素材:clef様
幸せを願う形は一つじゃない 誰もが愛しい人の幸せを願っている 例え傍に居なくても、幸せを願う気持ちは変わらない 大人には大人の事情ってぇもんがある 6 翌朝、新八が目覚めると銀時は部屋にいなかった 「姉上、銀さんを知りませんか?」と新八がお妙に尋ねると お妙は「しっ」と人差し指を立て、黙って庭先を指差した そこには銀時とがいて、何か話しているようだ 新八は声を掛けようと思ったが、それはあまりにも自然に溶け込んでいて 誰にも踏み込めない領域のように見えた 新八はガラにもなく絵になる二人だと思った 普段の銀時なら絶対似合わないその光景も今はすごく似合っている 「新ちゃん…二人の邪魔をしちゃダメよ」 「ヤ、ヤダなぁ姉上…そんな事しませんよ」 いつもは自分が銀時に守られているけれど、 今は自分が銀時を見守るのだと新八は思っていた 庭先で銀時は大きな欠伸を一つして眠そうな顔をしていた その気配ではクスッと笑い、 「銀八さん、こんな朝早くにどうしたんですか?」と尋ねた 「いやね、坂田銀時という男を捜してみたんですけどね…」 「銀…八さん…もしかして銀さんを探してくれていたんですか?」 「あ…まぁうちは万事屋だし、新八が依頼を受けちゃったし…」 「ご迷惑でしたか?すみません」 は「報酬は払いますから」と頭を下げた 銀時は自分の中で一つの決意はしたものの上手く切り出せない これじゃ新八に説教されても仕方ないと自分の不甲斐なさに苦笑してしまう 俺も新八みてぇに素直だと気持ちを伝えられるのかもしれねぇな だが、生きてきた時間の流れが長いほど不器用になっていく それが大人になるって事なのかもしれない 「金はいらない…あ、お金は喉から手が出るほど欲しいけどね あっても困るもんじゃないし…あ〜うそうそ」 なかなか切り出せない言葉を適当に冗談めいた口調で流すと は「お金ならお支払いします」と真剣な表情になる 「あ〜、いやいや…」 銀時は自分の頭をくしゃっと掻きながら「いらない」を繰り返した 「それじゃ…探してもらえないのでしょうか?」 報酬を受け取らないという事は銀時を捜してもらえない 銀八が銀時だと分かっているのに、もまた銀時と同じ様に切り出せずにいた 素直に気持ちを打ち明けられないような大人にはなりたくないと言った 新八の言葉が頭の中にふと過る 俺だってなぁ…こんな大人になろうなんて思っちゃいなかったさ この期に及んで銀時は新八の問いに答えていた 銀時自身がにしてやれること。 幸せを願う形は一つではない。 例え傍にいることが出来なくても、 いつでも、いつまでもお前の幸せを願っている そして、どんな事があってもお前の事は忘れない たったそれだけの事を伝えれば事は終わってしまえるのに 大人になるという事はそんな些細な勇気さえ失ってしまうものかと 銀時は言葉にならない思いに歯痒さを感じていた 「やっぱり…捜してもらえないんですね」 「いや…捜すとか捜さないとかじゃなくてだな… つまり、坂田銀時という男はこのかぶき町にはいないってことだ」 かぶき町にはいない… ずるい言い方かもしれないが、諦めるにはそれが一番手っ取り早い方法だと思った だが、は何も言わず銀時を見つめていた 何も映らないその瞳には情けない顔の銀時がハッキリと映っている 「悪い事は言わねぇから諦めた方が…」 情けないと思いつつも、あえて情けない男を演じ続けるしか銀時には出来なかった 変わる事も変える事も出来ない運命ならその方がいいに決まっている しかし、は諦めの色を見せなかった 「……でも…会いたい」 『諦めろ』と『会いたい』を二人は幾度となく繰り返すだけの会話を続け どちらも折れる事のない言い合いが絆になっている事にも気づかない 「まったく強情なお嬢さんだぜ」 「それはお互い様です」 「その我侭っぷりはお嬢様の特権ですかー?」 我侭なのだろうか… 銀時に会いたいと願うのは自分の我侭でしかないのか、 でもは、例え我侭と言われようがそれを押し通したかったのだった 「だいたい銀時に会ってどうするつもりなんだ?」 「それはっ…」 「結婚するんでしょーが…だったらそのまま幸せになりゃあいい」 「私は…」 私はただ… あの時の約束はもう消えてしまったけど、私は今幸せなんだと 銀時にも幸せになってもらいたいと、それだけを伝えたい もうこの目に銀時を焼き付ける事はできないけれど それでも記憶の中の銀時に伝えたい そう思う事は銀時の言うように私の我侭なのかもしれない 分かってはいても上手く伝えられない思いに 堪えていた涙がすーっとの頬を伝う を泣かせたい訳じゃない 「ったく…しょうがねぇな」と、銀時は戸惑いを見せながらも小さくそう呟き、 「いい子だから泣かないでね〜」と少しおどけながらの頭をそっと撫でた 「ぎ…銀…さん?」 思いがけない銀時の行動に今度はが少し戸惑いを見せ、 銀時は覚悟を決めたようにフッと笑った 「…いいヤツなのか?」 「え?」 「お前の結婚相手だよ」 「…うん、すごく優しい人だよ」 「俺とどっちがいい男だ?」 「…彼の方が銀さんより何倍も素敵だよ」 「あーぁ言っちゃったよ、言っちゃってるよ そういう時は嘘でも銀さんの方が素敵っ!って言うもんでしょーがっ!」 「無理だよ…、私…嘘はつけない」 「お前ねぇ…そういう時はついていいの こういう時につかないでいつ嘘をつくのよ」 「うん……銀さんの方が素敵だよ」 「あれれ、俺ってもしかして無理矢理言わせちゃった?言わせちゃったよなぁ しかもお前棒読みで心こもってないし…銀さん泣いちゃうよ〜」 ずっと抱いていた淡い思いを伝える術は俺にはない 真面目に言葉にするほどの素直な心もどこかに置いてきちまった せめて、冗談に流して言ってしまうしかない だけど、これだけは俺の本当の…素直な俺の心だ 銀時はをそっと抱き締めた それは最初で最後の優しく、長い間の想いが伝わる抱擁だった 「なぁ…お前はなぁ幸せになっていいんだ 俺はいつだってお前の幸せを願っている」 「私は…銀さんにも幸せになってもらいたい」 「何言ってるのかなぁ!?俺は幸せですよ〜…昔も今も…な」 「銀さん……ありがとう」 「ありゃ、勘違いしちゃってるよ 誰が銀さん?ね、銀さんって誰ですか〜?俺は坂田銀八だって言ったでしょーが」 「え!?」 「やっぱり誤解しちゃってるよ…今のは俺が銀時だったらそう言うかなぁ …なんて思った訳よ……ね、似てた?似ちゃってたりしたかなぁ」 「いいえ、似ていません。銀さんはそんなにバカじゃありませんから」 は銀時の腕の中をすり抜けると真っ直ぐに銀時を見つめ、 その瞳には銀時がハッキリと映っていた これで終りだ… うん そうだろう? そうだよ 言葉にはしないが、銀時とは互いに心の中で語り合っていた 「銀…八さん…、もし銀さんを見つける事が出来たら は幸せになりますって伝えてくれますか?」 「必ず伝えてやるさ」 「ありがとう、銀……八さん……私…帰ります」 「ん…あぁ…それじゃ新八と神楽に送らせよう」 「いいえ…私はもう大人ですから一人で大丈夫です」 「そう…だな……お前はもう立派な大人だ 自分の足でそうやって進んでいくんだからな」 は深く頭を下げると、一度も振り返る事なく妙の家を後にした 銀さん、最後まで嘘をついてくれてありがとう 私はね最初からあなたが銀さんだって分かっていたの だって…銀さんはちっとも変わっていなかったから… ほんの短い時間だったけれど、昔のように過ごせて楽しかったよ 銀さんが幸せそうで本当によかった どこにいてもいつだって銀さんの幸せを願っているからね … お前を抱きしめた時懐かしい匂いがした ずっと探していたものを見つけたようなそんな気がした 俺はいつだってお前の幸せを願っているから笑っていてくれ 俺たちが生きている限りお前は永遠に仲間なんだ だから… ずっと… 「お〜い新八、帰るぞ〜」 幸せを願う形… 銀さんは見守るという形でさんの幸せを願ってきたんだ それでも僕は最後にもう一度だけ銀さんに聞いたんだ 「本当にあれでよかったんですか?」 銀さんは洞爺湖で肩をトンと叩きながら笑って… 「大人にはなぁ、大人には大人の事情ってぇもんがあるんだよ」 BACK TOP
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