素材:アトリエ夏夢色















傍にいない女と恋愛などしない
ましてや遠距離恋愛など恋愛の対象になどならない


そう豪語していたオレが遠距離な恋で我慢しているなんて
コーヒーにミルクを入れないみたいに可笑しな話だと
柳生が昔のどっかのCMみたいな事を言って笑っていた



ほっとけ、オレはブラック派だ




アイツが家の事情とかで北海道に引っ越して2年も経つというのに
何故だかオレたちの関係は続いていた


2年もの間一度も会う事はなく、電話とメールのやりとりだけだ
何度も別れようと思ったが、アイツの声を聞くと決心が鈍る




どうやらオレは思っているよりアイツに惚れているらしい










解熱剤










ピピッとお知らせしてくる体温計。
デジタルな数字がご丁寧に39度を表示している



おいおいマジか?今日は特別な日ぜよ



こんな日に限って家には誰もいない



カワイイ息子やイタイケな弟が苦しんでいるというのに
キャンセルするのは勿体無いからという理由で洒落込んで家を出て行った


「大人しく寝ているのよ」と少しは心配の色を見せたオフクロも
心なしか足取りが軽かった気がする


姉貴に至っては「日頃の行いが悪いからよ」と悪態を吐き
唯一の味方だと思っていた父親にも裏切られた


肝心要の惚れた女さえ傍にいないなんて…




クリスマスなんてくそくらえじゃ!




こうなりゃ意地でも熱を下げたくて、フラつく身体を無理に起こして薬箱をあさる

しかし、我が家自慢の救急箱の中には絆創膏やビタミン剤の類が入っているだけで
解熱作用がありそうなものは何一つ入っていなかった



解熱剤くらい買っとかんかいっ!



あぁ…こんな時は無性に人肌が恋しい




に会いたいぜよ






………




みてみんしゃい、今のオレはヘタレ街道まっしぐらじゃ






誰もいない家の中の体感温度は確実に5度は下がっちょる


テニスで鍛えた自慢の身体も思うように動かなくなって
引き摺るように冷たくなったベッドに潜り込む



ベッドの軋む音と身体の軋む音がシンクロしているように感じる




寒い…




布団の中で凍死しそうじゃ




シャレにならん、天井がグルグル回っちょる




見上げて視界に入った天井がグルグルと回っている
さすがに危機感を感じて目を閉じると遠くで携帯が鳴っている気がした



無意識にベッドの中から手探りで携帯を探すが、それが夢なのか現実なのか
ハッキリしないまま着信音が途切れた




オレ、このまま死ぬんかのぅ…




目の前に花畑が見えてきたような気がする
どうせ死んでしまうなら、せめてアイツの思い出に残るように遺言を…


って、いかんぜよ、完全にネガティブになっちょる




おーい、
何でこんな時お前は北海道にいるんじゃ?




オレは今無性に『どこでもドア』か『瞬間移動』が出来る能力が欲しい
そうすりゃ一瞬でお前に会えるんじゃがのぅ



病は気からとは昔の人はよく言ったもんぜよ
益々ヘタレ度がパワーアップしていく




はぁ…、もうヘタレでも何でもいい


神様、仏様、に会わせてくれ



それが叶わないなら、せめて声だけでも…




その時、切実に願うオレの思いが届いたのかタイミングよく携帯が鳴った



夢?幻聴?



いや、微かにだがちゃんと聞こえる




軋む身体を必死で動かし、やっとの思いで携帯を手にする事が出来た




、やっとお前の声が聞こえる
これで少しは症状も和らぐかもしれん



うつ伏せの身体を反転させ、仰向けのまま携帯を耳に当てた






「ヤッホ〜!雅治メリークリスマス〜♪」




?……じゃない




耳元に聞きなれた声が頭の神経に響く
その声の周りではやたらジングルベルの歌がBGMの如くムカつくほど鳴っている



声の主は病人のオレを捨て去った家族の一員…そう姉貴だ




「ちゃんと寝てる?」   『病人を起こすな』

「きゃはは〜、折角のクリスマスなのに残念ねぇ」   『黙れ、薄情もん』

「今、お母さんと代わるから」   『代わらんでえぇわいっ!』

「雅治、元気?」   『元気なわけないじゃろ』

「ちゃんと寝てなさいよ、風邪引くから」   『もう引いとるわいっ』

「それじゃお父さんに代わるわね」   『代わるなーーっ!』

「いい子にしてるかー?」   『オレはガキか』

「おみやげ買って帰るからなぁ、あ…クリスマスプレゼントもあるぞ」




声にならない声で反論し続けたが、
最後に楽しみにしてなさいねと言葉を残し、一方的に電話を切られた




もうどうでもいい



おみやげもクリスマスプレゼントもいらん




どうせくれるなら、今すぐ熱が下がる特効薬をくれ








この世には神も仏もいない


すっかり脱力したオレは携帯をベッドの下に放り投げた



ゆっくりと目を開けると、まだ心なしか天井が回っている
深く深呼吸を一つしてオレは再び目を閉じる




静まり返った部屋の中で時計の音がリズミカルに聞こえ始めた頃
ようやくオレは夢の中へ入っていった



薄れていく意識の中でオレを呼ぶ声が聞こえたような気がしたが
もうそれに応える力もなかった










あれからどれくらいの時間が経ったのか、
オレは心地良い感触に意識が戻っていくのを感じた




額に置かれた冷たい感触にオレはオフクロ達が帰って来たのだと思った




「具合はどう?」

「!!!」




オレの熱が一瞬にして平熱に戻ったような気がした



その顔、その声、今目の前にいるのは紛れもなくオレの惚れている女だ






二年ぶりに会ったは少し大人っぽくなっていて、心なしか眩しく思える
女っていうのは、たった二年でこんなに変わるんか?




、何でお前がここにいるんじゃ?」

「雅治のお母さんとお姉さんからチケットが送られてきたの」




多分オレの顔に疑問符が浮かんでいたのだろう
の説明によると、オレたち二人にオフクロ達からのクリスマスプレゼントらしい




「せっかくのクリスマスだから遊びにいらっしゃいって…」

「へ、へぇ」




ったく、やってくれるぜよ






「でも、まさか雅治が寝込んでいるなんて思わなかったよ」




はそう言って心配顔を見せたが、直ぐに「日頃の行いが悪いんじゃない?」と
姉貴と同じ事を言って溜息を吐いた



病人に対してもう少し優しい言葉を掛けて欲しいもんじゃ
そう思いつつ、オレも同じように軽く溜息を吐いた



すると「で、熱は?」と、不意に額に当てられた手にオレは動揺する
二年ぶりに触れた感触に少し戸惑う




「もう下がった」

「嘘を吐くな」




は小さな子供を叱るような目でオレを見たが
マジで熱が下がったような気がする



今は身体の熱より久しぶりに触れた心の熱さの方が高いと思う




「それより…」と、
オレは、額に当てられたの手を掴むと、そのまま自分の方へ引き寄せる




「何してるの?」

「久しぶりに恋人に会ったんじゃ、キスの一つくらいしてもバチは当たらんじゃろ?」

「やめてよ、雅治は保菌者なんだから…うつるでしょ?」

「保菌者って…、オレは黴菌か?」

「うん」

「……プリッ」








オレの周りにいる女は冷たい女ばかりじゃ




だけど、どこか優しい女ばかりぜよ






キスのおあずけをくらったオレは、
の作ってくれたお粥を少し食べてまた横になる



もう天井は回っていない




お前の居る空間の中でゆっくり眠れる事が出来そうだ






静かに目を閉じると、耳元でお前の囁く声が聞こえる




「薬と私…どっちがいい?」




問われるまでもない




「お前の方が解熱作用があるぜよ」






二年分の愛を込めて、お前も保菌者にしちゃる




そしたら今度は俺が解熱剤をお前に注入するぜよ








ま、そうなりゃ別の所の熱が上がりそうじゃが…な















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ー後記ー

このお話、実はクリスマスにUP予定でした。
なので、内容がクリスマスなんだよねぇ…
来年用にとも思ったのですが、サイトの未来が分からないので
とりあえずUPしておこうかと…
ヘタレな仁王くんを堪能してください。
管理人