素材:clef









「さぼってるのか?」問う政宗に、が「休憩してるだけ」とそれはそれは無愛想に
淡々とした言葉で答えると、政宗はフンと鼻で笑った



か、かわいくない…



この男は本当に懐くようになるんでしょうか?
ま、懐かれても少々怖い気もするけど…


が視線を小十郎の方へ向けると、彼はのんびりと茶を啜っていた




知らん顔しないでよ〜〜〜










婆娑羅4 〜政宗の優しさ〜










「で、馬には乗れるようになったのか?」




本当はまだ完璧に乗れるわけじゃない。でも乗れないなんて言いたくなかった

そこで「まあね」と軽く答えると、政宗は「ほう」と一見感心したように言ったが
それは感心したのではないと彼の口元に浮かぶ不敵な笑みでは悟ったのだった


しかし、今更乗れないとはの性格的には言えない言葉だった




「乗ってみろ」

「え!?」

「ちゃんと乗れるか見せてみろ」

「え、遠慮します」




ぎろりと睨むその瞳は「つべこべ言わずにさっさと乗れ」と言っているように見えた


は渋々太刀風を厩舎から出すと、その背中に颯爽と飛び乗った
そして、「どう?」とばかりに胸を張ると「お前何やってんだ?」と予想外の言葉が返ってきた




「言われた通り馬に乗ったんだけど、何か?」

「バカか?」




政宗はわざとらしく大きな溜息をついて見せると「走れ」と命令口調で睨んだ

だったら『乗れ』じゃなくて最初から『走れ』って言えばいいじゃん。
と、思わず出そうになった言葉を慌てて飲み込む様に口を押さえた


だってコイツすごい怖い顔してるんだもん
そんな事言ったらマジで殺されるんじゃないかって思っちゃったわよ




は大きく深呼吸を一つすると、手綱を持つ手に力を入れ軽く引いた
すると、太刀風はそれに応えるように脚を踏み出した


ゆっくりと足踏みを始めた太刀風の手綱をもう一度軽く引くと、その脚は一歩ずつ速くなっていく
そして、次第に速くなり太刀風は颯爽と走りだした。と、は思った。



未だかつて乗馬などしたことなどないだ。
歩くより速い程度であっても体感的にはものすごいスピードで走っているように思えるのだ。
しかし、現代からやって来た娘だとは知らない政宗にはがふざけているとしか思えなかったのだ




「何してるんだっ?」




政宗の乾いた叱咤が耳に飛び込んで来る。


は、どうせまた何か皮肉でも言われるのだろうと
溜息を吐きながら手綱を強く引き、太刀風の脚を止めた。


政宗は眉を吊り上げ、腕組をした姿勢でを見据えていた



お前は乗馬倶楽部の教官か?しかも、その顔は鬼教官だよ…




「お前…、何してるつもりだ?」

「な、何って…アンタが走れっていうから走った…つもりだけど?」

「あ?…フン、あれで走ったつもりか?」




コ、コノヤロー!!ムカつく〜〜
そりゃあ今はこの程度だけど、練習すれば私だって……


私だって〜〜〜〜!!




気の強いはそう叫びたかった。しかし彼女は『気は強い』が『小さい』のである。
言いたい事も言えず悔しさでグッと手綱を握り締め、その手は小刻みに震えていた

すると、と政宗の怒りを宥めるように小十郎が言葉を添える
「政宗様、この短い期間でここまで乗れるようになったは素質があると言えましょう」と。



これぞ天の助け、は涙が出そうになるほど感動した

やっぱり優しいよ〜〜、小十郎こそ白馬の王子様に違いない
これが俗に言う『アメとムチ』だったということをはまだ気付いていなかった




がふにゃけた顔を浮かべていると、小十郎の言葉がお気に召さなかったのか
政宗はますます眉を吊り上げ足元の枝葉を拾い上げ不敵な笑みを浮かべるのだった



ぎくり



一瞬の背中に嫌な汗が流れ出るのがわかった。



政宗が手にしている枝葉は彼の手で良く撓っていてまるで鞭のように見えた
まさかそれでビシビシっとやるんじゃないよね?言っとくけどMの気はないんだけど…


すると政宗は枝葉を撓らせながらニヤリと唇の端を上げた



うっわ〜〜、伊達政宗ってドSかよ!!



心の中でそう叫んだ瞬間、政宗はではなく太刀風の尻を打った
すると太刀風は悲鳴に近い声で一啼きし、いきなり走り出してしまった




うっぎゃあ〜〜〜〜!!




いきなり走り出した太刀風のスピードには落ちないようにしっかりとしがみつくしか出来ない
風と一体感になるのなんて夢のまた夢。味わった事のない体感に恐怖心しか湧かなかった




助けて〜〜〜、落ちる〜〜、死ぬ〜〜〜!!!






「政宗様、宜しいのですか?」




宜しくはないだろ?素人の乗る馬のケツを叩いて走らせておいて何を暢気に構えてやがるんダ!?
が居たらそう激怒しているとこだろうが、当の本人は馬に乗っている


小十郎の言葉に政宗は「ちっ」と舌打ちすると、自分は五島に乗りを追い掛けた
その背中を見送りながら小十郎はそっと呟く。「政宗様、覚悟なさいませ」と。








さすがは武将、馬に乗るのは朝飯前と政宗は猛スピードで太刀風に追いつく
あっという間に太刀風と並行した政宗は腕を組んだままの様子を窺った
しかもよせばいいのに無様なほど馬にしがみつくに「何をしている?」と悪態を吐く



何をしている?じゃねぇよ…お前が余計な事するからこんな事になってるんだろーが!!
落ちて死んだらどう責任を取ってくれるんだ、くそったれ〜〜!!



恐らくの心の叫びはこんなところだろう。
コイツにだけは助けられたくない、そう思っても今の状況ではではどうする事も出来ない


は「助けて」と恥を忍んで訴えるが政宗は「無理だ」と、それを受け入れない






「…落ちる」

「だろうな」




悔しかった、何でこんな目に合わなければいけないのだろう…
好きでこの世界に足を踏み入れたわけじゃないのに…




と政宗の間にどれくらいの時間が流れたのかわからない
もう疲れた。このまま落ちたら元の世界に戻れるかなぁ



の心に諦めが芽生え始め、手綱を持つ手の力が抜けると政宗の声が響いた




、上体を起こせ!」

「…無理」

「落ちたくなかったら手綱をしっかり握って身体を起こすんだな」




何を今更…。


そう思っている筈なのに、もう落ちてもいいと諦めた筈なのに、身体が政宗の言葉に反応していく

もう死んでもいいと思っているのに心と身体が拒絶しているなんて…私は死にたくないんだ
は矛盾する自分の心に苦笑しながら政宗の言う通りに身体をゆっくりと起こした。

しかし、だからと言って太刀風が止まってくれるわけではなかった




「膝をしめろ!背筋を伸ばして手綱を引けっ!」




手綱は下方に向けて強く引けという政宗の言葉を信じるしかない
これで止まらなかったらもう落ちるしかないんだ。もし落ちて死んだら末代まで祟ってやる。

はそんな気持ちで手綱を下方へ力一杯引いた。すると太刀風の首が上がりブレーキがかかった
そして、がもう一度軽く手綱を引くと太刀風は脚を緩めながらゆっくりと止まった



はホッと胸を撫で下ろすと「太刀風、ありがとう」と呟くとそのまま身体を太刀風に預けた






恐怖⇒安堵とくればの場合、次に来るのは怒りだろう
案の定は抱きかかえられるように馬から降ろされるといきなり政宗の頬を打った


赤くの手形が付いた頬。だが、政宗は黙っていた




「アンタ、動物愛護協会に訴えてやろうか?それとも鞭でアンタのケツを打ってやろうか?」




そう言って政宗に掴みかかったが、の力はそこまでだった。
緊張が解け、全身の力が抜けていきは膝から崩れ落ちた。




「ちゃんと走れたじゃねぇか」




政宗はそれだけ言っての頭をクシャッと撫で、フッと笑った



胸の奥が『きゅん』と締め付けられるように鳴った気がした


その瞳があまりにも優しくて、は政宗の行動が悔しいけど理解することが出来た




それは計算なのか持って生まれた本能というものなのか…




コイツ…ちゃんとイケメンの条件を満たしてやがる








その後、赤くなった政宗の頬を見て小十郎が「やはりな」と唸った事は間違いない。















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