素材 Abundant Shine 様
うっ いたた くほっ そうです、ご推察の通り筋肉痛でございます。 自慢じゃないけど私は決して運痴ではございません。 部活にこそ入っていませんが体育の成績は悪くありません。 しかし、この筋肉痛はなんだーーーっ!! 普段あまり使わない箇所の筋肉を使うととんでもない事が起こるのだと知りました。 っつーか、マジ痛いんですけど… 婆娑羅7 〜現実逃避?〜 「おい、入るぞ」 筋肉痛の体を必死で動かしていると、いきなり襖が開かれた ちょっと待てィ! 断りの声を掛けたとはいえ、返事を聞く前に開けるとはどういう了見なんだ? 仮にも嫁入り前の女の子の部屋だというのに…(私の家じゃないけど) しかし、例の薬箱を持って現れた政宗は部屋に入ってくるなりの前に座り 「手を見せてみろ」と無愛想に言いながらも気遣いを見せながら手当をしてくれる は、そんな政宗の前に正座をして大人しく手を差し出している自分が笑えた 治療を終えると政宗は深く息を吐いてをジッと見つめる えーと、そんなに見られたら照れるんですけど… などと思いながら少し視線を逸らすと政宗の口がゆっくりと開いた 「…」 (やっぱり下の名前で呼ばれるとドキドキするわ〜) 「お前…」 (ん〜、そういう言い方もたまりません) 「今までよく生きてこられたな」 (あはは、呆れていたんですか…) 政宗の言葉に脳内で一人返しながら最後には現実に引き戻された 政宗は戦う術を知らないが戦場に居てよく死ななかったものだと言いたいのだろう だけど、そんな事はの方が言いたい事だった 誰も好き好んでこの世界に来た訳ではない 気が付いたらこの時代に居たのだから… どうしてこうなったのかさえ分からない ただ言える事は一つ、政宗や小十郎に会わなかったら私は確実に死んでいた 「お前は戦の経験がないのか?」 「あるわけないでしょ?私はこの世界の人間じゃないんだから…」 あっ、政宗が固まった 「この世界の人間じゃないってどういう意味だ?」 「言葉の通りよ」 「それじゃ…お前はどこの世界の人間だと言うんだ?」 「政宗は信じられないかもしれないけど…私は未来から来たの」 「未来?」 「うん…、この時代から400年以上先の未来…」 ピシッ!! 一瞬何が起こったのか分からなかった 痛みを感じたと思ったら政宗がの額を叩いていたのだった 「熱があるのか?」 「本当のことだってば〜」 「やっぱりお前は脳みそが足りねぇみたいだな」 「嘘じゃないって!」 そりゃあ信じられないと思うけどさ、脳みそが足りないってアンタ… 政宗は苦笑しながらの額にデコピンを一つして「早く飯を食え」と言い残して部屋を出て行った は弾かれた額を摩りながら政宗の持ってきてくれた朝食に箸を付け始めた 膳に乗せられた朝食は決して豪華ではなく、温かいご飯と味噌汁、そして焼き魚と漬物。 ただそれだけなのに胸に沁みてくる 鰯の丸干し、沢庵が二切れ、味噌汁の具なんて葱だけなのにこんなに美味しいなんて… やだな、お母さんの御飯を思い出しちゃったよ は流れそうになる涙を大きく吸い込んだ息と一緒に飲み込んだ 少し落ち込んだ気分も満腹度と共に浮上してくると『食べられるってことは一番大切なことなのよ』と いつも言っていた母の言葉を思い出した うん、今頃になって痛感するよ、お母さん。 は母に感謝すると共に手を合わせて「ごちそうさま」と声を出した それは自分を奮い立たせる言葉だったかもしれない それにしても…と、は縁側に下りた 体を大きく伸ばして見上げる空の色は現代となんら変わりはなく 時代の違いを忘れさせてくれるようだった ただ違うのは高い建物に覆われていないこの世界は数倍も空が広く見えた 「体の具合はどうだ?」 「大丈夫だよ。でもちょっと筋肉痛…かな?」 なんて答えたものの目の前の小十郎に少し驚いた 鍬を抱えて手拭いを頭にかぶり、服装もいつもと違い野良着になっている どう見ても普通の農民みたい…。 筋肉痛でぎこちない動きを見せるを見ながら目を細めて笑う姿は優しく まるで父親のように見えた 「今日はゆっくり休め」 「え?いいの?」 「時には何もしないという無駄な時間も必要な事だ」 不思議だった まさか戦国時代に来てまで同じ言葉を聞くなんて…。 “大切な何かに気付く為には無駄な事って必要なんだぞ” 父がいつも言っていた言葉だ 「小十郎って…」 「ん?何だ?」 「うぅん…何でもない」 「おかしなヤツだ」 本当は“お父さんみたい”って言いたかったんだけど ちょっぴり申し訳ない気がして口にすることをやめた 「それより…、これから何かするの?どう見ても畑仕事をするっていう格好なんだけど…」 「あぁ、今日は時間があるからな」 え?マジ?小十郎自らが畑を耕すんですか? っていうか…、この敷地内に畑が? いや、あっても可笑しくはないと思いますけど… 政宗も畑仕事をしたりするの? あははは…まさかね 「私も行っていい?」 「あぁ…別に構わんが…」 小十郎は少し意外そうな顔を見せながらも目を細めて笑った 政宗に少しだけトリップの話をした時に信じてもらえなかったけど(当たり前だよね) でも、私は現代の人間でここで生きるべき人間ではない これが現実なら、政宗にも小十郎にもちゃんと話をしなくちゃいけない だけど今だけ、ほんの少しだけ現実逃避をしてもいいよね? BACK TOP NEXT |