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どこかのアイドルじゃないけど
会った瞬間にビビッとくる恋なんて有り得ない




…と、俺は思っていた










出会ったその日から恋の花咲く事もある










別に今まで惚れた女がいなかった訳じゃあない
付き合った女だってそれなりには…いる


だが、自分が恋をしていると思った事はなかったかもな




まぁ、恋なんて…している時は気付かないのかもしれない








「いらっしゃいませ〜」




天使のような笑顔で俺を迎える彼女の声が店内に響く


天使なんて実際に見たことがねぇけどな




「あ、土方さん…いつものですね?」




彼女はそう言って、俺の前に煙草とマヨネーズを差し出す


何も語らずとも伝わるとは…

これぞまさしくコンビニエンス!




いやいや、毎日やって来ては同じ物を買っていく客、
コンビニの店員じゃなくても時間短縮のために先回りしちゃうもの


その行為が親切なのか土方だけに対する好意なのか
ただ今恋モードに突入中の土方には見分けがつかない




「お前…俺の名前…」




なぜ、彼女が俺の名前を知っているのか訊ねてみると
彼女はクスッと笑うと「土方さんを知らない訳がないじゃないですか」と
まるで少女のように頬を染めた



おい、このセリフにこの反応…
これってもしかして、いや、もしかしなくても俺に……?




都合のいいように勝手な解釈をしているが、土方は気付いていなかった
近藤や沖田と年中来ては『真選組の土方』だと自分で名乗っている事に…


そんな土方だが、自分の名前を知られているのに
彼女の名前を知らないというのは何故か不公平のような気がして
名前を聞こうとしたが、これが不思議と言葉が出なかった




職質や尋問で名前を聞くのは簡単なのに、殊更彼女には聞けない
しかし、是が非でも名前を知りたいと考え巡らせていると
彼女の胸元に『』と光り輝くネームプレートが目に入った


思わぬところで名前を知ったのはラッキーだったが、
人間というものは欲深いもので、姓を知れば名も知りたいと思うもの




だが、それをどうやって聞く?




気付かぬうちに額からは汗が流れ始め、眉間には皺が寄っている




「土方さん?どうかしたんですか?」

「なっ、なんでもねぇ」




咄嗟に荒げた声に、彼女は半歩ほど後ずさりした気がする



脅してどうする?




これで彼女の名を聞く事は不可能に近くなった

口からは溜息が漏れ、明らかに落胆の色が顔に浮かぶ




「ひ、土方さん…?」




心配そうに俺の名を呼ぶ彼女の声が遠くに聞こえる
俺はどこまでツイテいない男なんだ




神様、これからはいい子になりますから…




本気でそんなアホな事を願い始めた時、突然見知った声が俺の耳に響いてきた
俺はこの時ばかりは役に立たないこの男が救世主に思えた




「よぅちゃん、今日も元気で・す・かー?」

「フフッ、元気ですよ」

「いやぁ、若いっていいねぇ」

「銀さんだって若いですよ」




思わぬところで知った彼女の名前。
ポケットの中で手をギュッと握り、人知れずガッツポーズをとる


しかし、俺はここでハタと考える




ちょっと待て…
あの万事屋、確かちゃんと呼びやがった



名前を知ったのはいいが、なぜアイツは姓ではなく名前で呼んでいるんだ?
しかも彼女までヤツを名で呼んでいる




ショッキング〜〜とばかりに落胆が土方の肩に重く圧し掛かった




そんな俺をまるで嘲笑うかのように
二人は目の前で楽しそうに会話を続けていく




オイ、お前ら…
完全に俺の存在を忘れているだろ?




目の前で『ちゃん』『銀さん』を容赦なく繰り返す二人。
しかも、万事屋のヤツ何気にの手を握っている



いや、正しくは商品の代金を払っているだけなのだが、
土方視点では手を握っているように見えるらしい
やれやれ、恋を知った男は自分以外の男は全てライバルに見えるようだ




「オイ…そのきたねぇ手を離せ」




しまった……後悔してももう遅い
口にしてしまった言葉は取り消せない



しかも、思わず掴んでしまった銀時の手。




「オイオイ…土方くん……君こそそのきたねぇ手を離してくれませんかね?」




まるで土方がとってしまった行動の意味を見透かしたように、銀時は鼻で笑った




「もしかして、男ばっかりの生活の中でそっちの方に目覚めちゃったりして?」

「テメェ…」




土方は「表へ出ろ」と、そう言いたかった…はず。

絶対に他意はなかった…はず。


少しばかり銀時を痛い目にあわせてやると思った…だけ。




掴んでいた銀時の手を強く握り、『テメェ…』と凄んだら
『痛い』と小さな悲鳴が上がった




「気持ち悪い声を出すな」




すっかり銀時がふざけて女の声色で言っているのかと思った土方は
更に、その手に力を入れた




「ひ…土方…さん」

「あーーっ、お前、ちゃんに何をしてるんだよっ」




えっ!?




うわっ!




うぉおおおーーーっ!!




お、俺は何を…






掴んだ瞬間、男の手にしては細いと思わなかった訳ではない
しかし、状況は明らかにの手を掴んでいる


俺は無意識のうちに掴みたいと思った方を選んで掴んでいたのか?



慌てて掴んでしまった手の力を抜き、離そうと思ったが
まるで磁石にでも吸い付けられたように離れない




「お前、何やってんの?それって思いっきり犯罪でしょーがっ!
 仮にも警察の人間がそんな事しちゃマズイんじゃねぇの?」

「う、うるせぇ…離したくても離れねぇんだよ」

「ほ〜〜ぅ…それって離したくないと思ってるからじゃ…」




恐らく、いや、銀時の指摘は図星だったようで…
一瞬にして土方の顔色が変わる



何をどう弁解しても土方には最悪な状況になっている

ここは悔しいが逃げるしかないと判断したが、手を離す事はできない
それなら、このままを攫っていくしかない




どういう根拠でそこに行き着いたのかは土方のみぞ知るだが、
、行くぞ」と店を出ようとした


しかし、それを阻止しようと今度は銀時が土方の手を掴んだ




ちっ…、やはりコイツはを狙ってやがる




恋は盲目?


思い込みもここまでくるとある意味感動ものである






「万事屋っ、手を離しやがれ」

「させるか、この誘拐犯」

「うるせぇ、コイツは俺のだ」

「「えぇっ!?」」




土方の思いがけない言葉に銀時とは顔を見合わせる



自分はいつの間に土方さんのものになっていたんだろう?




銀時に「そうなの?」と聞かれて、は「さあ?」と首を傾げ、
「何だかそうなっているみたいですね」と力なく笑った


その時、銀時はの能天気さに掴んでいた土方の手を思わず離してしまった



姫を悪魔の手から救い出すのは今しかない
…と、この時の土方はそう思ったに違いない事だろう



を自分の方に引き寄せると、店を出ていきなり走り出した






ある程度土方の行動は読み取れていたので、
店に残された銀時は洞爺湖でトントンと肩を叩きながら
「しょうがねぇなぁ…俺が店番しててやるよ」と呟いた








銀時がレジカウンターで店番と称し、のんびりとジャンプを読んでいる頃、
土方とは手を繋いだまま走り続けていた




そして、ちょうど公園の辺りまで来た時に、も限界を感じて
息も絶え絶えに土方の名を呼んだ




「ひ、土方…さん」

「……」

「も、もう…走れ…ないです」




彼女の声にチラッと振り向いてその顔を見ると
無理矢理引っ張ってきた所為か彼女の息は絶え絶えだ


土方は慌ててそのまま目の前の公園に入っていき、ベンチにを座らせた




ハァハァと肩で息をしながら呼吸を整えようとしている
土方は自分のしてしまった事をどう説明しようかといろいろ考えるが
うまい言葉がなかなか見つからない


とりあえず、彼女が落ち着くの待つしかない




「おい、これでも飲んで落ち着け」

「えっ…!?……あの…さすがにそれは…」

「あ?…え?……うわっ…」




の目の前に差し出された容量1kgのマヨネーズ。




オイオイ土方、お前が落ち着け!
差し出されたマヨネーズをチューチュー飲む女なんていないって!!




「あ…、今…飲みもん買って来るからそこで座って待っとけ」

「……」

「返事は?」

「…は、はい」




自分の失敗を棚に上げてエラソーにいう男って…






なんてツッコミをする隙もないくらいに土方は物凄い勢いで
あっという間に冷えたお茶を買ってきてに改めて差し出した




はお茶を一口飲んでフゥーッと息をついた

「冷たくて美味しい」

「当たり前だ…、俺が買ってきたんだからな」




コラァ土方〜!それってここで言うセリフじゃねぇだろっ!!
何様なんだよテメェはよっ!!!




「ありがとうございます、土方さん」




どこからか聞こえてくる幻聴のようなツッコミを無視しつつ
意外にもはニッコリ笑って礼を言うのだった




カ、カワイイ…


声もカワイイが、笑顔も最高にカワイイ




「やっぱり天使みてぇだ…見たことねぇけどな」

「はい?」

「な、なんでもねぇ」




どうやら土方は脳内でいろいろ妄想する癖があるようで、
しかも自分では気付かないうちに思ったことの一部分が言葉になって
口に出てしまうようだ






さて、




お茶を飲み、息も整い、の様子も落ち着いてきた
だが、ここからが問題になってしまった




まるで恋人同士のようにベンチに座っているのに
弾むような会話が全くないのだ


黙ったまま無情にも無駄な時間だけが過ぎていく
こんな時にどんな話をしたらいいものか…




互いを知るためには…





「まず、自己紹介…だな」

「は?」

「あー、俺は…真選組の土方十四郎…です」




まさか突然自己紹介からくるとは思わなかった
一瞬固まったが、直ぐに吹き出すようにクスクス笑い出した

そして、そんな土方に合わせるように自己紹介をしたのだった




「私はしがないコンビニ店員のです」




改めて名前を聞かされたものの、彼女をどう呼んだらいいものか…




さん』とか『さん』と呼ぶのは俺のガラじゃねぇし、
かといって、いきなり『』と呼ぶのも図々しいというか…




アンタ、さっき店を出る前に『』と呼んでいたのを忘れたか?


と、どこからかツッコミがきても可笑しくないくらいに
今の土方は乙女チックに悩んでいた




そんな土方の思いが笑えるくらいにには通じてしまったので
でいいですよ』と、またもや天使の微笑が返って来た




「いいのか?」

「はい」




く〜〜、やったぜベイビー!
まるで、今の人には分からないだろうと思えるほど古い言葉を心の中で叫んだ




だが、その嬉しさを表に出して自分のキャラを崩せない土方は
ポケットから煙草を取り出し、本当の自分を隠すかの様に火をつけた




そして、気持ちを落ち着けるようにフーッと煙を吐き出した




……、悪かったな」

「え?何の事ですか?」

「いきなりお前を連れ出しちまった…お前がいないと店も困るだろ?」

「大丈夫ですよ、店なら銀さんが店番をしてくれるだろうし…それに…」

「それに?」

「私は土方さんのものなんでしょう?」

「ブホッ…ゲホゲフォ…」




の大胆発言に土方は煙草の煙に咽てしまった




俺のもん 俺のもん 俺のもん




まるで世界の中心で『俺のもん』と叫びたいくらいに耳にリピートされる




いいのか?いいのかーーっ!?




『俺のもん』っていうことは…
あ〜んな事やこ〜んな事までしてもいいって事だよな?




Yes Yes Yes こんな幸せでいいのかーーっ!?俺…




「ほ、本気にするぞ」

「いいですよ」






どっか〜〜ん!!カバディ、カバディ
…って、山崎になっちまったじゃねぇか(フツーはなんねぇよ!)






みるみるうちに土方の顔が赤くなっていく
持っていた煙草がぽろりと足元に落ちた




落ち着け…落ち着くんだ十四郎…これは夢かもしれねぇ






「ほ、本気なんだな?」

「はい」






フッ、夢じゃねぇ




と、いうことは…俺のもん=俺の女ということだ

と、いうことは…何をしても許されるということだ




部屋に連れ込もうが押し倒そうが痴漢行為にはならねぇってことだ




うぉ〜〜っ、俺は…俺は何という事を考えているんだ?
いかんいかん、ここはやっぱり健全な付き合いから始めねぇと…




「こ、今度の休みにどこか遊びに行くか?」

「はい」






いいのか?いいんですかーーーっ!?
これってデートだぞ、オイッ!!




「デ、デ、デ、デ、デートだぞっ?」

「楽しみにしてます」






がはっ…



吐血してしまうほどの喜びに土方の心に満開の恋の花が咲く






一方、も土方の真っ直ぐで単純な、そして分かりやすい心が通じたのか
はたまた、彼女の奥底に隠された血が騒ぐのか








どうやらの心にも恋の花が咲き始めたようだった















END










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恋は盲目、痘痕もエクボ。
恋をしたら誰の瞳にもフィルターが掛かるもんです。


2008/3/25 管理人