小説 & イラスト/ 赤坂波瑠様

この作品は管理人二階堂の誕生日に心の友でもある赤坂波瑠様が書いて下さったものです。
あまりにも素敵なお話なので是非皆さんにも読んで欲しくて波瑠様に了承を得ましてUPさせて頂く事にしました。
波瑠様のサイトでは素敵なお話が沢山あります。是非いらしてみて下さい。

赤坂波瑠様のサイト
 Crystal : ONEPIECEとSLAM DUNKを扱っていらっしゃいます。
 ご訪問の際はエチケットをお守り下さい。












吉原の空に太陽が輝いた日。
晴太の笑顔が眩しくて。
オレはちーっとぱかり感傷的になっちまったんだ。


どうせブッ潰すんだったら、もっと早く潰しちまうんだった。



太 陽



吉原が陽の光を浴びてから、もうどれだけの時間が経っただろうか。
あの戦いの最中、銀時は何度か何かを探すような仕種をしていたように思えて。
神楽はそれがずっと気になっていた。

「銀ちゃん、どうしたアルね?
 あれからずっと腑抜けてるアル。
 銀ちゃんらしくないアル」
「あー?
 らしくないってナニ?
銀さん、いつもどおりだから、なーんにも変わってないから」
「ああ、腑抜けは毎度のことだったアルね」
「……おまえ、ナニが言いたいの?」
「別にもういいアル」

ソファにごろん、と横になってるい銀時はいかにもやる気のなさそうな様子で。
ようやく依頼のあった仕事にも見向きもせず、新八ひとりを出かけさせた。
こんなことではまた食べるのにも事欠く生活になる。

「銀ちゃーん」
「なんだ?」
「ネコ探しはいいアルか?」
「そのくれえ、新八ひとりでなんとかなるだろ。
 心配ならおまえも行ってくりゃあいいじゃねえか」
「わかったアル!!」

投げやりなその言い方に神楽は膨れっ面を隠しもせず、乱暴に戸を開けた。
ザーッという雨の音が部屋の中にまで響いてくる。
バン、と大きな音と振動を背中に感じながら、銀時は小さく息を吐いた。

―――あのとき、あいつの姿はどこにもなかった。

吉原に行くと言ったあの女。
まだまだガキだと思っていたのにいつの間にかいい女になったと思っていた矢先のことだ。
吉原に行く前に女にしてくれ、そう言って泣くあいつをただ抱きしめて、
結局は何もせずに帰したのは数年前のことだ。
そういや、あの日は今日みたいな土砂降りの雨だった。

「胡桃……」

その名をぽつり、と呟いてみる。
目を閉じれば、あのときの泣き顔が未だ昨日のことのように思い出せる。

大恩ある二階堂家の娘。
天人たちと戦う銀時ら攘夷志士をバックアップしてくれた武家の娘だった。
結局は幕府は天人に下り、銀時らは戦う意味を失くし、二階堂家には莫大な借金が残った。
戦いの最中の金策だ。
ヤバイ筋からの借金もあったのだろう。
戦後しばらくの間はなんとかやってきたのものの、もうどうにもならない状況に陥り、
胡桃は病に伏した父親のために身を売る覚悟をしたのだ。

何ができた。
あのときの自分に。
金も力もなく。
胡桃の家の借金も、病気の父親も、あいつ自身も。
助けてやれる力なんてこれっぽっちだって持ってやしなかった。

銀時がもう一度小さく息を吐いたとき、背後の戸がまたもや大きな音をたてた。
随分早くネコが見つかったものだ、と銀時がソファから身を起こすと。

「銀さん! 月詠さんが覚えてたよ、胡桃ってヒトのこと!」
「晴太?」

そこには息を切らした晴太が立っていて。
そういえば、日輪にふと漏らしたあの言葉を銀時を思い出していた。

『胡桃って女、知らねぇか?』

吉原には多くの女たちがやってくる。
日輪とて全ての女を見知っているワケではないだろう。
まして幽閉されていた身だ。
首を傾げる日輪に銀時は『忘れてくれ』と呟いたのだ。

「吉原に来て、初めてのお座敷で見初められて
 すぐに身請けされたんだって」
「身請け?」
「うん! なんか胡桃さんのお父さんに昔世話になったとかで」
「へェ……なら、あいつは幸せなんだな」
「月詠さんはそう言ってたよ。
 これ、母ちゃんが銀さんに渡してくれって」

そう言って晴太が差し出した一枚の紙切れには住所が書かれていた。
胡桃が身請けされた家の住所なのだろう。

「母ちゃんがアトは銀さんに任せるってサ」

銀時に紙切れを握らせると晴太は手を振りながら、万事屋から出て行った。
握らされた紙切れを銀時はしばし見つめる。
今さら顔を見に行ったところで何だというのだ。
泣いてすがるあいつに何もしてやれなかったんだ。
そんな思いが胸を重く締め付ける。

「んっとに……銀さんらしく、ねーよな」

掌の紙切れをくしゃりと握りつぶし、銀時はソファから立ち上がった。








半時ほど後、銀時は紙切れを手にし一軒の店の前に立っていた。
どこぞの金持ちに身請けされたのかと思いきや、案外こじんまりした造りだった。
どうやら一階が飯屋で、二階が住まいになっているようだった。

勢い余って来てはみたものの、今さら自分は何をしようというのか。
店の戸は閉まっている。
準備中の札が雨に濡れ、風で揺れていた。
傘もささずに飛び出して来たのだ。
すでにずぶ濡れただ。
容赦なく降る雨の中、銀時は立ち竦むように店の前に立っていた。

幸せに暮らしている姿が一目見られれば、そんな思いで来たのだが、
やはり来たのが間違いだったのだ、と。
店の戸にくるり、と背中を向けると背後でカラカラと戸の開く音がする。
思わず踏み出した足が止まった。

「すみません、お客さん。
 まだ開店までに間がありますのでたいしたものは出せませんが
 この雨ですから、中にお入りになりませんか?」

懐かしい声だった。
いや、昔に比べればいくらか大人びた話しようだ。
それでもこの声は紛れもなく――。
思わず振り返った銀時の目に飛び込んできたのは。

「……銀さん」

瞳を見開いてこちらを見つめるよく見知った顔。
ああ、ますます綺麗になった、と。
そんな風に思えば思わずその名を呼んでいた。

「胡桃……」

暫し、呆然と互いを見つめあい、
ズブ濡れの銀時を気遣った胡桃に店の中に入れ、と促され、
気付けば出されたタオルで身体を拭きながら、銀時は胡桃とカウンター越しに対峙していた。
カウンターの向こうには胡桃がいる。
目の前にいるのに。
近くて遠い。
何をどう話せばいいのだろうか。
雨の音だけが店の中に響いている。

「お久しぶりです、銀さん」
「あ、ああ……ところで平気?
 開店前なのに男とか店に入れちゃって怒られたりとかしない?
 迷惑だったら銀さん帰るから」

ようよう出た言葉は陳腐なもので、こんなことが言いたかったわけじゃないのに、と心の中で舌打ちをする。
そんな銀時の言葉を胡桃は不思議そうな顔をして見つめていて。

「別に、うちのお店は飯屋ですから、男のお客さんもいらっしゃいますよ」
「いや、そーいうことじゃなくってね。
 まだ開店前だし。こーいうのってマズくない?」
「あの……銀さん、何言って……?」
「だから、ダンナさんに怒られたりとかしない?」
「え?」

言ってからしまった、と思ったが吐いた言葉は飲みこめやしない。
気まずい空気が流れ、どうしたのものかと思ったときに胡桃が「ああ」と呟きながらぽん、と掌を叩いた。

「銀さん……勘違いしてますね?」
「はァ?」
「私、旦那さんなんかいませんよ」
「ええっ!?」

驚く銀時に胡桃は笑顔を向け、ぽつりぽつり、と事情を話し始めた。

胡桃の初仕事はさる身分のある御方がお忍びでやってきたというお座敷だった。
そのため武家の娘で作法が一通り身についている胡桃が吉原の売れっ子太夫とお座敷を共にすることになったのだ。
そのお座敷に父と旧知の者が御付きで来ていたのだ。
その者の顔は胡桃も見知っていた。

『道は違えど、この江戸を守ろうとした志は同じ』

そう言って胡桃を窮地から救ってくれたのだ。
父の借金の利子が不当なものであり、悪徳業者であったことから、
間に入り話しをつけてくれ、家屋敷を手放すことで借金を返すことができ、
残りのお金でこの店を開いたのだ、と。

「そ、そーなんだ。
 ……だったら、なんで会いに来ねぇんだよ」
「だって……あんな風に拒否されたら私……」

拒否なんてしたか? と己に問いかけてみるも、銀時にそんな覚えはない。
首を傾げる銀時に胡桃は頬を染めながらようよう口を開く。

「あのとき……私のこと、帰れ、って」
「あー」

言われ、ようやく思い当たり銀時は髪をわしゃわしゃと掻いた。
吉原に行く前に泣きながら銀時を訪ねてきたあの晩のことを言っているのか、と。
今日みたいな土砂降りの雨の日に、今日とは逆にずぶ濡れになった胡桃がやってきたあの夜のことだ。

「だーって、アレはおまえ、吉原行くって決まってんのに、
 オレが手なんか出したらおまえが後でどんな目に合わせられるか」
「どの道汚れるのを覚悟してたんだもの。それなのに」
「ばーっか、そりゃおまえ、アレはさ!」

すでに面通しした後だと聞いていた。
手を出せば吉原にとっては商品価値が下がるのだ。
となれば酷い折檻が待っているに違いない。
そう思えば手など出せるはずもなく。

「それじゃ銀さん、あれは拒否したわけじゃないの?」
「そーいうんじゃねぇよ」

ぶいっと横を向いてしまった銀時を見つめ、胡桃が噴出した。

「な、なんだよ」
「変わってないね、銀さん。
 なんだか嬉しい」
「ばーか言ってんじゃないの。オトナをからかうもんじゃないからね」
「私だってもうオトナのつもりなんだけどな」

そう言って向けられた胡桃の笑顔は眩しいくらい大人びていて。
ああ、あれから随分月日が経っていたのだとイヤでも思い知らされる。

「こないだ月詠さんに会ってきたの」
「ヘェ」
「吉原の騒ぎを聞いて、心配になって行ってきたのよ。
 銀さんがあの街を救ってくれたんですってね」
「そんな大げさなもんじゃないから」
「みんな、感謝してたわよ」

そういえば、と胡桃が首を傾げる。

「日輪さんが言ってたの。
 銀さん、戦いながら何かを探してたみたいだ、って」
「ナニソレ。銀さん、そんなの覚えがないから」
「そう? 月詠さんもそう言ってたんだけどな」
「いやそれ、なんかの勘違いだから。そんな余裕なかったから」
「ふーん」

訝しげに己を見つめる胡桃から慌てて視線を逸らした。

「あ、それでさ、あの胡桃?」
「はい?」
「アレが誤解だったってことはさ、あのさ」
「うん?」
「あのときの、その、続きなんかは……」
「あら! もうこんな時間!! 暖簾出さなきゃ!」
「あ、あの……胡桃さーん?」

突然立ち上がった胡桃の後ろ姿を銀時は肩をがっくりと落として見つめた。
カラカラと扉を開ける音が店内に響く。

「あら、いつの間にか雨が止んでますよ、銀さん。
 すっかりいいお天気!」

暖簾をかけた胡桃がまぶしそうに空を見つめた。

「よう!」
「あら、いらっしゃい!」
「いつもの頼む」
「はい」

どこかで聞いた声が聞こえ、男がひとり店内に入ってくる。
軽く舌打ちしながら顔を上げた。

「なっ! て、てめっ!!」
「なんで、てめェがここにっ!!」
「あら、土方さん、銀さんとお知り合い?」
「けっ! こんな奴」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すから」
「まあ、仲がよろしいのね?」
「「どこがだっ!?」」

にらみ合う男ふたりの前に胡桃がどんぶりを差し出した。
ひとつはマヨネーズがてんこもり、ひとつはあんこがてんこもりにご飯の上に乗っている。

「はい、土方スペシャルお待ちどうさま!」
「おう」
「銀さんには銀時スペシャルね。
 再会の記念に奢っちゃうから!」
「どーも」

奢りと聞いて勝った気がした銀時だった。








「神楽ちゃーん! そっちに追い込むから頼むよ!!」
「まかせるね、必ず捕まえてやるアル!!
 これで今晩はふりかけご飯がお腹いっぱい食べれるアルね」

通りの向こうで叫ぶ新八と神楽の間に一匹の猫が毛を逆立てて構えている。
新八が猫を追いたて、こちらに向かって走ってくる猫を捕まえようと神楽が身構えた。
そのとき。

『けっ! こんな奴』
『そのセリフ、そっくりそのまま返すから』
『まあ、仲がよろしいのね?』
『『どこがだっ!?』』

聞きなれた声が通り沿いの飯屋から聞こえてきて、
思わず神楽はそちらを振り返った。
気を取られた隙に足元を猫が走り抜けていく。

「ああっ! 神楽ちゃん、何やってんの〜!?」

新八が悲嘆の声をあげているのにも関わらず、神楽の口元は笑みを浮かべていた。

「どうしたの、神楽ちゃん。猫逃げちゃったじゃない」
「ごめーん、次こそは捕まえるアルよ!」
「行くよ、神楽ちゃん」
「おう!!」

走り出す新八の背中を追いながら、思わず神楽はつぶやいていた。

「やっと銀ちゃんにも吉原みたいにお日様が昇ったアルね。
 これでいくらか腑抜けもマシになるといいアル!」

お日様のように温かい笑顔を銀時に向ける胡桃をちらり、と見遣り
神楽は新八の方へと駆け出していった。



<FIN>






胡桃さん、お誕生日おめでとうございます。

こんなもの押し付けてごめんない。
銀さんが限りなくニセモノでごめんなさい。
しかも誕生日関係ねぇだろこの話、とかイロイロつっこみどころが多いとは思いますが
どうか見逃してやってください。

胡桃さんを助けてくれた、さる身分の方とは
将軍様を連れてお忍びで吉原にやってきた松平のとっつァんだったりします。
そんなワケで真選組は店の常連です。
ちなみにこの後、銀さんと土方による胡桃さんをめぐるバトルが勃発するワケです。
知ってか知らずか、胡桃さんはのら〜り、くらりとふたりをかわします。
そして商売繁盛!(オイ!)

『妄想魂よ、永遠に!』

今後ともよろしくお願いいたします。

赤坂波瑠













BACK