素材:アトリエ夏夢色










若ちゃんが好き




若ちゃんは先生で私は生徒…

そんな事は判っているし、人前で言ってはいけない事も判ってる



でもね…私は若ちゃんの口から聞きたいの



たった一言




『好き』と…










しりとり










放課後の化学室
若ちゃんはいつもここでコーヒーを飲んでいる


『好き』という答えの代わりにここでコーヒーをご馳走してくれた



私だけではなく、若ちゃんも私の事を好きだということ
それは、若ちゃんの瞳や優しさで伝わってくる



でも、教師と生徒という手前おおっぴらに会話やデートもできやしない

当たり障りのない会話、偶然出会ったようなデート…




卒業するまでは仕方がないと割り切っていても、私は若ちゃんの言葉が欲しい



それって…やっぱり私のわがまま?












コーヒーの香りが漂ってくる化学室前の廊下
私は大きく深呼吸をして、思い切って化学室の扉を開けると、
誰もいない放課後の廊下にガラッと扉の開く音が響き渡る




「おや?さん…どうしたのですか?」

「若ちゃんこそ何しているの?」




こんな時若ちゃんは決まって「ちょっと職員室から避難して来ました」と苦笑する
私が「またですか?」と聞くと、これもまた「職員室は苦手です」と決まり文句を言う




「それじゃ私にコーヒーをご馳走して下さい」






若ちゃんはニッコリ笑いながら『どうぞ』と私を手招きする
それが嬉しくて私はイソイソと中に入っていき、若ちゃんの向かい側にちょこんと座る




フラスコの中のコーヒーがポコポコと音を立てながら沸いてくるのを頬杖つきながらぼんやり眺め
若ちゃんと、こうしていられる僅かな時間に幸せを感じる




「あれ?今日はビーカーじゃないんですね」

「はい、カップを買ってみました」

「かわいい」

「そうでしょう?これはさん専用です」

「私専用?」

「はい…僕のとお揃いです」






ほらね


こうやって若ちゃんは十分に愛情を注いでくれる
でも、私はそんな若ちゃんに少しだけ意地悪をしたくなるのかもしれない


投げかけられる優しい笑顔も心遣いもすごく嬉しいけど
それでも私はたった一言の言葉が欲しい






「若ちゃん…好き」




ふと、私は若ちゃんに聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いてみる






「“き”ですか?……う〜ん」




突然、若ちゃんは腕を組んで瞳を閉じて考え込んだかと思うと
いきなり突拍子もない事を言い出した




「キズ」

「は!?」

「どうしたんです?しりとりですよ」

「し、しりとり!…ですか?」

「はい、さんが“き”で終わったので…」

「は、はぁ…」






しりとりって…どうしてしりとりになっちゃうのよ


私は若ちゃんが好きって言っただけなのに…
そりゃあ確かに“き”で終わっているけど、それってもしかして誤魔化されてるの?




なんか…悔しい…








さんの番ですよ」

「えっ!?」




私の番って…続けるの?



半分呆れちゃってるのに真剣に考える私って…






「どうしました?“ず”ですよ」




そんな事判ってる…
でも“ず”なんてなかなか思いつかなくて…




なんか若ちゃんって…




「ズ、ズルイ…」

「ズルイ…ですか?うーん、なかなか上手いですね」

「え…あ…」




そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど…

若ちゃんがそう思っているならそれでもいいかなと、
結局私たちはしりとりを続ける事になってしまった






「僕の番ですね…えーと…いいじゃないですか」

「は?…それって?」

さんが“ズルイ”でしたからね」

「…あぁそうですか」

「さぁ、さんは“か”ですよ」

「からかっているでしょ?」

「しょ?…しょ、しょ……しょんな事はありません」

「……」

「あ…ははっ…“ん”がついてしまいましたね」

「…っていうか…しょんな事って…そこから変ですよ」






私たちは吹き出すように笑って、気がつくと若ちゃんの瞳も私を見つめているのが判る



私の瞳に若ちゃんが映っているように、若ちゃんの瞳にも私が映っている
そんな当たり前の事が判っていた筈なのに、つい甘えて我侭な事を願ってしまう


言葉がなくても通じ合う想いもあるんだってことを、若ちゃんは教えてくれる






「やっぱりさんは笑っている方がいいですよ」

「私…笑っていませんでしたか?」

「はい」




ふぅっと洩らすため息に、「コーヒーのおかわりはいかがですか?」と私の頭をそっと撫でてくれる



「もういいです」と首を横に振る私に、今度は若ちゃんがため息をつく




「それは残念です、2杯目のコーヒーは特別だったんですが…」

「特別?」

「はい…さんが僕の事をもっと好きになるコーヒーです」




若ちゃんは零れるほどの満面の笑みを向けながら、2杯目のコーヒーをカップに注ぎ始めた




「若ちゃん…それなら、若ちゃんが私の事をもっと好きになってくれるコーヒーが飲みたい」

「それは無理です」

「どうして?」

「だって…そのコーヒーを飲めるのは僕だけですから」






うわぁ…やっぱり若ちゃんはズルイ




ちゃんと私の事を判っていて、私が一番欲しい言葉も知っているんだ








「若ちゃん…ズルイ」

「いけませんか?」

「からかっているでしょ?」

「しょんな事はありません」

「せんせい……スキ」

「キス……してもいいですか?」

「か……構いません…」








スキから始まったしりとりはキスで終了






誰にも知られてはいけない、誰も知らない秘密のキス








今は、ここが私たちの場所


おおっぴらにはできない教師の若ちゃんと生徒の私…




放課後の静かな化学室




ここが私たちのデートの場所






若ちゃんが作ってくれた揺ぎ無い私たちの繋がりの場所





私たちは今日もここで“しりとり”の会話で想いを繋いでいく










『若ちゃん…スキ』

『キスしてもいいですか?』















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