素材 Abundant Shine








あれからどれくらい時間が経ったのかな?

突然鳴り出したお腹の虫で昼食を摂っていなかった事に気付く


ヤベッ、聞こえなかったかな?


はお腹を押さえながら隣の席に目を向けた
すると小さな寝息が聞こえてきて、仁王くんが眠っているのが分かった










SEASONS〜Spring〜 #003:妄想はほどほどに。










「よし、終わった!うんうん、完璧じゃん」




名簿の出来栄えに自画自賛しながらプリントをまとめていると、
「終わったのか?」と仁王くんが眠そうに顔を上げた




「あ…ごめ……うるさかった?」

「ん?…いや、お前の腹の虫の音で目が覚めた」








私は大人ではありません。精神的に。小さい人間だと思いました。
彼が病気でなかったらきっと張り飛ばしていたかもしれません。
正直、そう思う程向かっ腹が立ちました。

大人気ないかもしれないけど、苛立ちを隠すために無言で出来あがった名簿を片づけていると
仁王くんが名簿を覗き込んで「お前、字が上手いんだな」とフッと笑ったんです。

迂闊でした。彼があんな風に笑うなんて…


何の取り柄もない私だけど字だけは自信がありました。


実に単純です。それを褒められただけで私の怒りは消えていました。






「遅くなってごめんね。これ届けてくるから仁王くん先に帰ってていいよ」




プリントをまとめて席を立つと、仁王は「お疲れさん」との頭を軽くポンと叩いた




「お前はここに座っときんしゃい。俺が届けてくるぜよ」




仁王はを座らせると手際よくプリントをまとめ、もう一度念を押すようにを指差して
「ここで大人しくしときんしゃい」とニッと笑い、楽しそうに教室を出て行った



えっ!? えっ? えぇ――っ!!

なんなんだ今のは?

急に心拍数が増えたような気がするんだけど…






**********






少しして教室に戻ってきた仁王は「大人しく待ってたみたいじゃな」との頭をひとしきり撫で、
「じゃあ行くか」とスポーツバッグを肩に掛けた




「行くって…どこに?」

「腹が空いているんじゃろ?お前さん頑張ったしな、昼飯奢っちゃる」

「え!?い…いいよ」

「遠慮しなさんな」

「え…遠慮じゃなくて…」




お腹は空いてるよ。でも仁王くんに奢ってもらう意味がわかんない。
それに、気を使ってくれているなら倒れないうちに帰って欲しい。

…と、は思っていた



しかし、彼は「心配しなさんな」とポケットから数枚の券のようなものを出して
「ちゃんと報酬はせしめて来たぜよ」と意味深な笑みを浮かべた




「報酬?」

「当然の権利じゃろ?」




仁王くんは名簿作成の報酬を先生から受け取って来たのだと、
ファーストフードのクーポン券を奪ってやったと笑っていた






**********






半ば強引に連れて来られたファーストフード店。

何だかテーブル一杯に「こんなに食えるか」と思う程いろいろ並べられて、
最初は躊躇っていたけど空腹には勝てなくて、気が付けば口一杯頬張っているなんて…

しかも、少食そうに見える仁王くんがガツガツ食べている
その姿はとても病気持ちとは思えない




「ね、大丈夫なの?」

「何が?」

「早く帰った方がいいと思うけど…」

「何でじゃ?」

「何でって……そ、そりゃ…こんなとこで倒れられたり…吐血とかされたら…」




がお経や呪文をブツブツ唱えるように独り言を言っていると額に痛みを感じ
我に返ると、どうやら仁王にデコピンをされていた事に気付いた




「のぅ、…」

「いててて…な、なに?」

「俺の髪の毛じゃが…」

「か、髪の毛…?そ、それが?」




何で急に髪の毛の事を言い出したのだろうと仁王くんを見ると
彼は自分の髪の毛を指先に絡めると「よく染まっちょるじゃろ?」と口の端を上げてニッと笑った




「そうだね……って…え!?」




聞き間違い? 今染めたって言った?
あれ?あれれ? 何か頭がこんがらがってきちゃった




「そ、それって…薬の副作用で白く…」




どうか聞き間違いであってほしい。

どこかでそう願いながら確かめるように聞くと、彼は「ピヨッ」と訳のわからない言葉を発し
ベーッと舌を出し「そんな訳ないじゃろ」と笑った






分かってます。彼は私を騙したわけじゃないって…
彼の髪の色を見て病気だって思ったのは私のただの妄想だっただけ。

だけど、だけど…




「仁王、テメェ…」




は全身が恥ずかしさと怒りで震え出すのが分かった
テーブルを叩き立ちあがると、やっとの思いで「帰る」とだけ告げると店を飛び出した




「おっと、待ちんしゃい」








背中越しに名前を呼ばれた気がしたが、
今のの頭の中には『この場から逃げたい』、それしかなかった















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