素材:clef








沈んでいく川の中は冷たくて暗い。



寒くて寂しい…



落ちていく時に兄が見せた冷え切ったあの瞳の色はこの川の中と似ていた




流されていく中、は近藤さんに…土方さんに事の起こりを知らせなくてはと…
そうずっと思いながら意識が閉ざされていった




土方さん……助けて…










絆 3










「神楽ちゃん大変だよ、あそこを見て」




新八が示す方を見ると川べりに人が倒れているのが見えた




「アレ何あるか?マグロあるか?」

「何で川にマグロがいるんだよっ!どー見ても人間でしょーが!!」

「定春、行くあるよ 今日の昼飯はマグロある、銀ちゃんも喜ぶね」

「おいっっ!!」










痛い…、斬られた肩の傷が焼けるように熱い。



土方さん、助けて……兄さんを…




真選組が……近藤さんが危ない…








「う……うぅ…」

「お、気がついたみてぇだな」




がゆっくり目を開けると、ぼんやりとだが銀髪の男が覗き込んでいるのが見え、
消え入りそうな声で「誰?」と訊ねるとけたたましい音が耳に響いて傷口が痛んだ




「このマグロ、銀ちゃんを知らないとはモグリね」

「神楽ちゃん、この人はマグロじゃないって!」

「うるさいある、このメガネが…マグロを独り占めする気あるね」






ここはどこだろう… 私は生きているの?




無理に起き上がろうとする私を坂田銀時と名乗る男がそれを阻止するように額に手を当て
私の傍らで騒いでいる者たちに一喝すると、部屋から追い出し私を寝かしつけた



「心配しなくていい」と額に置かれた手は暖かく、兄の優しい手と似ていて
の瞳から大粒の涙が溢れ出した










それから一月ほどは傷が癒えるまで銀時の所で世話になっていた




「良かったですねさん」

「…はい……あの…助けて頂いてありがとうございました」

「僕たちは当然の事をしたまでです。お礼を言われるような事じゃないですから」

「新八〜、早くマグロ食わせろ〜」

「神楽ちゃんっ!!」




楽しそうに笑い合う神楽と新八、そしてそれを見守るような銀時に
自分の幼い頃の生活と重なり合わせての胸が痛んだ



どうしてこんな事になってしまったんだろうと、は肩の傷に手を当てた




今はそんな事を考えている時ではない
一刻も早く真選組に行かなくては……






「あの……、ここって…万事屋さんだったんですね?」




その言葉に銀時の顔色がサッと変わった
そして、より早く言葉を出した銀時は「敵討ちは請け負っていません」と言い放った



もとより敵討ちなど考えていなかったは唖然とする




「敵討ち?」

「違うのか?」




はクスクスと笑いながら首を横に振り、それよりもと真選組の場所を訊ねた
ここがどこなのかはまだ知らなかった



もしも真選組の場所がここから遠いものであるなら急がなければならなかったからだ




兄の企てている計画を阻止する為にもゆっくり休んでいる暇はないのだ
死んでも兄を止めなければならない




「アンタ…何を考えている」

「…何も」




不意に銀時に訊ねられの身体がビクッと動いた
すると銀時の顔から笑みが消え真剣な眼差しになった




の瞳は敵討ちに行く目ではなく、死にゆく者の瞳そのものだった






「助けて頂いてありがとうございました。このご恩は一生忘れません」




銀時の強い眼差しに自分の真意を知られたくなくて、は礼を言いながら頭を下げた



これ以上自分に関わるなとそう言っているように見えた銀時は
「誰に斬られた?」と強い口調で訊いたが、がそれに答える筈もなかった




「その刀筋はどう見てもプロの仕業だ
 悪い事は言わねぇ、恩も忘れていい……だから絶対無茶はすんな」




人は一月も共に暮らせば情も沸いてくる




がどんな経緯で傷を負ったかなんてどうでもいい
だが銀時はを引き止めずにはいられなかった




死を覚悟している瞳は哀しいだけだから…






「どうしたんですか銀さん?そんなに恐い顔をしないで下さい
 この傷は転んだ時に出来た傷ですから…」

「バカ言ってんじゃねぇ、それはどう見ても刀傷だろーがっ!!」






引き止める銀時の心配を他所にはこの上なく綺麗に微笑んだ
微笑んで、敵討ちなんてしませんとまた笑って、深々と頭を下げた




銀時は「ちっ」と舌打ちをし、洞爺湖を強く握り締めながら
出て行くの背中を見送る事しか出来なかった






空は哀しいくらいに青く広がり、は決意を新たにその足を真選組へと急がせた











その頃、土方は鍛冶屋で刃毀れした刀を預け、いわく付きの刀を手にしていた




呪われている? フン、くだらねぇ
妖刀だろうが何だろうが関係ねぇ…刀は刀だ



これが刀だと分かれば、それだけで充分。



腰の刀に手をやり、鍛冶屋のジジィの話を思い出し苦笑していると出会い頭に女とぶつかった




礼儀正しく謝罪する女に目を向けると土方は驚いた
女もまた土方を見ると驚いた顔を見せた




「土方さんっ!」

「な………か?」




頷くと土方は怒りを露わにするようにの両肩を強く掴んだ




「お前…、いつ江戸に戻ってきた?」

「さ、三ヶ月…前」

「三ヶ月前だと!? 伊東のヤロー謀りやがったな」




痛かった


掴まれた肩の傷も、胸の中も痛かった




土方さんと兄は相見えない性格だ いつだって仲良しの間柄ではない
でも、どこか互いに敵対していても認め合っているようなそんな関係だった




苦しいけれど、哀しいけれど、兄のしようとしている事を土方さんに話さなければならない




「土方さん……兄は…」






土方に打ち明けようとしたその時、まるでそれを拒まれるかのように二人は攘夷志士に囲まれた




『真選組副長、土方十四郎殿とお見受けする』




なぜこんな時に…


だが、この程度の輩ならにだって簡単に倒せる相手だ



は何の迷いもなく刀に手を掛けた






「ちっ、上等だコノヤロー! 、お前は手を出すな 下がってろ」




土方は庇うようにの前に立ちはだかり刀に手を添えるとその顔に笑みを浮かべていた




上等だぜ、試し斬りの機会だ
見せてもらうぜ 妖刀とやらの斬れ味をなっ!!




私の知っている土方さんは強い


こんな奴らに屈したりはしない








は自分を守っている土方の背中を見守っていた















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2009/11/20