だぜ




土方はユラユラ揺れる煙草の煙を見ながら溜息を吐いた










「来たかトシ…まぁ座れ」




近藤さんに呼ばれた理由は分かっていた
少し言いづらそうにまず俺の身体を気遣う…まったく近藤さんらしいぜ




「災難だったな」

「……」

「……トシ、分かっちゃいると思うが…」




近藤は回りくどく土方の作った45か条からなる『局中法度』の話を持ち出してきた



日常の細かい所作や礼儀、戦での覚悟までを説いた法度。
これを一つでも犯せば即切腹




自分で作った法度だ、言われるまでもねぇ




「俺が言えた義理じゃねぇが……士道に背くようなマネはしてくれるなよ」




伊東のヤロー…俺の醜態を広めやがって…
フン、どうせ俺を蹴落としてのし上がるつもりなんだろうがな


今の俺を蹴落とすには絶好の好機だ



土方が悪態を吐くと近藤は伊東を庇った






「そんな言い方はやめろ…伊東先生は隊内の士気を思って…」




イライラする



近藤さんがアイツを『先生』と呼ぶたびに腸が煮えくりかえる思いだ
人の良い近藤さんに取り入って確実に自分の地位を築いてやがる




伊東を崇拝している今のアンタにこんな事を言っても通じないんだろうなぁと思いながらも
「近藤さん…アンタ局長の座を譲るつもりか!?」と無意識のうちに叫んじまった


アンタは優しく否定するけど…だけどな、隊士全てがアイツを信頼しているわけじゃねぇんだ
アイツがどれだけ偉いヤツか知らねぇが、アンタが伊東を立てれば隊士もそうするしかねぇ




気づけよ、俺たちはアンタに…アンタだからついて来たんだ



だが、今どんな事を言ったって暖簾に腕押しだな




「伊東先生が真選組を乗っ取るつもりだと?」

「さあな…」




アンタの伊東先生はきっとそんな事をしねぇんだろう?
アンタにとって伊東は必要な人間なんだろ?



だがな近藤さん…


頭が二つある蛇は一方の頭が腐って落ちるか、
反目して真っ二つに身体を引き裂いちまうかどちらかだよ




土方はそれだけ言うと黙って部屋を出ようと襖を開けた時そこにが立っていた




近藤に直接兄の事を伝えようと部屋の前まで来たが、
土方と近藤の話が聞こえてきては動くことが出来なかったのだ




もしかしたら土方さんは気づいている?




は驚いたように土方を見つめたが直ぐにその瞳を逸らした
小刻みに震える肩が土方の不安を大きくした




まさか伊東のヤツ…本気で?








…お前何やって…」

「あ……いえ…あの…お話が…」




今なら全てを土方に話す事が出来る、今しかないのかもしれない
全てを話そうとしたもののは戸惑っていた


鴨太郎の企てが露見すれば、兄は切腹か真選組の手によって葬られる事になるだろう
に残された兄妹という絆がそれを躊躇わせていたのだ




話をどう切り出そうかと悩みながらも土方の顔を見た時、突然土方が大声を張り上げた




「うわぁああああ」

「ひ、土方さん、どうしたんですか?」

「楽しみなアニメが始まるんだ 、後でな」




「やべぇ」と焦った形相で走り去っていく土方の背中をは唖然として見送った




「ア、 アニメって…?」




が茫然としていると、通りかかった沖田が声を掛けてきた




「何を驚いているんでさぁ?」

「え?……あぁ総悟くん…土方さんどうしちゃったの?」




すると沖田はニヤリと笑い「気にすることはねぇ、いつもの事だから」と鼻歌交じりに言った




頭の中がこんがらがっていく



いつもの事?




私の知っている土方さんはあんなんじゃない
決して観たいアニメの為にとり乱すような人では…




私の顔はどれだけ落ち込んでいたのだろう
額に軽い痛みを感じ我に返ると総悟くんが「心配するなって」とデコピンをして笑っていた



総悟の『心配するな』と言った言葉がどんな意味を持つのか今はまだ分からなかった








一方、テレビを前に土方は自己嫌悪に陥っていた




何をやってるんだ俺は…


アイツが…が…話があるって言ってたじゃねぇか




だが、体が勝手に動いて…






うっ…、総悟…?




そんな土方の姿を覗き見ながら嫌味な笑みを浮かべる総悟と目が合った
もしかしたら伊東より性質が悪いかもしれないヤツに見られて土方は失意のどん底に陥った




その日から土方の行動はまるで故意に行われているのではないかと思えるほどだった
土方は自分で作った局中法度を片っ端から破っていく




・マガ●ン以外の漫画、局内で読む事なかれ…
 っつーか、副長自らジャ●プ読んでるしっ!!



・会議中は携帯の電源を切るべし…
 いやいや、あの携帯の音…思いっきり副長のだしぃいいい―――っ!!




副長としての威厳も何もあったものではない
次第に隊士たちの目が不信感に変わっていくのにそう時間はかからなかった




の心配を他所に土方の奇妙な行動は続き、隊内の空気も変わっていった










「兄さん…」




は鴨太郎の目の前に座っていた




「兄さん…、土方さんに何をしたの?」




鴨太郎は意外そうな顔をして「心外だな」と目を細めて笑った
その瞳は妹に疑われた失意の色ではなく、楽しんでいるような瞳だった




「僕は何もしていない…何もしなくてもアイツは壊れていくさ」




鴨太郎はそう言って少し遠い目をした
それが何を意味しているのかには分からなかったが
鴨太郎は呟くように「弱い人間とはそういうものだ」と付け加えた






「土方さんは弱くありません」

「そうかな?土方君がたとえ強くても近藤がいなくなったらどうなる?」

「兄さん…一体何を…」




『真選組を我がものにする』




はその言葉を思い出していた
あの時の鴨太郎の瞳は恐いほど真っ直ぐだった





「近藤一人がいないだけで真選組は簡単に壊れていく 所詮絆というものはそういうものだ」






哀しかった



否定しようにもしきれない自分が情けなくて…




真選組の絆は誰よりも何よりも強い
それだけに要が壊れれば簡単に崩れてしまう程弱くなってしまう




兄の言っている事はきっと正論なのだろう






でも、はその絆を…繋がりを守りたかった



どこかで歪んでしまった兄さんの心を助けたいって思っちゃダメ?






兄さん…




土方さん…




近藤さん…








はその夜こっそり屯所を出た















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2009/11/22