素材:clef








まるで昔に時間が戻ったよう



ずっとこうして楽しい時間を過ごせたらいいのに…



もうあの頃には戻れない




過ぎた時間の分だけ大人になっていく










大人には大人の事情ってぇもんがある 4










「ちょ、ちょっと待つアル」と、苦し紛れに神楽がの箸を止めた


食事の邪魔をしたらいけないと、お妙は注意したがそんな事は言っていられない
何としてでも、この怪しい物体を口に入れるのを阻止しなければ…
神楽は使命に燃えていた




「た、食べる前に姐御に一つ聞きたいことがアルね」

「まぁ、何かしら?」




お妙は顔こそ微笑んでいるが、その瞳は神楽に対しての闘志が燃えている
聞きたい事があるとは言ったものの何を聞けばいいのか決めていない


お妙は一筋縄ではいかない女だ
神楽の考えている事は全てお見通しさと言わんばかりに不敵に笑った




「く…まさか…コレ……金を…と、取るアルか?」




意味不明だと思ったが、守銭奴のお妙にはやっぱりこれだろうと神楽は瞬時に思い
思いつくままに言葉にしたのだった




「やーね、ちゃんとはもうお友達なのよ
 それに新ちゃんがお世話になっている神楽ちゃんからお金なんて取らないわよ
 いくら私でもそこまで鬼じゃないわ」




いや…笑ってはいるが、あの笑顔には裏があるに違いない
戦闘民族の名にかけてここはお妙と戦うしかないのか?


しかし、この不気味な物体を食べなければいけないという事実は変えられない


無言の中で緊迫した空気が流れ、互いに出方を待っていたが、
先手に出たのはやはりお妙だった




「安心して、他ならぬあなたたちだもの…」と、ぬか喜びをさせておいて
「一人伍千円でいいわよ…安いでしょ?大サービスよ」と奈落の底に突き落とす




さすがは姐御…なんて感心している場合ではない



やっぱり…結局は金かよっ!


しかも一人伍千円だとーっ!?…ということは…二人で壱萬円。
こんなクソ不味いもんを食わされたうえに金まで取られるアル…か?


アンタ…こんなもんに払う壱萬円があったら…あったら
甘美の世界に誘ってもらえる酢コンブがどれだけ買えると思ってるんだよーーっ!!


酢コンブに例える神楽もどうかと思うが、
姐御…、アンタは鬼アルよ…うぅん、アンタは悪魔アルよーーーっっ!!!




その様子を窺っていたはスッと箸を置き、「お支払いします」と
巾着袋から財布を取り出した




「二人分…壱萬円でよろしいのですね」




金を取ろうとする強欲なお妙、それに応えようとする



神楽は思わず銀時が憑依してしまったように
「お前も払う気なのかよ、え?払っちゃうんですかーー!?」と突っ込んでいた




「あ、姐御…お金は食べてから…は、払うアル」




とにかく今は逃げるしかないと神楽は時間を引き延ばす。
しかし、お妙は「あら、私は前払いでも一向に構わなくてよ」と言う。



神楽は大人のずるさを知ったような気がした




「そ、それおかしいアル。食堂でもレストランでも食べてから払うアルね」




耳の端に『ちっ』とお妙の舌打ちが聞こえたような気がしたが
神楽は気付かないフリをするしかなかった




は気を取り直すようにもう一度手を合わせ「いただきます」と言葉にした
そして、ゆっくりと見えない目で探るように箸をその手に持つ


目が見えないということが信じられないほど器用に箸でその不気味な物体…
もとい、卵焼きを掴むと口へと運んでいった




もうおしまいアル…



戦意を失った神楽はガックリと肩を落とす




しかしその時、庭の方からドドドッとけたたましく聞き覚えのある原付の音が聞こえ
その後ガシャンと鈍い音がしたかと思うと勢いよく障子が開かれ、
「食うなーーーっ!!」という叫び声と共に銀時と新八が部屋に飛び込んできた


どんな状況でも瞬時に対応できる強かな女、お妙は
「まぁ新ちゃん、お客様が見えているというのにお行儀が悪いわよ」と、
あくまで冷静である




さんっ!」と、新八の止める声も虚しく
瞬間、部屋中に『ジャリ』という鈍い音が響き渡った




ジャリ?




ジャリって何?どう考えても卵焼きを噛んだ音じゃねぇよな?



音の聞こえて来た方を恐る恐る見ると、
の口許がもぐもぐと明らかに何かを食べているように口が動いている




げげっ、食ったのか?食っちゃったのか?おいっ!!




っ、出せ…今すぐ口の中のものを出せっ!!
 死ぬぞお前…っていうか絶対死ぬって!普通の人間なら確実に地獄行きだよっ」




銀時はの両肩をガシッと掴むと、吐き出させるように体を揺すった
しかし、それが地獄を招こうとは…




ごくん




わーーっ、飲んだ?飲み込んじゃったよ




「おい新八、どうすんだよ…飲み込んじゃったじゃねぇか」

「銀さんが思いっきり揺さぶるからですよ」

「俺か?俺の所為なのか?
 あんな悪魔の食い物を食わせる君の姉上の所為じゃないんですかっ!?」

「心配するな、アンタの骨はあたいが拾ってやるよ」

「神楽ちゃ〜ん、何言ってるの?何言っちゃってるの?
 よく見なさいっていうの、まだ生きてるでしょーがっ!」




しかし、みんなの心配を他所に、当のは箸を置くと
「ごちそうさまでした」と再び手を合わせた



一瞬にして皆の視線はに注がれる
そして、銀時たちの頭の中の思いは一つに一致する



ま、まさか…
美味しかったとか言っちゃったりしねぇよな オイ?…と。




「お前…よくアレが食えたアルな」と、神楽の口から本音が漏れると
「気持ち悪くないですか?」と、新八まで実の姉が作ったという事も忘れ
おまけに「生きてますか?」などと次々にお妙の料理を否定する言葉が出てくる




「新ちゃん、それってどういう意味かしら?」




優しく笑ってはいるが、その顔はどこか引きつっている




「銀ちゃん…もしかしたらコイツ人間じゃないアルか?」

「コラコラ…そんな事正直に言ったらダメでしょーが」




ちょっと二人とも、何を言ってるんですかっ
アンタらの方が人間離れしているでしょーがっ!!




姉の料理を食べてしまって、依頼主でもあるに異変が起きたら…
…さん?…ど、どうでしたか?」と、新八は震える声で尋ねた


新八の無謀な問いにがどう答えるか、皆が息を呑んでその答えを待った



そこにどれだけの時間が流れたのか、
は「…美味しい……」とポツリと呟いた



「「「えぇええっっっ!!!」」」と誰もが己の耳を疑ったが、
直ぐに「…とは言えませんが…」と付け加えたのでホッと胸を撫で下ろす




「「「うんうん」」」

「…不味い」

「「「うんうん」」」

「…とも言えません」




大丈夫かよ、怪しい物を食って脳がいかれちまったんじゃねぇのっ!?




「初めからこういう味だと思って食べれば食べられます」とニッコリ微笑む
ある意味感動すら覚え銀時も新八も神楽も目が潤んでくる




さんはまるで天使のようだ」

「天使?…やっぱり人間じゃないアルね」




弟の僕が言うのも何だけど、
姉上の料理は見栄えも悪いし味だってこの世のモノとは思えない


いつ誰が食べてもお世辞にも美味いとは言えない
どちらかといえば不味い部類に入る




だけど視点を変えるだけでさんのように思えるんだ




これが大人というものなのだろうか…




「おいおい、こんなクソみたいなのを作るヤツに自信を持たせるんじゃねぇって」




大人なのに大人じゃないのが約一名いるけどね




余計な一言…


勿論、銀さんは顔面に姉上のストレートパンチを喰らっていたけどね。








まったく世間知らずもここまでくると立派なもんだぜ


なぁ




銀時はの頭を軽くポンと叩いた


その手は多分銀時自身も気付いてはいないほどに優しいものだった




「…え?」

さん、どうかしたんですか?」

「あ…いいえ」






思い出の中の温かい手

何かあると銀時はいつもの頭を軽く叩いていた



はもうその瞳で見る事の出来ない銀時の面影を思い出していた






この日、僕たちは姉上の所に泊まる事になった















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ー後記ー

いったいこの話はどんな話なんだろう…
なんかまた汚い話になっているような気が…
お食事しながら読んでいる方はいません…よね?
更に話は続きます。
2007/6/13