素材:clef様
「小十郎様、今日もこんなに野菜が沢山採れました」 今朝も早くからは小十郎と畑仕事に精を出していました 額の汗を手の甲で拭う小十郎に、手拭いで拭いて差し上げるの姿は まるでどこから見ても仲の良い夫婦のように見えたのです まさかそんな姿を政宗が見ていたとは二人は知る由もなかったのです ジェラシー 篭いっぱいに新鮮な野菜を収穫したは 政宗に美味しいものを作ってあげようと張り切って台所に向かいました するりと襷がけをすると朝食の準備に取り掛かったのです 「…」 「あら政宗様、何かご用事でも?直ぐに支度が整いますから」 「 …いや、そうじゃねぇ」 「ここは女の領域です、殿方が来る所ではありませんわ お部屋でお待ち下さいね」 政宗は今朝の小十郎との様子が気になり、その事を訊ねたかったが 忙しそうに台所を駆け回り笑顔を向けるに何も言えず ただそれを見ているしかなかったのでした 「…お前と小十郎は……」 意を決して訊ねようとした政宗でしたが、そんな政宗の心を知らないは 「小十郎様にご用事ですか?それならまだ畑にいらっしゃると思いますけど…」と、 そっけなく言われ仕方なく台所を後にしたのです 「ちっ、俺らしくもねぇ」 政宗ははき捨てるようにそう言うと部屋に戻りまんじりともしない時間を過ごしたのです ほどなくして、朝食の準備が整い政宗が席に就く頃には そこは「食の戦」になっていたのでした ここ伊達藩では食事は家臣や兵たちも一緒に食をとるという政宗の意向でしたので 食事の時間は宛ら戦のようでした 「様、おかわりっ!」 「は〜い」 「美味いっす」 「うふふ」 「最高っす」 「また腕をあげたな」 「まあ、ありがとうございます政宗様 でも、それはきっと小十郎様が育てた野菜が美味しいからですわ」 「そのような…、様の腕が良くなければどんなに美味しい野菜でも 味を損なってしまいますぞ」 「まあ小十郎様ったら…あ、この金平を召し上がってくださいませ 小十郎様は牛蒡がお好きでしょ?」 「これは、かたじけない」 嬉しそうに、楽しそうに語り合う小十郎との姿をまたも見せ付けられ 内心政宗は面白くありませんでした なんなんだお前らは…この俺を無視しやがって 小十郎も小十郎だぜ お前は俺の気持ちを知っているだろうが、あーん? Han,面白くねぇ… 「おい、俺の好物がねぇ」 「え!?」 は驚きました なぜなら、いつも膳には政宗の好きなものを乗せていたからでした 「政宗様の好きな大根の煮つけがそこにございますぞ」 「……」 「筆頭の大好物の卵焼きもありますぜ」 「……」 「如何なされました政宗様、様は政宗様の好物ばかり作って……」 「フン、これは俺の好物じゃねぇ」 政宗との気持ちを知っている小十郎は、機嫌の悪い政宗を取り成そうと試みましたが 暖簾に腕押し、馬の耳に念仏状態でした 「今すぐ政宗様のお好きなものを作ってまいります 何がよろしいですか?仰ってくださいませ」 「好物?…そうだな……あえて言うなら俺の好物はお前だな」 「はい?」 「俺の好物は、お前だ…よく覚えときな Han」 政宗の言葉にその場にいた全員の箸が止まった事は言うまでもありませんでした 「ま、政宗様…なんということを!」 平然とする政宗と対照的に小十郎の方が赤面してしまう思いでした 「食」の戦場と化していたその場の空気は嵐の前の静けさのように一変し、 その様子は、咳き込んで吹きだす者や汁物をひっくり返す者、そして、騒ぎ出す者と 様々でしたが当のは少しも動じることなく政宗の前に居住まいを正したのでした 「政宗様…政宗様は、このが好物なんですか?」 「そうだ」 「それはおかしいですわ」 「なぜだ?」 「政宗様はを食したことございませんでしょ?」 「ひっ、様…?」 がとんでもない事を口走っていると周りの者は愕然としましたが 自身はいたって真面目だったのです 「Han、それもそうだな…じゃあ食ってみるか」 「私を食すと申すのですか?」 「ああ、お前美味そうだしな」 「政宗様のお嫌いな味かもしれませんわ」 誰かこの二人を止めてくれ… 二人は壊れてしまったのではないかと誰もが思い始めました 「本当に食すんですか?」 「そうだ」 「まあ、政宗様それでは鬼畜でございます」 そうだそうだ〜、政宗様は鬼畜だぞ〜、 様を食っちまうだなんて鬼畜以外の何者でもないぞ〜! 兵たちは口々に言葉にならない声で…そう、心の中で叫んでいたのです 「鬼畜ねぇ…言うじゃねぇか、上等だぜHan,俺様にとって最高の褒め言葉だぜ」 「まっ、褒めていませんわ…生きた人間の肉を食らうなんて…私は怒っていますのよ」 「「えっ!?」」 様…ちょ、ちょっとそれは違うのでは? 「死んだ人間は冷たくて食えねぇだろ?やっぱり食うなら生がいいに決まっているだろ」 ま、政宗様も方向が違っているのでは? 「そんなにまで言うなら皆を食われたら困りますゆえ、が犠牲になります」 は懐剣を取り出すと政宗の前に置いたのです 「さあこれで一思いに…政宗様に食われるなら本望でございます」 だーーっ、誰か止めろよっ! 様は完全に勘違いしておられる 皆の思うことは一つ、この場を抑えなければならない ただ、それが出来るのは小十郎ただ一人… 誰もが願い小十郎にその思いを暗黙のうちに訴えたのでした まったくこんな損な役回りはいつも俺だ…と小十郎も思ったに違いありません 政宗様のご機嫌がすぐれぬのもこの小十郎心中察し致します これも政宗様を思いとの事でしたが… 様はあまりにも純粋で無知である この片倉小十郎、政宗様のために一肌ぬぎますぞ 小十郎は意を決してを嗜めたのです 「様、懐剣をおしまいください 政宗様は様を食したりはいたしません」 「そうなの?小十郎様がそう言うなら…」 「政宗様もそのようなご冗談は様には通じません」 「まあ政宗様…ご冗談でしたの?」 「いや、冗談じゃないぜ そのうち…な」 政宗はにやりと笑うと食事もそこそこに部屋に戻って行かれました を食うという政宗の本当の意味をまだ知らぬは納得のいかない様子でした しかし、以外の者は様が政宗様に食われないですんだと胸を撫で下ろしたのでした 「様、これを政宗様に」 小十郎は盆に政宗の好きな大根の煮付けや卵焼きを乗せるとに渡したのです 「政宗様は好きではないと申してました」 「そんなことはありません。様が作られたものですから嫌いなはずありません」 「…でも」 「ご心配なされぬな、この小十郎、様に嘘は言いません」 「小十郎様がそう言うなら…」 は盆を受け取り、政宗の所に持って行きました 途中不安そうに振り返りましたが、 「様がお持ちになればいつもの政宗様に戻られます」という小十郎の言葉を信じて… 「政宗様…お食事をお持ちしました」 「いらねぇって言っただろ?」 が襖を開けると政宗は不貞腐れたように横になっていたのです。 「朝はきちんとお食べにならないと体に毒ですよ」 「小十郎と同じ事を言うんだな」 政宗はそう言い放つとプイっと寝転んだまま横を向いてしまいました 「政宗様……怒っていらっしゃるのですか? やっぱり何か違うものを作ってきますからご機嫌を治して下さいませね」 が立ち上がり部屋を出ようとすると政宗は慌てて引き止めたのでした 「違う!」 「え?」 「お前の作る飯は不味くはない…いや、むしろ美味い」 それでも、食べてくれない政宗を見るとその言葉も嬉しくはありませんでした 「やっぱり…作り直してきます」 「だから違うって言ってるだろ」 「……でも」 政宗は起き上がると都合が悪そうに頭をガシガシと掻いたのです 「悪かったな……ちょっとしたジェラシーだ」 「じぇらしぃ?」 「お前が小十郎と仲良くしているから焼きもちをやいただけだ」 すると、は何を思ったのか不思議そうに政宗に訊いたのです 「私が小十郎様と仲良くするとなぜ政宗様がお餅を焼くんですか? あ…でも、政宗様が焼いたお餅なら私も食べてみたいですわ」 こいつは惚けているのか? 政宗がの顔を見ると期待に満ちた顔をしていたので 本当に俺が焼いた餅を食えると思っているのか?と、がっくりと肩を落とす政宗でした 「お前が小十郎とばかり仲良くしているから面白くねぇだけだ」 「小十郎様と仲良くしてはいけませんの?」 「だからそうじゃない」 「は小十郎様に政宗様のことをいろいろ教えてもらっているのに…」 「俺の事を?」 「はい、政宗様のお好きなものとか、どうしたら政宗様が喜んで下さるかとか… 政宗様の事は小十郎様に聞くのが一番ですから」 は政宗の方が恥ずかしくなるくらいにそれはそれは嬉しそうに話すのでした く〜っ、こいつってばかわいいじゃないか そうかこいつも俺の事を… の心を少しだけ知って政宗は次第に顔が緩んでいき 焼きもちをやいたことなどすっかり忘れていました 「…俺が喜ぶ事を知りたいなら小十郎じゃなくて俺に直接聞けばいい」 「それではつまらないです」 「つまらない?」 「はい…は政宗様を驚かせたいんですもの」 逆上せると言うのはこういうことを言うのだろうか… 頭に血がいっぺんで上りつめたような感じでクラクラとしてくる これでが無知でなければ押し倒してしまいたいところだが…と、 本当の鬼畜になっちまうわけにはいかねぇからな ほんの少しだけがっかりする政宗でした 「おい…そこに座れ」 政宗に言われは言われた通りに居住まいを正したのです すると、政宗は徐にの膝に頭を乗せ寝転んだのでした 「まあ、まるで子供みたいです」 「いいじゃねぇか、俺が喜ぶ事をしたいんだろ?」 「これが政宗様の喜ぶ事ですの?」 「悪いか?」 「いいえ、政宗様がお望みならいつでも」 を食するのは天下を取るより難しいかもしれねぇな 少しだけ邪な事を考えての膝枕で転寝をする政宗でした Back |