素材:Abundant Shine









キッチンに甘いお茶の香りが漂う


買い物担当のニコラスが美味しい茶葉を手に入れてきた事で
は「何でボスの私が…」と独り言を呟きながら食後のお茶を淹れていた


多少の不平はあるもののはそんな日常を楽しんでいた










#005:リミット










「随分と楽しそうではないか?」

「ん、まぁ、それなりに…」




はそう答えかけて慌てて言葉を噤んだ


瞬間移動でもしてきたかのように不意に現れたジャンに
もう少しで落としそうになったカップを急いでテーブルに置いた



「あ、あら、ごきげんよう」などと使った事もないような言葉を思わず吐いた
そんな言動にジャンは少しだけ目を見開いて「フン」と鼻で笑った



なんかちょっとムカつく。
私だって自分で言って驚いたわよ
だけど、アンタが急に現れるからビックリしちゃったのよ
それなのに、女言葉を使った私をバカにしたように笑っちゃってさ…


は少し横目でジャンを睨みながら彼の目の前に淹れたばかりのお茶を差し出した




「どういうつもりだ?」

「別に他意はないわよ、ニコラスが美味しい茶葉を買ってきてくれたから
 ジャンにもご馳走してあげようかと思っただけで…」

「フン、くだらんな」




そんな事を言いながらもジャンは出されたお茶を口に含んだ




けっ、アンタねぇ…飲むんだったらくだらんとか言うんじゃないってーの!
と、そう思ったが、またバカの一つ覚えみたいに消滅するか?なんて言いそうなので
取りあえず「美味しい?」って誤魔化すように聞いた

すると彼は人間の口にするものはよく分からんと言った



死神というのは特に食する必要がないそうだ
でも私達は普通にお腹が空くし、普通に食事を摂る
同じ死神でも何が違うというのだろう

その旨をジャンに訊ねると「俺をお前らと一緒にするな」と一笑された



―― 私達とジャンの違い



本来私達も死神なのだから食を摂らなくてもいいらしい

ただ人間として生きていた時の残留思念というのがあって、食欲や睡眠欲など
魂が記憶している事をただ行っているだけだとジャンは言った

『無』から生まれたジャンはそれらの記憶がないから私達とは違うのだと…




「ふーん…だけどジャンって、ここに居る時は食事とかしてたよね?」

「お前ら人間に合わせていただけだ…郷に入っては郷に従え
 人間の世界ではそう言うのだろう?」




なんなんでしょーか、このヒトは…
は妙な感心をしながらジャンを見つめた

すると、ジャンは手にしていたカップをテーブルに置くと小さな咳払いを一つした




「…

「な、なによ」




重苦しい空気を全身に漂わせながらジャンが口を開く




「俺は退屈してるんだがな」

「へ、へぇ…そうなんだ?……私は楽しいけどね…なんて」

「ほぅ…お前は楽しいのか?」




うげぇ、そんな目で睨まないでよ
アンタの言いたい事は分かってるわよ


どうせ「何のためにお前達を現世に戻したか分かっていないようだな」とか言いたいんでしょ?
が心の中でジャンの言いそうな事を考えていると、案の定彼は想像通りの言葉を口にする




「だって、マフィアって何をしていいか全然分かんないんだもん」

「そんな事はその少ない脳みそで考えるんだな」




こんのークソ死神め、少ない脳みそで悪かったわね
だいたい退屈させるななんて言うけど、アンタにとって楽しい事って何よ
そんなに退屈ならニコールの裸踊りでも見てればいいじゃない




「それは遠慮するぞ」

「え?……って…あーーーっ!アンタまた私の心を読んだわね?…サイテー」

「言いたい事はそれだけか?だったらそろそろ消えるか?」

「わーーーっ!!ちょ、ちょっと待ってよ」




ったく、心臓に悪い…
死神は死なないって言うけどさ、アンタと話していると死神の私も死んでしまう気がするわよ




「それで?何かいい案は浮かんだのか?」

「そ、それは……近日中にということで…ははは」

「そうか…、ならばお前達にいいものをやろう」

「え?なになに?」

「リミットだ」

「リミット?」

「そうだ、今から1週間以内に俺を楽しませろ」

「あの〜…一応訊きますが…もし1週間以内に楽しませる事が出来なかったら…?」

「決まっているだろう?消えるだけだ」

「そんな無茶な…」

「気にするな、ほんの茶の礼だ どうだ?俺は優しいだろう?」




どこがだーーーっ!!

と、叫ぶの声も虚しく高笑いを残してジャンは消えた






冗談じゃないわよ
1週間なんてあっという間じゃない


は大急ぎでファミリーをリビングに集め事情を話す事にした




「……と、いう訳なの」

「1週間…ですか?それはまた急ですね」

「でしょ?ところで…、マフィアって何をすればいいの?」




やはりマフィアの事はマフィアに訊くのが一番とはメディシスとグロリアに訊ねるが
二人は顔を見合わせて溜息を吐く




「…そうですねぇ」

「特別にこれという仕事はないんだが…」




そうなの?そんなもんなの?とがソファに深く腰掛けて頭を抱えると
「そんなの簡単だろ?人を殺せばいいんだよ」とヨシュアが口を挟んできた




「ヨシュア……、アンタ仮にも神父でしょ?何を物騒な事ほざいてんの?」




ま、親をマフィアに殺されたヨシュアの気持ちは分からないでもないけど
自分も地獄に堕ちたんだからもうそこまで恨まなくてもいいと思うけどね


でも、考えても何の案もないし…
マフィアらしく抗争でもなんて言ってもそう簡単なものではないし…


出てくるのは溜息ばかりと、は大きく息を吐く
すると、ヴィシャスがつかつかと前にやって来てを指差した




「オイ…、お前はな何もしなくていいんだよ…っていうか、好きな事をやってりゃあいい」

「好きな事って?たとえば?」

「そ、それはっ……た、たとえば……デ、デ、デート…とか?」

「は?デート?誰と?」

「だ、だから……ごにょごにょ…」




次第に声が小さくなって口をもごもご動かすヴィシャスに、
「トマト、顔…赤い」とレオナルドがからかい口調でボソッと呟く

すると、ルチアーノが「やれやれ、抜け駆けかい?」とヴィシャスをさり気なく追い払い
自分はちゃっかりの座る肘掛けに腰を下ろした

そして、顔を恋人の距離まで近付けると意味深に笑みを浮かべた




ちゃん、俺達はみんな君の虜なんだよ 特に俺はね
だから君は好きな事をしていいんだ…俺達は君に従うだけさ」

「ルッチ?言ってて恥ずかしくない?」

「どうしてだい?俺はいつも本当の事しか言わないよ……と、いうことで俺とデートしない?」

「ルチ…テメェ…」

「ルチアーノがに従うの?裏切り者なのに?」




レオの言葉にルチアーノは笑って誤魔化していたが、
子供に皮肉られるルッチって…






結局何の案も出ないままは溜息を吐きながら部屋に戻った
そして、ベッドに倒れるように身を委ねる




リミットは1週間

ジャンの言う通り、悔しいけど私の少ない脳みそでは考えられないよ




苛立ちを隠せないまま落ち込んでいると優しい手の感触がして、それはそっとの髪を撫でた




「ニコール…?」

「バカね、みんなの言う通りにちゃんは好きな事をしていいのよ」

「好きな事と言ったって…」

「ないの?」

「う〜〜ん」

「ほら、た・と・え・ば……買い物とか買い物とか買い物とか?」

「それって…ニコールがしたいことじゃん」

「やあね、そうとも言うけど…ふふふ」




ニコールは、どうせ消されたって行きつく所は地獄なんだしもっと気楽に考えなさいって
笑っていたけど、私はこの世でみんなと楽しくやりたいと思っていた

だけど、ニコールの優しさは少しだけの気持ちを楽にさせてくれた








時間はないけど、とりあえずは出来るだけの事を考えてみようと思うのだった















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