素材:アトリエ夏夢色








2年前のクリスマスイブ




色鮮やかなイルミネーションに輝く街角で
突然腕を捕まれ不意に声を掛けられた




『ねぇ、お兄さん・・・アタシを買わない?』




冬の凍えそうな夜に不釣合いな薄着でその女は立っていた










クリスマスの街角にて










どんだけの睫毛の量じゃ?と突っ込みたくなるようなバシバシの睫毛。

緩くウェーブのかかった長い髪を後ろで無造作に束ねただけの髪型。

口裂け女と見間違えるような真っ赤な唇。



年齢不詳のその女は、冷たい手を俺の腕に絡ませた




「ねぇ・・・アタシを買ってよ」




遊ぶには丁度いいかもしれんが、今はそんな気にもなれず丁重に断る事にした




「すまんのう、金は持っとらん」




女は「ちっ」と軽く舌打ちをしたかと思うと、小さな声で「つかえねぇ」と呟いた




この女から見て、俺はどう見えたんじゃろうと複雑な思いで
バイバイと背中を向けたその女の様子を暫く見ていた


すると、女は別の男に同じように声を掛け始めた




はっきり言うが、俺は別にこの女に一目惚れした訳でも何でもない
ただ、このご時世に身売りをしようとしているのが気になっただけ。



気付いたら俺は、誰彼構わず男に声を掛けている女の手を掴んで歩き出していた




俺は歩きながら何度も何をしているんだと自分に問い質し
結局答えが出ないまま女を自分の部屋に招き入れていた





「とりあえず風呂に入りんしゃい、そのままじゃ風邪を引くぜよ」




俺は考える時間が欲しかった




彼女の背中を強引に押し、バスルームへ追いやった






ベッドに腰掛けると一頻りの溜息が部屋に響く


とにかく何かあったかいもんでも食わせて帰ってもらえばいいと
自分の中で結論を出すとキッチンへ向かいお湯を沸かし始めた




そして、やかんの湯が音を立てて沸き出した頃、
バスルームのドアが開いて女が出てきた




「プ、プリッ!!!」




この言葉にどれだけの感情が込められたことか・・・
事もあろうか女は一糸纏わぬ姿で立っていたのだ




「何してるぜよ!?」




ピヨピヨ〜〜 悲しい男の性じゃ



惚れていなくても女の裸に身体の一部が思わず反応しそうになる


どこかで恨めしく思いながらも、無反応は相手に失礼ってもんじゃと
自分の中で言い訳しつつ理性のみで必死に抑えた




「だってぇ・・・タオルも着替えもないんだもん」




ないんだもん・・・じゃない
せめて手で隠すくらいの恥じらいは持ってくれんかのぅ




やかんの火を止めるとクローゼットからバスタオルと着替えを取り出し
極力彼女の裸を見ないように手渡した






数分後、大きさの合っていない俺のトレーナーとスウェットを来て
バスルームから出てきた彼女はキッチンへ顔を出した



「気持ち良かった〜」と身体からまだ湯気を立たせながら
冷蔵庫の扉を開けて缶ビールを取り出してきた




「他人んちの冷蔵庫をなに勝手に開けてるんじゃ」

「いいじゃん、クリスマスなんだし」




いや、そういう問題ではないと思うが・・・




しかし、彼女は悪びれる風でもなく「お腹空いた」とテーブルにつくと
ゴクゴクと喉を鳴らしながらビールを呑み始めた




「かーーっ、旨いっ!!」

「オヤジみたいじゃのぅ」




そんな事を呟きながら俺ははたと考えた




すっかり化粧を落としスッピンになった彼女の顔・・・


つけまつ毛がなくなり一回り小さくなった目、口裂け女のような唇は
うっすらとピンク色に変わっていて、さっきより確実に幼く見える




ちゃっかりビールなんて飲んでいるが、まさか未成年って事はないじゃろうな?




「お前さん、いくつじゃ?」と彼女の手の中にあるビールに目をやりながら
歳を尋ねると、彼女も意味が分かったのか小さく笑った




「心配しなくてもいいわよ・・・お酒は呑める歳だから」




彼女の言葉に少し胸を撫で下ろしながら
俺は出来上がったばかりのインスタントラーメンを彼女の前に置いた




「何これ?」

「ラーメンじゃ」

「えーー!?今日はクリスマスだよ?」

「だから?」

「ケーキは?チキンは?シャンパンは?」

「・・・・・・」




俺が黙っていると彼女は「いただきます」と手を合わせた


そして、「メリークリスマス」と言いながら自分の持っているビールの缶を
俺のビールに当ててカチンと鳴らした




こんなクリスマスも悪くないねと旨そうにラーメンを啜る彼女に
何であんな事をしていたのかと俺が訊ねた
すると彼女は「クリスマスを一人で過ごすのは寂しいじゃん」と笑った




「それだけ・・・か?」

「うん」

「変なヤツじゃのぅ」

「あははは、よく言われる」




別に褒めてるつもりはないんじゃが・・・
この女の考えている事はよう分からんぜよ








暫くしてキッチンで片付けもんをして部屋に戻ると
彼女はその場で横になって寝息を立てていた




マジ・・・か?




どこまで図々しいんじゃ?と思いながらも
あまりにも気持ち良さそうに眠っているので俺は毛布を掛けてやり電気を消した










翌朝俺が目を覚ますと彼女の姿は消えていた


テーブルの上に冷蔵庫の中にあったあり合わせのもので作られた
軽い朝食が用意されて、その脇に一枚の紙が添えてあった




『一宿一飯の恩義、感謝!!』




彼女が作った朝食を食べながら「分からん女ぜよ」と呟くその唇に
笑みが浮かんでいた事は自分でも気付いていなかった












それから、そんな出来事もすっかり忘れてしまっていた1年後のクリスマス。
同じ街角で不意に声を掛けられた




『お兄さん、アタシを買わない?』




偶然か必然か俺たちは去年と同じ事を繰り返した




俺の部屋でラーメンを食いながらビールで乾杯して
翌日には朝食の用意と紙切れ一枚が残されて、彼女の姿は消えていた



ただ、去年と一つ違っていたのは彼女の名前が『』だということを知った












二度ある事は三度あるという言葉を信じて、今年のクリスマス。
俺は彼女と出会った街角に立っていた


に会いたいという気持ちより、今度は仕返しをしてやりたいとそう思った




だから俺はここでお前を待つ








クリスマスの街角にて、お前を見つけたら真っ先に言うぜよ








『そこのおねえさん、俺を買わんか?』















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ネオロマのイベントで聴いた歌『クリスマスの街角にて』。
タイトルが気に入って使わせてもらいました。