素材:Abundant Shine








あれはほんの数ヶ月前の事だった


欲しくもない血筋に縛られるのに嫌気がさして故郷を飛び出した時のこと
がふと立ち寄った酒場で出会った赤髪の男



赤い髪、左目から頬にかけての傷跡、
男は、穏やかなのにどこか人並ならぬオーラを漂わせていた





「ねぇ、一杯奢ってくれない?」

「おいおい、ジュースでも飲んでた方がいいぜ お嬢さん」

「っるさいわね…これでもお酒が飲める歳なんだから心配しなくてもいいわよ」




赤髪の男は少し意味あり気に笑うと、「そうかい」と自分のグラスをスーッと滑らせた
は一気にそれを飲み干すと席を立った




「ごちそうさま」

「どういたしまして」










01:赤髪の男










店を出ると、外は既に真っ暗な闇夜だった
満天の星と少し欠けた月だけの世界の中、は足を海の方へ向けていた


店を出て南の方向、小さな森があってそこを抜けると海だ
幸いな事には夜目が利く、どんなに暗闇でも不自由はしない


明かり一つない場所でも昼間と同じように行動が出来る
だから、森を抜けて海までの道のりは容易いものだった




しかし、数百メートル歩いたところで物々しい気配に包まれたのを感じた


森の中の木々が騒ぎ風が囁く




一瞬風がピタリと止まり自分が取り囲まれているのが分かる



はここで大きく息を吐く




「いいかげんにしなさい」




そう叫ぶと、木の陰から一人の男が現れての前で跪いた




「姫様、どうかお戻り下さい」

「戻らないって言ったでしょ」

「ですが……姫様は……の血を引くお方…」

「別に好きで血を引いた訳じゃないわよ」

「姫様がどうしてもお戻りにならないのであれば不本意ではありますが力尽くでも戻って頂きます」

「力尽く?」

「はい、それがお館様のご命令でありますので…」

「あのクソ親父…」




冗談じゃない
ここで戻ったら元の黙阿弥じゃない?


アタシは血など関係なく生きたい




―― 自由に






右手に短剣、左手に曲刀、双剣を空で十字に斬り風の剣を振るう




「烈風朔っ!!」




冷たい風が木々を揺らし、小さなつむじ風が木の葉を舞い上がらせた
そして、それは次第に大きくなっての身体を包み込む




「姫様っ!」





それは一瞬の出来事だった


の姿はもうそこにはなかった










「ったく、しつこいんだから」




こんな所でモタモタしてたらマジで捕まっちゃう



は木の枝から枝へと飛び移りながら海へと急いだ
その様はまるで背中に翼があるように見えた






「鴉…か?」




その声に反応するようにが地上へ降りると、そこに赤髪の男が立っていた




「アンタは……さっきの赤髪…」

「憶えていてくれたとは光栄だな」

「で、アタシに何の用?」

「いやいや、用ってほどのもんじゃないんだが…アンタの飲みっぷりが気に入ってね」




こんな事なら酒を奢ってなんて言わなければ良かったと後悔しながらは軽く舌打ちした
しかもこんな所で悠長に時間を取られる訳にもいかない


は「そりゃあどうも」と口先だけで礼を言って背中を向けた
すると、いきなり腕を掴まれ男のマントの中に引きずり込まれた




「ちょっと何すんのよ、アタシ急いでるんだけどっ」

「追われてんだろ?」

「べっ、別に追われてなんか……ただ…捕まりたくないだけよ」

「それを追われてるっていうんじゃないのか?」

「ま、まぁ、そうとも言うけど…」

「逃がしてやろうか?」

「えっ!?」




は耳を疑った


アタシを逃がしてくれる?




この赤髪が名の知れた海賊だっていうことはさっきの酒場で耳にしたけど…
何で海賊がアタシを逃がしてくれるわけ?




「あ…知らない人にはついて行くなと教わってるから…」




自分でもバカなことを口走ったと思ったわよ



だけどそんなに大きな口を開けて笑わなくてもいいじゃない?

しかも「お嬢ちゃんは酒が飲める歳じゃなかったのかい?」なんて
絶対アタシを子供扱いしてるに決まってる



は赤髪の男が笑ってる隙に彼のマントからするりと抜け出した




「そんなに笑わなくてもいいでしょ?」とが口を突き出すと
男は軽い調子で「こりゃあ失敬」と片手を上げたけど、その肩は小刻みに揺れていた



は子供扱いされたのが面白くなくてプイッと顔を背け
「逃がしてくれなくても結構よ」と言い放ち、背中を向けその場を去ろうとした




「待ちな」

「何よ」

「俺は海賊だ、船もある…お前一人を逃がす事なんか簡単な事だ」




を呼び止めた赤髪の顔はさっきまでのふざけた顔ではなく真剣な眼差しだった
その瞳にはをからかう意思は感じられない


だからと言って素直に「お願いします」と言える筈もなくは迷った




「何で?どうして見ず知らずのアンタがアタシを逃がしてくれるって言うのよ」

「言ったろ?お前の飲みっぷりが気に入ったって…な」

「ふざけないで!」

「いや失敬、正直言うとお前に少し興味がある」

「は?」




興味があるって?アタシに?


ちょっとこの人…見た目は悪くないけど危ないオッサンじゃ……




は後退りしながら後ろ手に剣を構えた
すると赤髪は「俺をさっきの術で吹き飛ばすつもりか?」と笑った




「別にお前を取って食おうなんて思ってないさ」

「じゃ、目的は何?……ま、まさかアタシの身体が目的?」




ハイ、言って直ぐに後悔しました

顔から火が出るような勢いで真っ赤になっていく様が自分でも分かった


自慢じゃないけど、男が涎を垂らすようなイイ女じゃないって事も承知している
それなのに赤髪の男は「ブッ」と吹き出すと今度は腹を抱えて笑い出した




「そんなに笑うな!」

「ははは、悪い悪い……だがな、本気で出たいと思っているなら船に乗せてやるぞ
 勿論タダで乗せる訳にはいかないがな」

「金なんか持ってない」

「金じゃないさ…船に乗るからには他の連中と同じように働いてもらう」




他の連中と同じようにって…コイツ、海賊なんだよね?
海賊の仕事って何なのよ?


他の船を襲って、お宝を頂戴したりするのを手伝えってことなのかしら?




赤髪の男にそう言おうとしたが、またバカにされそうなので黙っていると
男は「どうする?」と答えを求めてきたが、即答なんて出来る訳がない




「俺達は夜明けには出航する 来る気があるなら船で待っている」








夜明けまで僅かな時間だ




男は僅かな時間の猶予をに与えると、後は何も言わずに立ち去って行った






恐らく男の立ち去って行った方に彼の船があるのだろう




は森の中を消えていく赤髪の背中をずっと見つめていた















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