素材:clef








『真選組副長、土方十四郎殿とお見受けする』




土方と再会できたものの、攘夷志士たちに遭遇し取り囲まれた



土方はを守りながら立ち向かう為刀を抜こうとした




「行くぜぇーーーっ!!」










絆 4










「すいまっせーーーん!!」




いきなり地面に頭を擦りつけ土下座亜をする土方には唖然とした




「ひ、土方…さん?」




何度も頭を下げる土方に、志士たちも驚いて一瞬固まっていたが、
直ぐにこれが真選組の副長かと失笑が渦巻いた




「土方さん、何をしているんですか?」




が土方の元へ駆け寄ろうとした時、不意に志士の一人に腕を掴まれ
咄嗟に刀を抜こうとしたが意外に強く掴まれていた為動かす事が出来なかった



どうやら彼らはを土方の女だと誤解したようで人質に取ろうとしたのだ




「テ、テメェら、汚い手でに触るんじゃねぇっ!」




さすがは鬼の副長と言われるだけあって、土方の威嚇は刀だけではなかった



土方が怒声を浴びせると志士たちは委縮して、の手を掴んでいた男も思わず手を緩めたので
もしかしたら相手の隙を狙ってわざと弱いフリをしているのかと思った



今が好機と思い、はその隙をついて男から逃れると土方の元へ走り寄ろうとした時、
また土方が再び土下座をしたのだ




「え!? えぇーーっ!?」




なんと土方は命乞いをしたうえに敵の草履の裏まで舐めると言い出した
あまりの土方の無様な姿に駆け寄ろうとしていたの足がその場で止まってしまった


はその姿に幻滅したというより頭の中が混乱して何が起こっているのか理解できなかった



プライドの高い土方が理由もなくこんな行動を起こす筈がないと知っている
だが、現実に目の前で土下座をしている土方の姿はフリをしているようには見えなかった






地面に頭を擦りつけるような姿勢ながらも刀を抜く動きを見せたので
敵は一瞬怯んだが土方は思いがけない行動に出たのだった



「これで勘弁して下さい」と懐から財布を差し出した




攘夷志士たちはヘタレた土方を見ながら嘲り笑った



その無様な様は攘夷志士たちにとって格好の餌で
土方を蔑みながら殴る蹴るの暴行を加えていった






土方がなぜこのような行動をとるのかには理解できなかった
の知っている土方は決して弱味を見せるような人ではない
それだけに彼の無様な姿は何より哀しく、悔しかった



はギュッと唇を噛みしめると、刀を抜いて土方を取り囲んでいる志士たちに斬りかかった
しかし土方は地面に這い蹲ったまま「く、来るんじゃねぇ」と絞り出すような声で叫び
が傍に来ないようにした


その時、の目に地面に置かれた土方の両手が強く握りしめられて小刻みに震えているのが見えた
それは屈辱の中で残された土方のプライドだったのだろう



は刀を抜いたまま立ち竦んだ








土方は動揺していた



自分の意思に逆らって次々に出てくる情けない言葉に…


抜刀しようにも出来ない



大事な女を守る事さえ出来ず、無様な姿を見せつけている




真選組の副長として、男としてこんな情けない事はない



死んでも死にきれないような屈辱に耐えながら、鍛冶屋のジジィの言葉を思い出していた




『この刀は呪われている』




ちっ、妖刀だか何だか知らねぇがこんな事で負ける俺じゃねぇんだよ




そう思っても抜刀できない事実に焦りを感じた




くそっ、このままじゃ俺ももやられちまう




苦しそうに何かを耐えているように土方の眉間に皺が寄っている



土方の奇怪な行動はわざと弱いフリをしている訳でもなく、
またを巻き込まない為の策でもないのだろう


事情は分からないが、死んではいない土方の瞳の輝きでそれはにも理解が出来た
何とかして土方を助けたい、はそう思った


その時、土方の背後にいた志士の一人がチャンスとばかりに土方めがけて斬りかかってきた




「やめて!!」と叫ぶと同時には目の前の志士を斬った




このままだと土方さんが殺されてしまう




大事な人を守りたい


それはも同じだったのだ




「バカ!…来るんじゃねぇ!!」




バカでもいい



真選組を…近藤さんを守る為には土方さんを失うわけにはいかない




は何の躊躇いもなく飛び出して蹲っている土方を庇うように覆いかぶさった



土方を助けられるなら、このまま死んでもいいと本気で思った






殺られる




そう思った瞬間、志士たちを呼び止める声と共に刀の擦り合う音と肢肉を斬る音が同時に響いた
悲鳴があがりバタバタと倒れていく攘夷志士たちがの視界に入り、次の瞬間全身が凍りついた




聞き覚えのある声、見覚えのある太刀筋…






「に、兄さん…」




鴨太郎は、万斉に斬られた時と同じ冷めた視線でを見下ろしていた
そして、今志士たちの血を吸ったばかりの刃先をに向けた






……生きていたのか」




鴨太郎はに庇われている土方に冷たい視線をおくった






「真選組隊士が襲われていると思い駆けつけてみれば…こんな所で何をやっている土方君
君がいて僕の大事な妹を守れんとは…無様だな」




「い、伊東…」




図星をつかれギリギリと土方は唇を噛みしめる
だが、結果的には伊東に助けてもらった事実が土方にとって最も屈辱的だったに違いない












…大丈夫か?立てるか?」

「…大丈夫です」




結果はどうであれ土方を失わずに済んだ事に安堵し、は全身の力が抜けていくようだった



土方は煙草に火をつけるとフーッと大きく煙を吐き出し苦笑した




「悪かったな…お前を守れなくてよ」と、土方はの頭をポンポンと軽く叩くと
は首を横に振りながら「土方さんに会えて良かった」と小さく呟いた




そんなを立ち上がらせると土方は上着を脱いでに掛け、ゆっくりと煙草を吸い出した
は上着の温かさと、吐き出された煙の中に土方の心情が見えて胸に染みた




「いててて」

「だ、大丈夫ですか?肩を貸します」




の申し出を拒絶するかと思ったが、土方は「んじゃ、借りとく」との肩に腕を回した
「組に戻ったら手当をしますね」とは微笑みながら土方の身体を支えるのだった




不安を抱えながらも、はこうして真選組に戻る事が出来た










さんおかえりなさい」とにこやかに近寄ってくる山崎、
「元気だったか?」と優しく微笑む近藤、
「どこで道草食ってたんだか…」と嫌味を言いながらそっぽを向く沖田、


そして、暖かく迎えてくれた隊士たちの笑顔を見ながら
は『真選組』という『家』に帰って来たのだと思った…唯一つを除いて…



兄の計画を知っているの背中には冷たい視線が突き刺さっていた








「着物が汚れている…着替えてこい」と、土方に耳打ちされ
は我に返り頷きながら別室へ向かった



この部屋は以前にがここに居る時に使っていた部屋だ



はそこへ座りこむと全身に震えが襲ってきた
一番安心できる場所なのに一番怖い




兄という監視下の中で、どうやって土方に事の重大さを伝えればいいのだろう…




その時、「入っていいか?」と外から土方の声がして
が襖を開けると薬箱を持って部屋の中に入ってきた




「見せてみろ」

「え?」

「怪我しているだろ?」




は咄嗟に左の肩を押さえながら大丈夫だと首を横に振った
気づいていなかったが塞がり始めていた傷口が少し開いて血が滲み出していたのだ




「大丈夫ですよ、こんなの怪我のうちに入りませんから
 それより土方さんの方が心配です、貸して下さい私が手当をしますから」

「バカ言ってんじゃなぞ、俺のはお前の傷の手当てが済んでからだ」






土方はを強引に座らせると薬と包帯を取り出し、「あいつらがやったのか?」と
眉を吊り上げ声を荒げるとは首を横に振ったが、その傷口は昨日今日ついたものではない




「誰に斬られた?」

「……転んだ…だけ」

「転んだだと?」

「……」




は女だが剣の心得はある、その辺の男よりも強い事は土方も知っている
だが、の肩に痛々しく残る傷跡はどう見ても刀傷である

しかも加減はしてあるようだがを殺すための傷だということも直ぐに分かる
しかし、はそれを何の為に隠しているのか転んで出来た傷だと言ってきかなかった


多分問い質してもは本当の事は言わないだろう
土方は「そうか」とだけ言って後は何も語らず肩の傷を治療した




「あ、ありがとう」

「気にするな、今日はゆっくり休め」

「…はい」




は頭を下げて礼を言った後、土方の手当てをしながら大丈夫かと訊ねる声が微かに震え、
次に出てくる言葉を必死で呑みこんでいるように見えた




「…土方さん……」

「あ?」

「…いえ……大した傷じゃなくて良かった…です」




胸に痞えているものを吐き出せずに唇を噛みしめるに土方は何も言えず
せめてこれくらいはとの頭をそっと撫でた



あんな連中からもお前を守ってやれなかった俺は抱きしめてやる事も出来ない






「早く休め」と声を掛け部屋から出ると襖越しにのすすり泣く声が聞こえてきた
土方は襲いかかる不吉な予感を感じながら両の拳を強く握りしめていた















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2009/11/21