素材:clef様
「お嬢様…、お嬢様、本当にお一人で大丈夫でございますか?」 「大丈夫よ、心配しないで」 「もう大人なんやき、心配しのうていいぜよ」 「ふふふ」 は、これからかぶき町に向かおうとしていた 数年ぶりに坂田銀時に会うために… 大人には大人の事情ってぇもんがある 1 「不安じゃったら送るがでよ」 「うふふ、辰馬さんも案外心配性ね」 「そうじゃのう…なら、アイツに会うたら宜しく言うとうせ」 は古くからの知り合いである坂本辰馬に銀時の居場所を教えてもらい訪ねることにした の家の者や辰馬がここまで過保護に心配するのには訳があった それは、財閥の一人娘のは大事に育てられ、 生まれてこのかた一度も一人では外出した事がなかったからだ そんな心配を他所に初めて見るかぶき町の街並みをはワクワクしながら歩いていた ここはかぶき町、スナックお登勢の2階。 万事屋の看板を掲げる部屋の中ではいつもの光景が広がっていた 「銀さん、いいかげんに起きて下さいよ」 「あと5分」 「5分ぽっち寝たってしょうがないでしょ ほらほら早く起きて下さい、掃除するんだから」 「おいっ、5分ぽっちたぁなんだっ!5分ありゃあな… 5分ありゃ…カップラーメンができる時間より長いんだぞ…むにゃむにゃ」 「そうだそうだ、貴重な時間を潰すんじゃねぇ…むにゃむにゃ…」 「まったく神楽ちゃんまで…」 こんな光景は毎度の事で、坂田銀時は志村新八や神楽と共に万事屋を営んでいた おいおい、共になんてなぁ営んじゃいねぇぞ 営んでいるのは俺であって、こいつらはただの居候だ、居候(by 銀時) 「まったく朝っぱらから…新八、掃除っつーのはなぁ、静かにやるもんだ」 「いや、それは無理ですから」 「むにゃむにゃ…」 「寝言かよっ!」 新八のツッコミもどこ吹く風で、銀時はまだ半分寝惚け状態で起き上がると布団の上に座った 「銀ちゃん、まだ眠いアルよ」 「俺だって眠い………って、コラァ!何でお前が俺の布団で寝てやがる!?」 「ん?…何言うか銀ちゃん、夫婦は一緒に寝るって決まっているアルよ」 「なるほど……って、誰と誰が夫婦ですかっ」 新八はやれやれとばかりに大きく溜め息をつく その時、玄関の方から「ごめんください」と若い女性の声が響いてきた 「あ…きっと依頼ですよ、僕が相手してきますから起きていて下さいね」と、 そう言うと、新八はいそいそと玄関に向かった やっと仕事が入る これで、久しぶりに美味しいものが食べられる…家賃だって払える いやいや、給金だって貰えるかもしれない 新八は思わず頬が緩むのを覚えながらスキップをしていた 「いらっしゃいませ〜」と弾む声で挨拶をしようとする新八の前には既に銀時がいて いつからお前は二枚目俳優になったんだ?とツッコミたくなるほどの仕草で 客を招き入れていた 「うわっ、早っ!」と、新八が驚くのも無理もない 今回の依頼主は、かぶき町界隈では滅多に見られないだろうと思える程の綺麗な女性だったからだ 「私はと申します。こちらに坂田銀時さんがいらっしゃると聞いて…」 その時の銀さんの顔を僕は一生忘れないだろう まるで懐かしい者に会ったような… 違う…、これは愛しい人への優しい眼差し…よく分からないけど、僕はそう思った それなのに、「ここには坂田銀時なんて男はいらっしゃいませんよ〜」と、 銀さんは急に冷めた口調で、それこそ他人事のように言ったんだ どうせいつもみたいに冗談を言っていると思ったから 僕もいつもの調子で「銀さん…なに言って…」なんて思いっきり突っ込もうとしたんだけど 銀さんの瞳は笑っていなかった 僕の口から不意に出た『銀さん』の名に さんは「え?銀さん?……それじゃあなたが…?」と、嬉しそうに微笑んだ しかし、銀時は「いえいえ、私の名は坂田銀八です」と 自分が坂田銀時である事を否定してしまったのだった 新八が「え〜〜!?銀八ってなに?ねぇ銀八って誰っ!?」と、瞬時に突っ込んだが それには反応せず「そして、これが部下の志村新八」と、白々しく新八を紹介した 僕はね、銀さんの様子が変だと思ったんだよ でも咄嗟に出た言葉は「僕って…部・下・で・す・かぁ〜〜!?」だなんて、 完全に銀さんのノリについていっている自分が恨めしかった 「そして私が神楽八アル」 「まあ…みんな『八』がついていらっしゃるんですね」 「そして、ここは万事屋『八ちゃん』です」 万事屋『八ちゃん』ってなんなんだよ〜 ねぇ、いつからここは『八』ばっかりになったんですかぁーーーっ!? おまけに神楽ちゃんまで加わっちゃってさ… もう、半分はヤケクソだよ 事情が分かるまで銀さんのノリに付き合ったほうが懸命かもしれないと、突っ込む事を諦めた 「そしてこれが…ウンコたれの定春八」 定春まで巻き込まれて、話はどんどん逸れていく 「銀ちゃんひどいね…定春はウンコたれじゃないアルね」 「うるさいんだよ、いつでもどこでもするだろーがっ」 「なに言うか、出物腫れ物所構わずって言うアルね」 「コラッ、女の子がそんな事言っちゃいけませんっ」 「女王だからいいアルよ」 定春はウンコたれと言われたのが頭にきたのか、 名前に『八』をつけられたのが気に入らなかったのか、これまたいつもの様に銀時の頭に齧りつく あはははは… もう、どうでもいいよと新八は力なく笑ったが、 だんだんと話が飛躍して、しまいには宇宙までいってしまうのではないかと… それはさすがにに失礼だと思い、申し訳なさそうに頭を下げた だが、はそんな事には動じず「はじめまして定春八さん」と、 定春にかぶりつかれて頭部からダラダラと血を流す銀時をにっこり微笑みながら 定春に握手を求めようとそっと手を差しのべた なに、この人… この人もこんなノリの人? 目の前で銀さんが定春に噛まれて血をダラダラ流しているのに… そんな穏やかな笑顔でいられるなんて… 新八はもしや自分が一番バカなのでは?と呆然としたが、一番驚いたのは定春の行動だった 他人に馴れるようで馴れない定春が何故かの手をぺろりと舐めたのだ 「おぉ〜〜っ、定春が咬まないっっ!!」 しかし、その理由は直ぐに分かった どうやら定春もオスだったようで… 綺麗な女性には咬みつくなどという行為はできなかったようだ 「お前は犬でしょーがっ!色気づくならメス犬にしときなさいっ!!」と、 銀時が軽く舌打ちをしたが、は定春にそっと触れるとさらに妙な言動を続けた 「まあ、定春八さんって大きくて毛深いんですね」 の言葉に銀時も新八も、そして神楽でさえも一瞬固まった その時、誰もが『誰が見ても犬だしっ!』と脳内ツッコミをしたのは言うまでもないだろう 「こんなに大きくていらっしゃるのにウンコたれなんですの?」 「「え゛っ!?」」 気になったのはそこ?そこなの? しかも言っちゃったよ、この人言っちゃったよ!! 神楽ちゃんならともかく…、こんな綺麗な人が『ウンコたれ』なんて… さんて、ただのバカ!? いやいや、もしかしたらすご〜く大物なのかもしれない 新八がそんな事を考えている間にも話はどんどん方向違いの方に進んでいて がここへ来た目的が何なのか、はたまた『坂田銀時』の存在がどこへいったかも 分からない状態になってきている 「コラコラ、ウチの神楽八ならそんなの日常チャメシゴトだけどねぇ、 君みたいな綺麗なお嬢さんがよりにもよってウンコたれだなんて言っちゃダメッ! そう、ダメ絶対っ! ウンコたれだなんてっ」 「とか言いながら、自分は二回言ったよ、この人」 「俺はいーのっ、おーれーはっ! 中二の夏の頭脳を持つ立派な大人なんだからっ」 「それもうすでに大人じゃないでしょ」 「大人なの。 誰が何と言おうと銀さんは大人なのっ」 新八は銀時とこんな漫才の様なやりとりをしながらも疑問を感じていた 銀時はいつものようなノリとツッコミでやり過ごしている だが、そこには妙な違和感があって… そう…銀さんはわざと話題を逸らしている? とりあえず新八は事情が分かるまで銀時に合わせていようと思っていたが しかし、こんな時に限って神楽が核心をついてくる 「二人ともいいかげんにするアルね、さんが呆れているね」 それだよ、それ 本当は僕がそれを言いたかったんだよ 「うふふ、楽しそうね」 「そう思うか?ならお前もバカになってみるか?」 ちょっと神楽ちゃん、せっかく核心をついたっていうのに 何で話を元に戻しちゃうかなぁ だいたい失礼でしょ?お客さんにバカになってみる?なんて言っちゃってさ 「はい」 うぉーーっと、さんまでハッキリ返事をしちゃったよ それこそ銀さんの思うツボじゃん 絶対ここぞとばかりに突っ込んでくるに決まってるよ 「その『はいv』って何?俺どーすりゃいいの? え? っていうかアレ?ツッコミ待ち?それとも、もしかして俺バカだって思われてる?」 ほらね、僕の言ったとおりでしょ? いいかげん穏やかな人でもそろそろキレる頃では?と新八の心配をよそに は優しく微笑むと、自ら話を戻していった 「うふっ、銀八さんってよく似ています」 「銀さんが誰に似ているって言うんですか?」 「私の探している銀さんです」 そうだった、彼女は銀さんに会いにここに来たんだよな ここに銀さんがいると訪ねて来た様な事を言ってたし… 銀さん…、もう逃げられないんじゃないの? 僕が一瞬垣間見た銀さんの顔はどこか曇っていて、眉間にも少し皺を寄せ考え込んでいた しかし、すぐにそれを悟られないようにいつもの調子で茶化す その時、新八はふとある疑問が浮かんだ この人は銀さんの知り合いで、銀さんを探している 知り合いという事は明らかに顔も分かっているということなんじゃ…? 目の前に探している銀さんがいるというのに何故気付かないのだろう 彼女の知っている銀さんは、今の銀さんとはまったく違うのだろうか? 「あの…さんは銀さんの顔を知っているんですよね?」と、新八が遥に訊ねると 勿論とばかりに遥は大きく頷く 「えーと…それじゃ、目の前にいる銀さんはあなたの探している銀さんじゃないんですか?」 おいおい、何言っちゃってるの? それじゃ俺が彼女の探している『銀さん』だって言ってるようなものじゃないのっ 新八の言動に声を出して突っ込めない銀時は、脳内で突っ込みながらアイコンタクトで訴えた 「でも…その方は同じ銀さんでも銀八さんなんですよね?」と、 だから雰囲気は似ていても名前が違うのだとは思っているようだ そうそう、俺は銀さんでもあくまで『坂田銀八』な訳よ 銀時は諦めかけているにホッと胸を撫で下ろした しかし、そんな人の気も知らずに新八が「諦めるんですか?」などと余計な事を言い出す しかも神楽までが「なに言ってるか、銀ちゃんは銀ちゃんアルね」と… 新八ィイイイ〜〜、神楽ァアアア〜〜〜、 子供っていうのは時にはとても残酷な生き物です 素直に直球でくるのもいいんですけどっ、大人には大人の事情ってぇもんがあるんだよ なんかさぁ…あやしい雰囲気になってきた感じ? このままじゃ俺が坂田銀時だってバレるのも時間の問題みたいな? 「神楽八〜、いい子だから定春…八にウンコをさせてきなさいっ」 せめて神楽だけでもこの場から追い出そうと、銀時は定春の散歩を促したが 当の神楽は何を勘ぐっているのか「定春は今日はウンコしないアルね」などと言う始末。 まったく子供には困ったもんだ、銀さん本当に困っちゃうんだなぁ… 大人には事情っつうもんがあるんだってこと教えないとな 「なーに言ってるの、女王様っ! 部屋の中でウンコしたらどうすんですかっ!」 「まあ、定春八さんは部屋の中でウンコをしますの?」 「だからアンタもウンコを連呼しないのっ 見て分かりなさいよっ、定春は犬っ!どー見ても犬な訳っ」 「え?…犬…だったのですか…?」 「体はでかいけど定春は立派な犬アルね」 「すみません…気づかなくて…」 「銀ちゃん安心するアルね、この人銀ちゃんよりバカね」 「何言ってるの、何言っちゃってるの神楽ちゃん、銀さんよりバカな人はいないって」 「そこの二人っ、それってフォローに…ちーっともフォローになってないでしょーがっ」 何とか話をまた上手く逸らせたような気がして銀時はまたホッとしたが 直ぐにの言葉がおかしい事に気付いた 『犬…だったのですか?』 いくらお嬢様だからって言っても犬くらいは知っているだろうし見た事もあるだろう しかし、の様子は定春が犬だと気付いていなかった つい今しがたまで賑やかな声が響き渡っていた部屋に静寂さが広がって、 はもしや自分が『KY』なヤツなのかと勘違いしてしまい 「あ、あの…ごめんなさい」と、深々と頭を下げた 新八が「どうしてあなたが謝るんですか?」と、すかさずフォローにまわり 神楽も「誰もKYなんて思ってないアルね」と彼女らしいフォローをした するとは「実は…」と申し訳なさそうに自分の事情を話し出したのだった 僕は何で気づかなかったのだろう…まさか彼女の目が見えなかったなんて… 曇りのないまっすぐ見つめる大きなその瞳に何も映っていない だから定春が犬だっていうことも、そして目の前にいる銀さんが 彼女の探している銀さんだっていうことも分からなかったんだ 「いつからだ?」 「はい?」 「あ…いや」 銀さんは動揺している…と、僕にはそう見えた の目が見えない? 銀時はゆっくりと立ち上がると、「ちょっと用事ができた」と 誰が聞いても嘘だと分かる言葉を残して部屋を出て行った TOP NEXT 2007/06/14 |