素材 Abundant Shine













雅治の誕生日に一泊で温泉に行こうって約束して
半年も前から計画して予約も取ったというのにキャンセルってどういう事?


確か、渋る私を上手く丸め込んで誘ってきたのはそっちだったよね?



それが何?
仲間が誕生祝いをしてくれるって?




「お前も大事じゃが仲間も大切やき」










Again and again










大学に入ってからというもの、雅治とのデートの回数も減ってきた
専攻が違う所為もあるけど、それはそれで仕方のない事だと判っている


最初は渋っていたけど私なりに楽しみにもしていたんだよ








12月4日 午前9時



雅治の家に寄ってドアノブにプレゼントの入った袋をぶら下げ、
私はひとり予定通りの列車に乗り込む




車窓から見える流れる景色
これも全部雅治と見るはずだった




綺麗な景色が目に飛び込んでくるうちに
悲しいとか寂しいという気持ちの前に、だんだんむかっ腹が立ってきた




雅治のバカ、おたんちん、あんぽんたん、トウヘンボク!




きっと今頃くしゃみでもしてるんじゃない?
もう今日は一人で目一杯楽しんじゃうんだから


素敵なおニィさんでもナンパしてさ…
う〜んと思い出の残る12月4日にしてやるんだから…










げげっ…




雅治が予約したとこってここ!?
場所が判らないから、駅からタクシーで来たけど…



ホテルじゃなかったのね



まぁ…風情のある旅館ではあるけどさ…
女子大生がひとりで泊まるにはどうかと思うわけよ


でもさ、キャンセル料がもったいないって思う貧乏性の私
たっぷり情緒ある風情を楽しんであげるわよ




とは言ったものの…


一人で観光して、一人で土産物屋に行って…




む、虚しい…




いかんいかん、一人で楽しむって決めたんだから

はぶるんと首を横に振る








はぁ…しかし、何で平日だというのに右も左もカップルばかりなのよ



うわっ、そこの二人!公道で抱き合ってるんじゃないっ!!
んげっ、何そんなとこでキスしちゃってるのよ!!


なんて、他人のカップルに嫉妬してる場合じゃないわよね




くっそ〜、これもみんな雅治の所為なんだからね




あぁもう…雅治の事なんてどうでもいいって言ってるのに…
やっぱり雅治がいないとつまんない










旅館に戻って、浴衣に着替え、
憂鬱な気分を温泉で洗い流そうと温泉場へ向う途中に娯楽室が目に入り
何気なく覘くと、そこには温泉旅館にはつきものの卓球台が…


こりゃあやらない訳にはいかないじゃない!?




は、そこらへんの子供をつかまえて卓球の相手をさせる



自分でもバカだと思うわよ
子供相手にムキになってスマッシュを打ち込んでるんだから



おまけに私に負けた子供は「こぇ〜、おねえちゃん男にふられたんだ」と
捨て台詞まで吐いていくし…

とっつかまえてラケットで殴ってやろうかと思ったけど
傍らで親がニコニコしているしさ…笑って誤魔化すしかないじゃないよ








とりあえず、憂鬱な気分も消えたしとはいそいそと温泉につかり
『極楽』とばかりに湯の中で身体を伸ばす


雅治はいないけど温泉に来て良かったわよね
嫌な事は忘れられそうだもん




だが、部屋に戻るとそこには憂鬱の根源でもある男が立っていたのだった






「雅治っ!」




何を考えているのか、雅治は私の姿を見るなり「さ…ぶい」と言って突っ立ている




「何やってるの?」

「バイクすっ飛ばして来たぜよ」

「この寒いのにバイク…ですか」

「その方が早いきに」




早いのは判りますが…



よくよく見ると、鼻の頭は赤くなって 目は涙目だし
それは本当に外の寒さを表わしていた


「温めてくれ」と抱きついてくる雅治の身体は氷のように冷たかった




「せっかくだから温泉に入ってくれば?」

「お、混浴に行くか?」

「行きません」




鼻をすすりながら浴衣を片手に温泉に向う雅治の背中を見送る






ねぇ雅治…来てくれて嬉しいよ


でもね何より嬉しかったのは、私が置いてきたプレゼントの手編みのマフラー…
ちゃんと巻いてきてくれたんだね



プレゼントをあげた私が言うのも変だけど…




『ありがとう』










程なくして戻ってきた雅治の浴衣姿に見惚れて
憂鬱な気分をどこかに置き忘れてきたように呆けていた




「顔が赤いぜよ」

「え!?そ…そう?」

「それはどう見ても惚れ直したっちゅう顔をしちょる」




ふふんと鼻で笑う雅治を見ていたら
むかっ腹も立つけど、やっぱり私は雅治が好きなんだと再確認しちゃったわよ




「誕生日祝いはどうなったの?」

「おぅ、プレゼントをいっぱいもらったきに、後でにも分けちゃる」

「いや…いらんぜよ」




雅治の真似をしたのが可笑しかったのか、彼は喉を鳴らして笑っている




「わしが居らんで寂しかったじゃろ?」

「うぅん…かわいい男の子と遊んでたし…」

「なに見栄ばはっちょるんじゃ」

「み、見栄じゃないもん」

「どうせ子供くらいしか相手は居らんじゃろ」




むぅ…なんかムカつく
図星をつかれただけに余計に憎たらしい




「お前さんの相手をできるんはわしぐらいじゃろ」




おーーっと、すごい事言ってるよこの人…
自分でわかってんのかねぇ!?




でも、そう言って抱きしめてくれた雅治の身体がとても温かくて
ちょっといいムードなんじゃない?なんて暢気に考えていたら
いきなり私…押し倒されてません?






「ちょ、ちょっと…雅治……おもっ…」




私の上で雅治は思いっきり大きな溜息をつく




「色気がないのぅ」

「悪かったわね」

「少しは色っぽい声でも出してみんしゃい」

「無理!お腹空いてるし…」




いやさ、お腹が一杯なら色っぽい声が出る訳ではないんですけど…

目の前の膳に美味しそうな料理が並んでいるんだもん
正直、今はそっちの方が気になる




押し倒されて、上に乗っかられて、しかも動けないように押さえつけられているのに
私の瞳は直ぐ傍の料理に向いていて、そこから目が離せない



雅治はそんな私に業を煮やしたのか「こっちを向きんしゃい」って
無理やり顔を自分の方に向かせる



そんなに至近距離で凝視されたら直視できないじゃない



さり気なく視線を逸らしたら唇を塞がれて…






うぉーーっと…なに浴衣の腰紐を解いているのかなぁ!?




うわゎぁああ…ふ、太腿が……



ひ、ひぃ〜…さ、さわるな〜〜




動こうにも押さえつけられてるし、声を出そうにも塞がれてるし…






も、もしや…このまま…




やっちゃうんですか!?








「少し大人しゅうしときんしゃい」






チャ、チャンスだ、今なら逃げられるかも…




は懇親の力を振り絞って雅治を突き放すと
立ち上がって乱れた浴衣を急いで直した




「その方が色っぽいぜよ」と笑う雅治を横目で睨みつけても
「逃がしゃあせん」と後ろから抱きついてくる




「ごはん食べようよ」

を食ってからな」




やっぱりそれですか…




ふぅと小さく溜息をついて、ふと窓に目をやると
ガラス窓に二人の姿が映し出されている



そして、その向こう側にチラチラと白いものが降っている




「あ!」

「ん?どうした?」

「見て!雪だよ雪」

「別に雪なんて珍しくないじゃろ?」

「だって…初雪だよ 雅治の誕生日に雪なんてさ、ちょっといいじゃない」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ」




雅治は女の子みたいな事言うなって笑ってたけど
でも、自分が冬生まれで良かったと呟くように言った




私が「どうして?」と、聞くと
寒いからずっとくっついていられると私を抱きしめながら照れ笑い





「雅治…誕生日おめでとう」

「おぅ、ありがとうさん お前から貰ったマフラーは温いぜよ」

「へへっ、頑張ったもんね」




雅治に抱きしめられたままガラス窓に映る私たちは
降り始めた白い雪に溶け込んでいくようだった



そんな事を口にしたら、また「らしくない」って言われそうだから黙っているけれど
雅治もそう思ってくれたらいいな






耳元で囁かれる「好いとうよ」の言葉が何度も聞きたくて私は聞こえないフリをする






Again and again




何度も 何度も 聞かせて






Again and again




何度でも聞かせちゃる






来年の誕生日にはまた…








『誕生日おめでとう』



『好いとうよ』















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遅くなったぜYo
ごめんよニオポン…今ここで誕生日おめでとう!