素材 Abundant Shine









手塚の名前って『国光』だよね?

そうだが…、それがどうかしたのか?

すごいね、手塚って水戸黄門と一緒だね

……おい…それは『光圀』だ

………えへっ




いつも突拍子もない事を言っては笑わせてくれる


なぁ、気付いているか?
どうやら俺は、お前には油断してしまうようだ










油断大敵










学校の帰り、いつも一緒に帰るがそれはバス停までの10分間。
逆方向の路線バス、道路を挟んで刹那の時間。


「また明日ね」と手を振り、横断歩道を反対側へ渡っていくお前を引き止めたくて
「寄っていくか?」なんてファーストフード店を指差す




「校則違反だよ」

「そうだな…だが、お前となら校則違反も悪くはない」




俺がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう
一瞬意外そうな顔をしたが直ぐに「生徒会長のくせに〜」と嬉しそうに笑った


その顔だ、その顔が見られるなら校則なんてくそくらえだ


俺は生徒会長失格だなと苦笑する








俺の目の前に座って他愛もない話を繰り返しながら
笑顔を向けてくれるお前に幾ばくの緊張を隠す

平静を装いながらも、どこか顔色でバレてしまうのではないかとハラハラしている
こんな時眼鏡をかけていて良かったなどと根拠のない事を考え安堵する


そして、必ず自分に『油断せずにいこう』と言い聞かせる




「手塚、これ美味しいよ 飲んでみる?」




油断するなと言い聞かせた矢先に突然お前はそう言って
自分の飲んでいたものを勧めるようにストローを俺に向けた



こ、これはっ…



このストローは今お前の口に含まれていたものだ
それを俺が使うという事は…


いわゆる俗に言う『間接キス』というものではないのか!?


それを俺は素直に飲んでいいものだろうか…
むやみに拒否してもおかしくはないだろうか

いや、待て…逆に平然と飲んでしまったら厭らしい男と思われてしまうのではないか



頭の中をいろいろな妄想が駆け巡って思わず咳払いを一つした
するとお前は「何か恋人同士みたいだね」と屈託ない笑顔を見せる



おぉいっっ!何だその後押しをするようなセリフはっっ!!



しかし、そのセリフは俺に勇気をくれる
決して俺がやましくはないと弁護までしてくれるようなセリフだ


俺は指先で眼鏡の位置を直し、また軽く咳払いを一つして
「ち、違うのか?」と少し言葉は詰まってしまったが切り返した

お前は少し頬を染めて「へへへ、嬉しい」と照れ笑いをする



うまいっ!うまいぞ俺。


これならお前のストローに口をつけても自然だ




気付かれないように軽く深呼吸をしてストローに口を近づけていく

指先が少し震えているのが気付かれはしないだろうか…
緊張しているのに頭の中はやけに冷静だ


スッとジュースがお前のストローを通って俺の中に入ってくる
喉許を通過するとゴクリと音が鳴った




あっま〜〜い!!!




ほんわかとした空気がピンク色のハートマークになって俺を包み込んでいる
これが俗にいう『バラ色の人生』なのかもしれないと一人納得する




「ね、国ちゃん…」




ぐふぉふぉーっ



聞き慣れない名前に思わず咳き込む




「く、国ちゃん?…一体どうしたんだ?」

「恋人同士なら国ちゃんって呼んでもいいかな?なんて…」




う、うむ…、悪くはない

お前の口から『国ちゃん』なんて呼ばれるなんてむしろハッピーな事かもしれん
だが、少々照れるぞ




「だって、国ちゃんって呼ばないとまた光圀と間違えるかもしれないし…」




そこか?そこなのか?
それなら今まで通り『手塚』と呼んだ方がいいのではないか?


フッ、しかしまぁいい…
それはお前の照れ隠しなのだと心得よう




「ダメ?これも校則違反?」




そんな訳はないだろう?とんでもないオチャメさんなヤツだ

例え、万が一校則違反だとしても、
そんなものは生徒会長の俺が生徒会の議題として取り上げ断固として戦うぞ




「ならば俺も名前で呼ぶことにしよう」




お前は「嬉しい」とにこやかに笑う
しかし、その笑顔に応えたくていざ呼ぼうと思ったら声にならない


おかしい…


俺ともあろうものがこんな簡単な事に悩まされるとは…



頭の中で『  』と呪文のように唱えるが
声に出すと『お前』とか『』になってしまう

どうやらタイミングが必要なようだ……実に奥が深いものだ






それからの俺がどれだけをお前の名を呼ぶタイミングを計っていたかなんて
無邪気な顔で笑うお前には解らないのだろうな




「そろそろ帰るか…」

「あ…う、うん、そうだね」




店を出ると急に元気がなくなったようにお前の顔から笑顔が消えた


もしかしたら俺がいつまでたっても名前を呼ばないから怒っているのか?




「どうした?元気がないな」

「だって…国ちゃんともう別れなきゃならないでしょ?」

「大袈裟なヤツだな、明日も会えるだろう?」

「そうだけど…」




そんな後ろ髪を引かれるような切ない顔をするな
帰したくなくなるだろう?






「家まで送ろう」

「え?い、いいよ…」

「遠慮するな」

「だって…国ちゃんちは逆方向だよ」

「気にするな、俺がお前といたいだけだ」




嬉しそうに頷くお前の頭をそっと撫でると上目遣いで俺を見つめ返してくる
真田の真似はしたくはないが『たまらん』という気分になる




ゆっくりといつもより遅いペースでバス停に向かう途中、
指先にフッと冷たいものを感じ視線を流すとお前の指先が触れていた


また油断をしてしまったな




俺は気付かないフリをしながら触れる指先の心地良さを感じていると
お前は「これも校則違反かな?」と小さな声で呟き俺の指先をそっと握ってきた


まったく油断ばかりしていると、どんどんお前のペースに飲まれていくようだ

まぁ、それも悪くはないがな…




「これが校則違反なら生徒会で提議すればいい」
そう言って手を繋ぐと「職権乱用だよ」と笑う




「歩いて帰るか?」

「遅くなっちゃうよ?」

「構わない」

「うん……国ちゃん大好きだよ」

「奇遇だな、俺もだ」






それからは俺たちはあまり話すこともなく手を繋いだまま歩き続けた

不思議な気分だ
こうやって会話がなくても隣にお前がいるだけで油断してもいいと思う

次はどんな事を言って驚かせてくれるのかとどこか期待している俺がいる








「送ってくれてありがとう」

「気にするな」

「ん…、今日は国ちゃんといつもより長く一緒にいられて嬉しかったよ」




その時俺は向けられた笑顔を手に入れたいと…そう思った




…」




多分タイミングよくお前の名前を呼ぶ事に成功したのだろう
俺がお前の思いを受け止めた時と同じように驚いた顔を見せた




「少し目をとじてくれないか?」




が言われたままゆっくりと目を閉じると
伏せられた睫毛の長さに愛おしさを感じ、そのまま唇にそっと触れた


は大きく目を見開いて、触れたばかりの唇を手で覆いながら
小さな声で「油断しちゃったよ」と俯いた




「フッ…油断するなよ」との頭を撫でながら俺は気付く



『油断』をするという事は『期待』をするという事なのだと…
だったら俺はお前の前ではいつでも油断していよう






別れを告げ帰路につきながら俺はふと思う

明日から自転車通学も悪くないかも…と



少しでもお前と長くいられるなら。















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