素材:十五夜








『僕はこの手をずっと待っていたんだ』




救いを求める手と、それを包み込む力強く優しい手
繋ぎ合うその手には確かに絆があった


一番望んでいたその光景を見ながらの口は冷たく開く




『近藤さん、その手を離して下さい』










絆 17










「こ、近藤…何をしている」

「そうですよ近藤さん…何をしているんですか?そんな手…離しちゃえばいいんですよ」




鴨太郎が落ちないように必死で支えている近藤の手が震えている
このままでは近藤までもが道連れになってしまうとは冷酷に感じられるほどに言い放った

だが近藤は耐えながらも笑みを浮かべ、を窘めるように言った




ちゃん、まだ仲直りをしていなかったのかい?兄妹喧嘩はいかんと言っただろう?」

「近藤さん…どこまでお人よしなんですか?」

「そうだ近藤…の言う通りだ…僕は君を殺そうとした裏切り者…
 情けは無用だ……その手を…離せ」

「ざ、残念だなぁ…俺は何があってもこの手を離さんぞ」






そう…、近藤さんはその言葉通りきっと最後までその手を離す事はないでしょうね
私たち兄妹はずっとその手に甘えてきたのかもしれない


大きく広い心でいつだって包んでくれた近藤さん。
そんなあなたを裏切った兄を私は赦せなかった

でも、兄の裏切りを知りながら止められなかった自分をもっと赦せない



だから…




「近藤さんが離せないなら私が離してあげます」




はそう言うと、腰から刀を抜いて構えた






「何をする気だ…やめるんだちゃん」

「どうして止めるんです?兄さんは謀反を起こしたんです
 そして…それを知っていて止められなかった私も同罪です」




の頬に涙が伝って落ちていく
その涙は鴨太郎の頬に落ちて、彼もまた泣いているように見えた

の顔は濡れていたが、その口元は微かに笑みを浮かべ兄をじっと見つめていた



は覚悟を決めると刀を振り上げた




「兄さん……一緒に…逝こう?」

「何を言っているんだちゃん…そんな事をしたらトシが…悲しむぞ」

「いいえ、土方さんはよくやったと言ってくれます」

「馬鹿なことを言うんじゃない」






最後まで真選組として戦うと決めた
だけど、最後ってどこなの?


ここで兄さんを助けたら終わるの?


沢山の隊士たちを傷付けた
巻き込みたくない人を巻き込んでしまった
護りたいと思った大切な人たちを護れない


それなら、今ここで私が終わらせる




だから、兄さん……一緒に逝こう


もう兄さんを一人にしないから…






がギュッと力強く刀を握り締めると、鴨太郎の顔に微かな笑みが浮かんでいるように見えた

だが、肌で感じると鴨太郎の決意を近藤は受け入れる事が出来ない






ちゃん…君が同罪なら俺だって同じだ」

「何を言っているんですか近藤さん…」




の瞳は鴨太郎を逸らすことなく捉えていたが、刀を握る手が一瞬緩んだ感じがして
近藤はそのまま話を続けるのだった




「よく聞いてくれ……謀反を起こされるは大将の罪だ。無能な大将につけば兵は命を失う
 これを斬るは罪じゃねぇ…俺はアンタの上に立つには足らねぇ大将だった」




そこには近藤の生き様の詰まった心があった



近藤は兄妹の絆を壊してしまったのも自分の罪だと謝罪しながら哀しい瞳を向けた
そして、自分は肩をつき合わせて酒を酌み交わす友達として鴨太郎に居て欲しかったと
握っている手に力を込めた








僕はどこで間違ってしまったのだろう


僕が一番欲しかったもの
一番欲しかった言葉を今聞く事が出来るとは…




一番欲しかったものを僕はとっくに手に入れてたのに…




こんなにも簡単な事を今頃気付くなんて。






なぁ、近藤さん…
もう遅いかもしれないが、僕はどうやって君に謝ったらいい?


『言葉はいらんのだよ』と近藤の瞳はそう言っているようで、鴨太郎も握られている手に力を込めた




カタンと音を立てての足元に刀が落ちた






「…兄さん」





もうこれ以上誰も傷付かないように、これ以上絆が引き裂かれないようにと
は祈りながら近藤と共に鴨太郎の手を握り締めた




―― これで本当に終わる






そう思った時、轟音と銃声が響き渡った




それは明らかに私たちを狙っていた
真選組に恨みを持ち消そうとする者の陰謀。それこそが本当の敵。



崩れ落ちた橋の手前でかろうじて留まっている列車の中、誰も傷付かないよう必死で支え合っていた
しかし、容赦なく襲撃してくる砲弾にたちは身動きできずにいた






「何してやがる!さっさと逃げやがれェェ!!」






ヘリコプターの轟音と銃撃の音に混ざってハッキリと聞こえてくる声。
煙幕で姿は見えないが、その声は紛れもなく土方の声だと確信が持てた


やがて、薄れた煙幕の中に土方の姿が目に飛び込んでくる






「土方さん!」

「トシ!」








それは妖刀の力なのか、本来の土方の力なのか、
それとも大切なものを守りたいと思う強い意志の所為なのか…


土方は列車を襲撃するヘリコプターに飛び乗ると、そのプロペラを一刀で斬り落とした


プロペラを失ったヘリコプターはバランスを崩し墜ちてゆく




だが、私たちは誰も絶望を感じていなかった
信頼という絆で結ばれている私たちはこんな形で終わったりはしない



ヘリコプターが列車の高さまで墜ちてきた時、土方は列車に向かって飛び込んで来た
片腕を失った鴨太郎が両手を広げるように身を乗り出して手をさしのべる




力強く握られた土方と鴨太郎の手。
その手が離れてしまわないようにたちは鴨太郎の体を支えるのだった






「土方君、君に一つ言いたい事があったんだ」

「奇遇だな、俺もだ」






二人の目はいつもと同じことを言い合っているように見えた
互いに互いが嫌いだと言って口角を上げて笑う



ほら、あの頃とちっとも変っていない








『いずれ殺してやる…だからこんな所で死ぬな』










もうずっと前から繋がっていた絆がそこにあった














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