素材:clef様
絆 22 さほど大きな家ではないが、こうして片づけてしまうと案外広いものだと 荷づくりを終えたは部屋を見渡すと溜息に近い息を吐いた 兄の遺骨を抱いて故郷に帰ると決めたもののは未だ揺らいでいた あの日から土方と何も語り合っていない事、それが心に引っかかっていたからだ このまま黙って行ってしまっていいの? だけど、何を言えばいいのか言葉が見つからない 何度自問自答しても答えは見つからず言葉は溜息に消えていくだけだった しかし空が茜色に染まる頃、庭先に気配を感じ俯いていた顔を上げると人影が揺れた 影はゆっくりと躊躇うように近付いて来て大きく映し出された 「ひ…土方さん…?」 「よぅ」 着流しで酒の瓶を持った土方は、軽く片手を上げて声を掛けてきた そして、縁側に腰掛けると煙草に火を付けて煙を泳がせた 「…ったく、こんな所に隠れてやがったのか」 「ど、どうして…ここが?」 「あ?…フン、別に捜したわけじゃねぇ… お前がどこに隠れてたってなぁ見付けるに決まってるだろーが」 背中を向けている土方の表情は読み取れなかったが、呆れたように憎まれ口をきく彼の変わらぬ態度に は懐かしさを覚え、この戦いは夢ではなかったのかと錯覚しそうになった 「おい、伊東は?」 「え?」 「居るんだろ?」 は耳を疑う。「居るんだろ?」なんて、土方がどうかしてしまったのか思う程だ。 兄はもうこの世に存在していないのに… は兄の遺骨が収められている白い布で包まれた箱を土方に並べるように縁側にそっと置いた すると土方は、茶碗を二つ持ってくるようにに命じた 意味が分からずが言われたまま茶碗を同じように縁側に置くと 土方は持ってきた酒を二つの茶碗に注ぎ、一方を「お前も飲めよ」と兄の前に置いた 「こんな小さな箱に入っちまいやがって…」 鴨太郎はもう居ないのに、憎まれ口を叩き合っている二人の幻影が見えた気がして の目から涙が一粒、また一粒と落ちてきて膝を濡らした 「…悪かったな」 土方は酒を飲み干すと、聞こえるほど大きく息を吐きに詫びた 予想外の謝罪には言葉が見つからず涙を抑えながら首を横に振る事しか出来なかった 「俺は……、お前を助ける事も守る事も出来なかった…結局お前を哀しませちまった」 「ち…ちが…う」 「違わねぇ…。お前が必要としている時に傍に居てやれず、最後まで真選組として戦わせちまった」 最期を迎えようとする鴨太郎の傍にを居させなかった事、鴨太郎を自分の手で斬った事を 土方は後悔していない。だが大切な者を哀しませてしまった事に罪を感じていた は否定したかった。 だが、抑えていた涙が一気に溢れてきて嗚咽で言葉にならない ただはこれ以上涙が溢れないように膝に置いた手を強く握る事しか出来なかった 「オイ、泣くんじゃねェ……俺はお前の涙を拭くモンなんか持ってねーぞ」 土方はつっけんどんにそう言うと、強く握りしめていたの手を掴み引き寄せ 自分の胸にの顔を押し付けた 「これで拭いとけ」 土方の言葉は無愛想だったが、の涙が乾くまでずっとその髪を撫で背中を擦っていた ********** 「やっぱり行くのか?」 土方の背中に回されたの手がぎゅっと握られる。 は黙ったまま土方の腕の中で小さく頷いた 「一度決めたら絶対に曲げねー女だからな…お前は」 「……」 土方は呆れたように大きな溜息を吐く 「…だったら、ずっと笑ってろ。お前は全部一人で背負っていくつもりだろうけど そんなもんは俺が背負ってってやるよ。だから、お前は笑ってろ」 土方さん…、あなたは兄が犯した罪も、人を傷付け哀しませた私の罪も全部背負うと言うの? それでも私に笑っていろと? 銀さんも同じことを言っていた どうして私の周りに居る人たちはそんなにも優しく温かいのだろう これが“縁”という絆なの? どんなに辛くても、どんなに哀しくても、笑っている事が償いになるなら 最後まで私はその罪を償い続けよう 「ずっと笑ってるのはつれーぞ、出来るか?」 「……はい」 「俺が傍に居なくても…か?」 「…はい」 「フン、かわいくねー」 苦笑しながら煙草に火を付ける土方。 だが、その一方の手で抱きしめられているは土方の腕の温もりを感じていた この日の出来事を私は一生忘れない これからどんな事があってもずっと笑っていられる 辛く哀しい時は、きっとこの温もりを思い出すから… BACK TOP NEXT |